「めちゃくちゃ出来が良い! だてにシリーズ累計80万部とか出ていない。絶対に読んだ方がいい!!」そんな熱烈な推薦とともに知ったのが小説『悪ノ娘』シリーズ(著者:悪ノP(mothy)、出版社:PHP研究所)だった。「悪ノ娘」と聞けばもちろんアノ楽曲を思い出すわけだが、楽曲制作者の悪ノP本人による小説が発売されていたらしい。ボカロ小説というジャンルがあるのは知っていたが「エロい二次創作なんじゃねーの?」と決めつけて興味を持てずにいた。友人のレコメンドで「え……、そんなに売れてるの?」と驚き、またその友人は審美眼のある読み手だったため、試しにシリーズ第1巻『黄のクロアテュール』を手にした。

 

悪ノ娘 黄のクロアテュール

 

愛憎色濃い小説『悪ノ娘』の世界

 

「悪ノ娘」という楽曲については改めて語る必要はないだろう。2008年4月に発表された曲で、およそ3週間後に対になる曲「悪ノ召使」が登場する。ともにニコニコ動画上で反響を呼び、4年経った現在でも人気は衰えない。ニコニコ動画を見ない人でも、カラオケで友人や同僚が歌うのを聴いたことがあるはずだ。

 私は二つの曲のそれぞれを「良い曲だなぁ」と思った。別視点から同じ世界観を歌った仕掛けに新鮮味も感じた。ところが、悪ノPの楽曲や活動を積極的に追わなかったし、その後に発表された上記二つの曲と世界観を共有する「リグレットメッセージ」(2008)「白ノ娘」(2010)を聴いても、正直に言って、「聴いてみて!」と他人に薦めるほどではなかった。だから、『悪ノ娘』の小説シリーズが面白いと言われても、気乗りがしなかった。しかし、ごめんなさい! 第1巻を読み終えてすぐ、第2巻を買いに走った。

 

悪ノ娘 緑のヴィーゲンリート

 

 小説『悪ノ娘』シリーズは「悪とはいったい何なのか?」をテーマに物語が進む。第1巻『黄のクロアテュール』、第2巻『緑のヴィーゲンリート』は楽曲「悪ノ娘」「悪ノ召使」「リグレットメッセージ」「白ノ娘」で描かれた<極悪非道の限りを尽くした“悪ノ娘”が革命軍によって処刑される話><そして、関係者たちのその後の話>を軸に進む。第3巻『赤のプラエルディウム』最終巻『青のプレファッチオ』は“悪ノ娘”処刑から5年後のお話。語り手の視点が変わることで“謎”が解かれまた生まれ、キャラクターたちの“秘密”と“愛憎”が物語を彩っていく。

 気がつくと、その日のうちに第2巻まで読み終えていた。小説を1日に2冊も読んだのは久しぶりだった。悪ノPの物語構築とディテールの設定・描写が見事で、先が読みたくて仕方ないのだ。

 

小説家・悪ノPの誕生

 

 2008年初頭、この年は前年末に「初音ミク」に続くボーカロイド「鏡音リン・レン」が発売され話題を呼んだ。しかし、その扱いにくさから「滑舌の悪いボーカロイド」という評価が定着しつつあった。当時はまだ無名のサラリーマンであるmothy(のちの、悪ノP。以下、悪ノP)はそんな音楽ソフト「鏡音リン・レン」を購入する。

 

――悪ノシリーズはどのような着想で生まれたのでしょうか。そしてそこから広がる世界観、その他のシリーズをどのようにして創造していったのでしょうか。

 物語性のあるもの、ミュージカル的なものを試しに作ってみたかった、というのが始まりです。実際に作ってみると自分の肌に合っていたようで、楽しいので今も続けています。世界観を広げる、というよりはむしろ自分の中の箱庭に好きなものを詰め込んでいっている感じです。

初音ミク Hatsune Miku – Google+ – 大好きなボカロPがどんなふうに音楽を覚えていったの? どんな機材を使っているの?…

 

 今でこそ、その世界観の広大さに驚く「悪ノ娘」に端を発する通称「悪ノシリーズ」。上記のボカロクリエイターズ・インタビューの質問もそんな驚きから発せられたのだろう。しかし、始まりはこんな思いつきからだった。

 

ふと目に留まったのが、とあるアニメのMAD。

「ひぐらしのなく頃に」

普段、ほとんどアニメは見ないのですが、この作品はなにげなく見たら面白くてつい最終回まで観てしまいました。ちなみに原作ゲームの方は未プレイ。

で、この作品に出てくる沙都子という少女の「オーホッホッホ」という笑い声。

…うん、これいいんじゃね? 髪の毛もリンと同じ色だし。

というよくわからない理由でこの「オーホッホッホ」をリンに喋らせることに決定。

(中略)

試行錯誤しながら、とりあえずそれっぽく笑わせることに成功。

…悪くはないが、まだ何かもの足りない。

とはいえ、これ以上沙都子のセリフとか喋らせても曲に使いようがなくなるので

ひぐらしとは関係ない、別のセリフを考えてみる。

 

…オーホッホッホ…オーホッホッ…ホッホッホ……。

 

「さあ、ひざまずきなさい!」

 

…どうして、このセリフを思いついたのかはわからない。

ただ、思いついちゃったものは仕方ない。

…仕方がないじゃないか!

the heavenly yard 「悪ノ娘」ができるまで(2) ~変態誕生~

 

 こうして悪逆非道で高飛車な王女様というキャラクターが生まれ、「レンとかいらね」とレンはおまけ程度に召使(い)と設定される。

 

で、「レンを登場させたんだから、他のVOCALOIDも出演させよう」とか

ここでこういうイベントが起きて、最後はちょっとだけ意外な展開に持ってきて…」とか

やっていくうちに…。

 

なんかプロットの量がすごいことに…。

歌詞どころか、ちょっとした短編小説ができる量になってしまいました。

the heavenly yard 「悪ノ娘」ができるまで(4) ~上がるテンション~

 

 デビュー以来、鳴かず飛ばずの動画再生数だった悪ノPだが、この「悪ノ娘」で目標を遥かに上回る再生数3000回を叩き出す。しかし、彼の作品はまだ話題にならない。悪ノPは召使い視点の曲「悪ノ召使」の制作に取りかかった。

 

入れ替えが王女の意志なのか、召使の意志かで展開が大きく変わってきます。

最初の構想では前者だったのですが、先に作ったメロが意図せずに泣きメロになったので

後者に変更しました。

今思えば、これ、かなり運命の分かれ目でした…。

the heavenly yard 「悪ノ召使」のできるまで(2)~構想案~

 

 こうして完成した「悪ノ召使」はピアプロ、そしてニコニコ動画上で大きな反響を呼び、前作「悪ノ娘」も対になる作品として人気を不動のものにする。

 

 そして、悪ノPは2010年に小説『悪ノ娘 黄のクロアテュール』を上梓した。

 

――(ボーカロイドのプロデューサー)「ボカロP」として活躍していた中で、小説も書こうとしたのは?

 楽曲制作を続けていく中で、やはり文字数に制限のある歌詞だけでは表現できない、伝えられないことは出てきます。その不足さが音楽の良さでもあるのですが、同時にもどかしくもあったんです。「悪ノ娘」にも制作段階でカットしたプロットはたくさんありましたから。

悪ノ娘:ボカロから小説へ広がる世界観 きっかけは「跪きなさい」 悪ノPさんが語る誕生秘話 – MANTANWEB(まんたんウェブ)

思っただけで、口にだして人に言うことはなかった……はずだったのですが、とある友人曰く、飲み会の席で一度だけ僕が「悪ノ娘を小説化する!」と宣言したことがあったそうです。(中略)

 現実問題として、当時はサラリーマンだったこともあって創作に費やせる時間は限られていました。楽曲制作だけで手いっぱいで、小説なんて書ける時間などありませんでした。小説化の話をいただいたのがちょうど仕事を辞めた直後だったのは、お互いにとって幸運でした。

(『悪ノ娘 青のプレファッチオ』あとがきより)

 

 悪ノPに小説化を依頼した人物が版元のPHP研究所の編集者なのか、あるいは企画・編集・デザインを担当したスタジオ・ハードデラックスの中の人なのかは分からない。その編集者の功績は大きかった。出来上がった本は世界観にマッチしたカラーイラストが華を添え、悪ノPの小説家としての才能を存分に感じさせる作品となった。2010年に始まった小説『悪ノ娘』シリーズは2012年に完結する。2012年9月現在、累計発行部数80万部を突破する大ヒットシリーズである。

 

悪ノ娘 赤のプラエルディウム

 

既存の読書とは違う、ボカロ小説の読書体験

 

 「寄るでない!」

私とヨークが話していると、突然、王女が暴れ出した。兵士たちがあわてて押さえつける。

「やれやれ……とんだおてんばだな」

大きなため息が聞こえる。ヨークが呆れているようだ。

「おい、王女様よぉ! ……あんまり手荒な真似はしたくねえんだ。大人しくしてな」

ヨークが差し出した手を、パチンとはねのけて、王女が叫んだ。

「この、無礼者!」

 

(『悪ノ娘 黄のクロアテュール』242頁より)

 

 たとえばこんな箇所がある。悪逆無道の行いを続けていた“悪ノ娘”が革命軍に捕らえられる場面だ。

 小説『悪ノ娘』シリーズには太字の箇所がいくつもある。元楽曲の歌詞をそのまま使用した言葉が太字になっていることが多い。上記引用では「この、無礼者!」である。フレーズを読めば、あの曲が聴こえてくるだろう。小説を読んでいて、頭の中で音楽が鳴り響くのは新しい体験だった。音が鳴り響くものだから、いっそう読むのに集中してしまう。私は第1巻を読んでいて時間を忘れ、会社の打ち合わせに遅刻した。

 ボカロ小説『悪ノ娘』を読んでいるとき、ずっと本と向かい合っているわけではない。途中々々で読むのをやめ、PCを開き元楽曲を聴いた。というのも、楽曲で語られていなかった部分を小説が物語るので、「あそこには、こういう裏があったのか……」と歌詞が補完され、楽曲をより楽しめるのだ。それは楽曲のイメージを変えることもある。あまり良いと思っていなかった「リグレットメッセージ」「白ノ娘」を、『緑のヴィーゲンリート』の物語が進むにつれ、大好きになっていた。

 表紙カバーや口絵、挿絵イラストも良い。壱加、ゆのみ、憂といった複数のイラストレーターの手によるものである。別々のイラストレーターが描いている絵だから、同じキャラクターでもテイストがまるで違う。しかし、小説を読んでいると、そんなことは気にもならないのが不思議だ。ボカロを元にしたキャラクターたちだからこその懐の深さか、あるいは、ボカロ文化に親しんだ私の頭がうまく受け入れているのか。

 

悪ノ叙事詩
 

 最終巻に満足し、小説『悪ノ娘』を薦めてくれた友人に感想を言いに行く。すると友人が『悪ノ叙事詩』という公式ファンブックを貸してくれた。悪ノPとイラストレーターの壱加へのインタビューがあるほか、イラストレーターたちによる描きおろしの絵、キャラクターの人気投票、悪ノPへのファンたちのメッセージなどで構成された本だ。

 キャラクターの人気投票では、たとえば“悪ノ娘”リリアンヌに向けて「ホントは優しいんですし! 責任感あるし! 可愛い可愛い!! 幼少期も可愛くて好きだ! 悪魔に憑かれちゃっただけで、とってもイイ子!! 幸せになってほしい……。」「さまざまな感情が交差する物語の中で、その波に流されず戦った強くてかっこいい理想的な女性です!」などとコメントされている。

 ファンブックの制作者やファンの方には大変失礼だが、この本は大多数のひとが「生理的にダメかもぉ……」と思うであろうシロモノだろう。ただ、私は割りと受け入れた。キャラクターたちへの思い入れの強いコメントは冷静になると「マジかよ!」と思うのだが、全巻を読み終えた私にはファンたちの気持ちがよく分かった。

 キャラ萌えという言葉がある。作品を楽しむ際にキャラクターに重きを置いて鑑賞する態度のことだ。ファンブック『悪ノ叙事詩』を読むと、小説『悪ノ娘』の読者たちがキャラ萌えで楽しんでいるのがありありと分かる。また、ボカロ小説に親しむ層は女子中学生や女子高生に多いらしい。キャラ萌えで読む人が多いことも、女子中高生にファンが多いことも、いずれもよく分かる話だと思う。

 昔を振り返ってみれば、アニメ「海のトリトン」(1972)には女性が大半を占めるファンクラブ「TRITON」があった。アニメ「科学忍者隊ガッチャマン」(1972-74)のコンドルのジョーに女の子たちは萌えた。もう少し時代が下れば、サンライズ系のアニメにおいて美形悪役が彼女たちの間で人気となる。アニメ「機動戦士ガンダム」(1979-1980)のシャア・アズナブルも美形悪役(初回はマスクを被っているが美形、という設定)の流れだろう。コミックマーケットが始まるのは1975年のことだから、女子たちにはコミケ以前からキャラ萌え文化があったし、コミケという場を獲得すると秘めた欲望を二次創作で発露した。

 

海のトリトン コンプリートBOX DVD
 

 昔から女子たちは、作品のキャラクターを愛でていた。それこそ私たちの母、もしかすると、祖母の時代から。キャラ萌え文化は昔からあり、しかもボカロ文化にはその要素がもともと色濃くある。何せそもそもが単にキャラ画だけがあったところに、二次創作だけでキャラ設定を累積してきたのがボカロ文化なのだから。

 それに面白いのは、ここで言う「キャラ萌え」は、トリトンやシャアへのような作中人物への「萌え」だけでなく、その元になったボーカロイドたちへの「萌え」でもあることだ。この本では、リンやレン以外にも、様々なボカロたちが作中人物として登場する。

 たとえば、リンの片思いの相手である王子は、KAITOだ。彼は、「緑の娘」の死後、革命軍に仮面をつけて参加する。そこで一緒になるのが、MEIKOである。酒好きで男勝りな性格のMEIKOと、どこか頼りない王子であるKAITO。そして、やがてMEIKOに芽生えるKAITOへの女性としての感情。こうした設定や展開は、ボカロ楽曲をずっと聴いてきた人には、たまらない。

 ほかにも、悠久の時を生きる謎めいた魔女の巡音ルカ、誰もを幸せにする魅力を持った緑ノ娘・初音ミク、そんなミクにコンプレックスを抱く弱音ハク、怪しげな性悪メイドの亞北ネル、力持ちの天然ボケ女兵士(最終巻では31歳)の重音テトという風に、このシリーズではUTAUまで含めたボカロキャラクターたちがほとんど総動員されている。

 実のところ、私はそれほどボカロ文化に詳しくはないのだが、ボカロ好きの友人たちは「この作者、キャスティングがめっちゃ上手」と喜んでいた。キャスティングだなんて、現実の役者に対して使う言葉が感想として飛び出すのが、何だか面白い。

 しかも、小説『悪ノ娘』には、女子たちのキャラ萌えを加速させる構造的な仕掛けがある。それは「視点の転換」だ。

 第1巻『黄のクロアテュール』は召使・アレンと女剣士・ジェルメイヌの主に二人の視点で、(少しだけだが)大商人・キール、メイドのネイ=フタピエ、白ノ娘・クラリスの視点で展開されていく。また読者は第2巻以降で、それまでに登場した主要キャラクターたちの視点を新たに得ることとなる。そして、その視点の転換によって、徐々に真実が明らかになっていくのだ。こんな仕掛けがあれば、キャラクターに思い入れが強くなるだろう。

 活字から音楽が聴こえ、視点の転換によってキャラ萌えが加速し、小説の外にあるボカロ楽曲、そして豊かなボカロ文化が読書中に押し寄せる。こんな体験ができるのがボカロ小説『悪ノ娘』シリーズである。

 

悪ノPの小説は終わらない

 

 長文をここまで読んでくださった方には少ないと思うが、「ボーカロイド」と聞いただけで嫌悪感を示すひとがいる。ましてや、ボーカロイド小説なんて……と(ずっとエロ二次創作の亜種だと思っていて、ごめんなさい!)。そんな方にもこの小説を手にとってもらえると嬉しい。きっと楽しんでもらえる。悪ノPの楽曲に親しんでいる方は、いますぐ書店かAmazonで入手して読んでみてほしい。そして、楽曲だけでは語り切れなかった悪ノPの物語を堪能していただきたい。それはとても充実した体験になるはずだ。

 悪ノPは作品の世界観について問われたとき、よくこんな返答をする。「それぞれの解釈でいいんじゃないかな」。そう、悪ノP『悪ノ娘』シリーズはお話が完結しても、終わらない!

 

 

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小魔女

小魔女

ねとぽよでエージェントをやっています。本業は映画のプロデュースです。