テレコズム―ブロードバンド革命のビジョン

 

 本書は光ファイバーの活用によってインターネットに利用な帯域がどれほど増大し、どのようなインパクトがあるかを説く本である。著者のジョージ・ギルダーが本書で提唱した「通信網の帯域幅は6ヶ月で2倍になる」という理論は「ギルダーの法則」として知られている。今から12年前、2000年当時は、まだダイヤルアップ=電話線によるネット接続が主流で、そもそもインターネット自体の普及率も高くなかった。そんな中で光ファイバーの可能性と必要性を説いたこの本は、非常にチャレンジングで、Amazonのレビューにもある通り、10年後、つまり今この時代にこそ読むべき本の1つである。

 とはいえ、本書の内容をそのまま評するとこれで終わってしまう。この書評は本書の内容自体をするものではない。本書は2つの側面を持っている。上に挙げたようなインターネットのインフラに関するビジネス書としての側面と、未来学書としての側面である。 著者のジョージ・ギルダーを英語版のWikipediaで調べると 、その肩書きに「techno-utopian」とある。 本書は読む進めていくと、時に宗教がかった過剰なまでの未来志向と、「何故これが今ここで?」という唐突な引用が入る。この書評は、そうした本書の第二の側面=20世紀末によみがえった未来学としての性質に着目することで、1960年代から今に至る情報論の系譜を追うものである。

 

未来学の復讐劇

 

 1990年代末、アメリカではインターネットの崩壊が予言されていた。急速に利用者が拡大する一方、インフラの拡充が追いつかず、迫りくるレイテンシの波によっていずれ使い物にならなくなるという予測である。「通信網の価値は利用者数の二乗に比例する」という法則で知られるメカトーフまでも、さまざまな講演でインターネットの死を吹聴して回っていたほどだ。

 本書の著者ジョージ・ギルダーは、「豊富なものが希少なものをカバーする」という理論でこれに対抗した。これが本書の中核理論である。 ギルダーは経済学者でありながらテクノロジーに関する見識を深めるため物理学を修め直した、異色のキャリアを持つ。彼は本書の冒頭で、人類が豊富なものを利用して希少なものを埋め合わせてきた歴史を解き明かしていく。農業時代には土地と労働力が豊富であり、その豊富さは馬力(運送力)の希少性(必要性)を招いた。工業化時代では、運送力は劇的に豊富になったが、今度は土地と労働力が希少なものとなった。同様に、半導体が豊富になった情報化時代、不足したのは帯域だった。『テレコズム』はこの帯域が光ネットワークの活用によって爆発的に豊富なものになることを説く本である。

 ところがこの理論は、なぜかマルサス『人口論』の引用から始まる。『人口論』は、かつて未来学を殺した張本人である。1960年代、トフラー『未来の衝撃』、マイケル・ベル『イデオロギーの終焉』など、資本主義の進展が社会的なパラダイムを変化させるという、楽観的な未来予測が流行した。これらを未来学と呼ぶ。だが1972年、ローマクラブが第一回報告書として「成長の限界」説を唱え、各種自然資源の枯渇危機を訴えると、続く1973年には第一次オイルショックが勃発。楽観的な未来観は衰退した。未来学はマクルーハンから始まる情報社会論的な要素も含んでいたが、1970年代以降情報論の先端は、東海岸のシンクタンク的な未来学から西海岸のヒッピー的なハッカー文化へと移っていく。そして「成長の限界」説の根拠となったのが、ギルダーが『テレコズム』冒頭で引用した、マルサスの『人口論』なのである。

 また本書の冒頭でギルダーは自身の論調が未来学的であることを意識した記述も残している。 つまり本書は、かつて未来学が置かれた危機的な状況を意識しつつ書かれた、30年越しの意趣返しである。帯域の枯渇によるインターネットの成長の限界が叫ばれていた当時の状況と、「成長の限界」説が唱えた資源の枯渇をそのまま重ねている。かつて未来学が看破出来なかったこうした限界説を、ギルダーは打ち砕こうとしたのである。

 

2つのナルシズムと未来学

 

 東浩紀「サイバースペースはなぜそう呼ばれるのか」によれば、1960年代に勃興した未来学と、1970年代に広がったハッカー的な文化では、情報化を巡る想像力が大きく異なっている。

 

情報環境論集―東浩紀コレクションS (講談社BOX)

「前者(筆者註:未来学)の想像力が、新しいコミュニケーション手段の導入によりさらに効率よく、生産性の高まった消費社会、情報化によって再生される工業化国家(象徴界を再構築する情報化)というヴィジョンによって駆動されていたのに対し、後者(筆者註:アメリカの西海岸)後者の想像力はむしろ、無政府主義的なユートピア、国家や官僚制のような集中化されたシステムなしで紡がれる、パーソナル化されたコミュニケ-ション機械のネットワーク(象徴界を機能不全に陥らせる情報化)という対照的なヴィジョンで支えられていたのだ」(東浩紀「サイバースペースはなぜそう呼ばれるのか」『情報環境論集』 pp350-351)。

 

 1960年代に未来学者と呼ばれた論者たちは、情報化によって工業化社会から次のパラダイムへと時代が進むことを予測していた。こうした予測はある種の技術礼讃的な側面があったが、前述の通り、「成長の限界」論とオイルショックによって未来学の影響は低下、情報化に関する議論は西海岸のハッカー文化が担うことになる。

 しかし未来学は決して死んだわけではない。『テレコズム』はギルダーによる未来学の墓荒らしではないのである。本書の中核をなす「豊富なものが希少なものを補う」という理論は、実は元経済企画庁長官・堺屋太一の著書を根拠としている。

 

知価革命―工業社会が終わる 知価社会が始まる (PHP文庫)

 

 

 堺屋は1985年の著書『知価革命』で、人類は本来豊かさを享受する文化と、節約を尊ぶ文化の両方を兼ね備えていると論じている。堺屋はそれを「やさしい情知」と名付け、その筆頭に日本をあげた。

「やさしい情知」は『知価革命』全体を通じて繰り返し語られるテーゼであり、そこからは80年代特有の、日本のナルシシズムを感じ取ることができる。日本のナルシシズムとは、日本におけるポストモダニズムの受容に見られた、日本特殊論である。ポストモダニズムは本来、社会が十分に近代化された後に訪れるものだが、日本は近代化が進んでおらず、むしろポストモダニズムを迎えるには欧米よりも最適化されているという理論だ。堺屋自身は、この時点で日本を高度に近代化したものとして捉えているという違いはあるが、高度消費社会の肯定を足がかりに未来を語る様子はまさにポストモダニズムであり、「Japan as No.1」の空気に支えられた日本のナルシシズムを感じずにはいられない。

『テレコズム』は1980年代の日本におけるポストモダニズムと繋がっていた。そしてそのポストモダニズムは、1960年代の未来学と繋がっている。先にも引用した「サイバースペースはなぜそう呼ばれるか」によれば、ポストモダニズムは未来学的な想像力を援用している。リオタール『ポスト・モダンの条件』ではマイケル・ベルを参照して「ポストモダン」と「ポスト工業化社会」を並列に扱っている。つまり、未来学自体は1970年代に勢いを失ったものの、ポストモダニズムにその思想が引き継がれ、1980年代の日本の遅れてやってきたポストモダニズム=ニューアカデミズム=日本のナルシシズムに回収された。『テレコズム』は、アメリカの東海岸から東京に逃げ込んだ未来学の末裔なのだ。

 しかし日本のナルシシズムを支えた国内の好景気は90年代に入って崩壊し、こうした空気は一気に吹き飛ぶ。代わりにやってきたのがアメリカのナルシシズムとでもいうべき現象である。1990年代のアメリカは好景気に沸いたが、これを説明するロジックとして「ニューエコノミー」という言葉がもてはやされた。これは情報化によって流通の効率化が進み、それまでの経済理論を支配していた「景気循環」がなくなった、つまり新しい経済のパラダイムを迎えたのだという理論である。

 

収益逓増と経路依存―複雑系の経済学

 

 その支柱となったブライアン・アーサー『収益逓増と経路依存―複雑系の経済学』は、文字通り複雑系科学をベースにしている。池田純一『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』によれば、1990年代に複雑系と情報論を結びつけて採り上げたのは『Wired』である。『Wired』の歴史をさかのぼると、1960年代~1970年代に起こったヒッピー文化とハッカー文化の融合に行きつく。中心となったのは1968年にスチュアート・ブランドが創刊した雑誌『Whale Earth Catalog』(以下WEC)である。ブランドはコンピュータをLSD等と同様に人間の精神を拡張するものと捉えた。WECは1974年に終了するものの、同様のコンセプトに基づいた雑誌がブランドとその弟子によって展開されていく。『Wired』はそうした系譜の最も新しい部類に属するものだが、それ以前のWEC系雑誌と異なり、ビジネス誌の色合いが強い。『Wired』が推したニューエコノミーの概念は、1990年代を象徴する言葉として扱われていき、2001年1月、アメリカ大統領経済諮問委員会が2001年に「90年代はニューエコノミーの時代である」と結論付けるに至る。

 1970年代以降、ハッカー文化とともに歩んできた西海岸の情報論は、1990年代に入り、ニューエコノミーというアメリカのナルシシズムを経て変質した。 『テレコズム』誕生前夜のアメリカは、西でニューエコノミーが叫ばれ、東でインターネットの崩壊が予言されるという、カオスな時代だった。『テレコズム』はインターネットの崩壊という現代に甦った「成長の限界」を打ち砕こうとしたが、それはこうしたニューエコノミー的な言説によるインターネットへの期待や盛り上がりと裏表の関係にあった。本書は60年代~70年代に勃興した未来学的な発想を引き継ぎつつ、80年代の日本のナルシズム・90年代のアメリカのナルシズムを経て誕生した、未来学と情報論の集約点でもあるのだ。

 

そしてすべてはグーグルに

 

「豊富なものが希少なものをカバーする」という本書のテーゼは、12年経った今でも、むしろ今だからこそ、意義を見いだせる。ギルダーによれば、豊富なものは、一方で何かを希少なものへと変えてしまう。ギルダーが夢見たほどではないものの、インターネットは当時とは比べ物にならないくらいに普及し、帯域の開放は進んでいる。さらに情報端末はデスクではなくポケットを占有する程度の大きさになった。

 ギルダーは『テレコズム』の前著『マイクロコズム』でシリコン=記憶容量が豊富になったことで起こる社会的変化を説いたが、帯域が豊富になったことで、今度は逆にシリコンが希少なものとなりつつある。モバイル端末において、記憶容量はデスクトップPCほど贅沢なものではない。こうした状況は、クラウド・コンピューティングの普及と符合する。希少となった記憶容量を、豊富な帯域=ネットワークを使い、大規模なデータセンターでカバーするのである。情報はシリコンではなくインターネットに投げ込まれ、保存される。

 クラウド・コンピューティングという言葉は、2006年に当時のグーグルCEO、エリック・シュミットが最初に使った言葉だとされる。グーグルといえばまさにシリコンバレー=西海岸的な情報論の権化であるように扱われているが、一方で「グーグル X」という極めて未来学的な実践も行っている。 「グーグル X」プロジェクトは、全自動で走る自動車など、古典的な未来学の世界の実現を目指している。それは技術による素朴な世界の革新である。またグーグルの「世界中の情報を、あらゆる人が使えるように整理する」というミッションも、そうした未来学的な世界の革新を夢見ている。このことは、『テレコズム』を挟んだ未来学と情報論の交錯を観察することで理解できる。『テレコズム』が世に出た直後、インターネットバブルが崩壊。日本のナルシシズムがバブル崩壊によって吹き飛んだように、アメリカのナルシシズム=ニューエコノミーの議論も雲散霧消する。

 このちゃぶ台返しの後に生き残ったのが、グーグルであった。グーグルはその後2001年にエリック・シュミットを加えた「三頭政治」を敷き、成長する。シュミットはSun、つまり「The Network is The Computer」というインターネットの基礎にしてクラウド・コンピューティングにも繋がるテーゼを広めた会社にいた。そしてこの分散コンピューティングの発想は、もともとARPANET、政府=東海岸主導のネットワーク研究と関係がある。シュミット自身も大学院生時代にARPAがカルフォルニア周辺の大学や研究機関を繋いだネットワークを用いて、ワークステーションの研究に携わっている。グーグルは、シリコンバレーという西海岸的な記号と、技術による世界の革新という東海岸的な未来学の両方を受け継いでいるのである。

 1960年代に盛り上がった未来学は、その後日本のポストモダニズムと結びついて延命した。やがてニューエコノミーとその裏で巻き起こったインターネットの崩壊に関する予言が、『テレコズム』を生み出した。『テレコズム』を通じて見えてくるのは、80年代の日本の好景気と90年代のアメリカの好景気を通じてやり取りされた、情報論に関する東京と東海岸の奇妙なキャッチボールである。それはインターネットバブルの崩壊によってすべてを西海岸=シリコンバレーに持っていかれてしまう前の、東海岸と西海岸という2つの情報論に関する系譜でもある。

 

 

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klov

klov

ウェブメディアでリサーチ/ウェブ解析を担当。ねとぽよではライターやウェブ周りのディレクション。

GoogleやFacebookなどのプラットフォームの話題を追いつつ、日本独自のインターネットについて考えています。

 

 

▼活動履歴▼

2006年~ はてダ「No Hedge!」開設。村民となる。
2007年~ 批評系同人誌「筑波批評」に参加。Webや建築系の批評を寄稿。大二病、進行。
2011年~ 「ねとぽよ」に参加。最初はフリーペーパーにちょっと文章を書くだけだったはずが、いつのまにかウェブメディアを作っていたり。