本屋に行くも売り切れ続出。街中をかけずり回ってやっとその一冊を手にする。絶版本や同人誌ならまだしも、新刊に関して言えば、なかなかない体験だろう。しかしぼくは今年6月、まだ新刊だったこの本を手に入れるまでに6店舗もの本屋を回らなければならなかった。

 その本とは今、若者の間、特に女子中高生を中心に絶大な人気を誇り、20万部突破の大ヒット作となった「カゲロウデイズ -in a daze」だ。今回は、その続編「カゲロウデイズII -a headphone actor-」発売によせて、作者じん(自然の敵P)の活動、そしてヒットに至った経緯からその魅力を探っていこうと思う。

 

カゲロウデイズII -a headphone actor- (KCG文庫)
 

「カゲロウデイズ -in a daze」の原作は、ニコニコ動画に投稿されたじん(自然の敵P)による、「カゲロウプロジェクト」と呼ばれるボーカロイドを使用した楽曲連作。物語性のある内容とニコニコ動画上での反響が出版社の目に止まり、小説として出版された。このように人気のボカロ楽曲が小説化される流れは『悪ノ娘』シリーズ(著者:悪ノP(mothy)、出版社:PHP研究所)以降、一つの流れとなりつつあるが、本書は作品の世界観が、ボーカロイドと関係のない「オリジナル」であることが特徴となっている。

 その人気は異常とも言えるものだ。再生数200万を超える「カゲロウデイズ」をはじめ、じん(自然の敵P)によって投稿された全8動画中6つが既に100万再生を超える(2012年9月時点)。月刊コミックジーンでは、小説化と同時にコミカライズが展開されているが、1話が掲載された号はAmazonで一時3000円を超えるプレミア本となった。さらに、連作楽曲をまとめた1stアルバム「メカクシティデイズ」はオリコンウィークリーチャート6位、じん(自然の敵P)自らが「カゲロウプロジェクト全体のテーマソング的な位置付け」と語るシングル「チルドレンレコード」は、オリコンウィークリーチャート3位を獲得した。そして、CD付属の冊子内では既にアニメプロジェクトが動いていると発表された。これら全てが、ニコニコ動画初投稿からわずか1年半のうちに起こったというのだから、実に驚きだ。

 

チルドレンレコード(初回生産限定盤)(DVD付)

 

目も眩む話ー『カゲロウデイズ-in a daze』

 

 では、そんなこの作品はどんな内容なのだろうか。

 引き篭もりでニートの少年シンタローと、そのPC内に生きる謎のAI少女エネ、そして「目」に特殊な能力を宿した少年少女達の秘密組織「メカクシ団」。彼らが夏の日に遭遇した幾つかの事件と、その顛末を群像劇のスタイルで描いたのが、本作だ。子供たちは電脳世界や特殊な能力に目覚め、朱川湊人の「昨日公園」を彷彿とさせる夏の日の公園を中心に時間はループする。そんなSF的なモチーフを用いながらも、青春小説として成立しており、コンプレックスとの対峙と克服が描かれる。

 

カゲロウデイズ -in a daze- (KCG文庫)
 
 特徴的なのは、語りの多視点技法である。「ヒキニート」シンタローを主観に据えながらも、本作では、いまをときめくアイドルでありシンタローの妹でもあるモモ、そしてある公園周辺で「8月15日に死ぬ」という運命から逃れられず時間の跳躍を繰り返す少年ヒビヤ、少女ヒヨリなど複数の視点が描かれる。読者は、各登場人物の視点の齟齬に関して、疑問を抱きながら読み進めることになるわけだ。

 もちろん、この物語はカゲプロの一連の楽曲に対応している。具体的にこの1巻で言うと、目も眩む話『カゲロウデイズ』、目を背ける話『人造エネミー』、目を奪う話『如月アテンション』、目を隠す話『メカクシコード』の4曲が小説化されている。元々の動画投稿順と小説における章順は異なっているが、これは動画投稿において「時系列どおりに並べないことで、1曲ずつ単体できちんと成立する」仕掛けがされているためとのことだ。動画からのファンにとっては、本書で各動画の関連性・時系列が整理されることで、カゲロウプロジェクトという大きな謎への「答え合わせ」の楽しみがある。

 

カゲロウプロジェクトで示される現代のヒーロー像

 

 もう一つ指摘したいのが、この物語が指し示す「現代のヒーロー像」について、だ。

 1巻における主人公「シンタロー」は、過去のトラウマから引き篭もりになっている高校生だ。PCでの楽曲制作でヒットをとばして「ちやほやされたい」……が、気づくと「批判コメント職人として邁進するのがデフォルト」だ。しかも、その相棒として共に行動することになるAI少女エネは、初音ミク(古くは伺かキャラクター「さくら」)のような青系ツインテールである。

 これが、ネット民と親和性の高い設定であるのは言うまでもない。ニコニコ動画での投稿がベースとなる本作読者との親和性も意識しているのだろう。一方、もう一つの主人公集団「メカクシ団」は、メンバーそれぞれが自らのトラウマの原因となった弱さを、逆に武器として利用できるような異能を持ち、人々の「目」を盗んで秘密の活動をする若者集団だ。

 1巻のハイライトはこの一見負け組のシンタローが、エネ、そして、メカクシ団と協力することで、とある事件に立ち向かうシーンにある。それぞれのキャラクターは、何かしらの弱さやトラウマを抱いている点では読者に親近感を与える。そして、そのキャラクター達が、自らの弱さをそれぞれの方法で強さに変換して理不尽な事件に立ち向かう展開には、その強い親近感が故に羨望を感じずにはいられない。 カゲロウプロジェクト全編を通して強調されるのは、「もし大人や社会に理不尽な目に遭わされたなら現状を受け入れてはいけない。納得できないなら立ち向かえ!」というメッセージだ。「カゲロウデイズ -in a daze」において、じん(自然の敵P)はキャラクター設定の妙によって、現代における若者のヒーロー像を描き出すことに成功した。それは、「弱者がその弱さ故に勝者になる」という、エンタテインメント小説における痛快な王道を歩むことでもある。

 

もう一つのヒーローと参加可能なファンタジー「メカクシ団」

 

 カゲロウプロジェクトのキャラクターが、ファンにとってのヒーローであることは言うまでもない。しかし、ヒーローは他にも存在する。それはじん(自然の敵P)を中心とする製作者サイドのクリエイター達だ。カゲロウプロジェクトにおいて最重要といえるクリエイターは、世界観を考案し、作詞作曲、小説執筆も行うじん(自然の敵P)。そして、イラスト・動画制作・キャラクターデザインを担当するしづ、わんにゃんぷーの3人だ。 彼らには、カゲプロ以前には何の繋がりもなかった。

 3人を繋げたのはニコニコ動画を中心としたコミュニケーションと創作の文化だ。 しづは、投稿1作目「人造エネミー」をニコニコ動画上の日刊VOCALOIDランキングで聴いたことをきっかけにtwitter上でじん(自然の敵P)と話すようになり、共同制作メンバーになった。わんにゃんぷーは、投稿3作目「カゲロウデイズ」のファンとなり、その謎に満ちた歌詞内容をPV風に解釈する動画を作成し、同じくニコニコ動画に投稿した。その動画があまりにも良い出来であったことから、共同制作に誘われることになったのである。以後、しづはキャラクターデザインをはじめ、動画絵コンテ、イラスト、アニメーションを手がけ、小説の表紙と挿絵まで担当。わんにゃんぷーも同じくキャラクターデザインと動画制作を担当し、メインとなって担当した「如月アテンション」では、第4回動画アワードでグランプリを獲得した。

 もしTwitterでの手軽なコミュニケーション、日刊VOCALOIDランキング、解釈動画制作という文化がなかったならカゲロウプロジェクトが全く違ったものになっていたことは想像に難くない。カゲプロはウェブカルチャーが生み出した文化とも言えるだろう。
また、このようなコミュニケーションは、製作者同士だけでなく、純粋に作品を楽しむファンにも開かれている。投稿2作目「メカクシコード」の動画説明文で、「さぁ、今日から君もメカクシ団だ。」と書かれているように、じん(自然の敵P)はニコニコミュニティに「〜メカクシ団作戦本部〜」(http://com.nicovideo.jp/community/co1186858)を開設している。現在、その掲示板は1000を超える「入団させていただきました」というファンのコメントで溢れている。加えてじん(自然の敵P)は、ニコニコ生放送やライブにおいて顔出しする際も「メカクシ団」の格好を模して、パーカーのフードを目深にかぶった格好で登場してくる。

 これらの演出も相まってカゲロウプロジェクトは、ネットとリアルを横断したライブのような臨場感を帯び始めているのだ。

 

カゲロウプロジェクト出版事

 

 このような演出ができる新しい環境は、カゲロウプロジェクトを大きく飛躍させることになった。

 さらに決定的とも言える、タイミングの合致がある。それは、PHP研究所「悪ノ娘」シリーズ以降の出版社による「ボーカロイド楽曲をベースとしたメディアミックス」一般化の流れだ。角川ブックウォーカー、メディアファクトリーは「カゲロウデイズ」がニコニコ動画ランキングで大きな反響を得ているのを受け、それぞれ短編小説化、漫画化の企画を持ちかけた。

 これを受けたじん(自然の敵P)は、両社に「カゲロウデイズ」は連作中の一作であり、それだけでは完結しないことを説明。また、その時にちょうど関わりをもっていた1st PLACEのIA PROJECTレーベルにも、連作をまとめたアルバムを作れないか相談したという。その結果カゲロウプロジェクトはそれら出版社、レコードレーベルを巻き込んでの長編小説化、漫画化、メジャーCD展開という一大メディアミックスに発展することとなった。

 

 この時代を乗りこなすかのような、じん(自然の敵P)、しづ、わんにゃんぷーは、若者たちにとってのネット時代のヒーローだ。そのヒーロー達の才能と、ニコニコ動画上で育まれた創作文化、ボカロ楽曲をベースにしたメディアミックスという新たな流れ。これらが混ざり合う中で生まれたカゲロウプロジェクトは、エンタテインメントという非日常と日常の境界をまさに陽炎のように曖昧にしてしまう力を帯び始めている。

 時代を象徴する作品と言っても過言ではないだろう。

 9月29日に発売された「カゲロウデイズII -a headphone actor-」では、カゲロウプロジェクトの楽曲「ヘッドフォンアクター」をベースに、1巻で主人公シンタローのガジェット内に生きるAI少女として描かれたエネの「人間だった」過去が語られる。楽曲で示される意味深なイメージの真意が小説で明かされる新感覚の衝撃から4ヶ月。物語は再び起動し、徐々に「カゲロウデイズ」の世界を成してゆく。

 これからもカゲロウプロジェクトから「目」が離せない。

(了)

 

参考資料
・「ボカロPlus vol.5」
・「ボカロplus vol.6」
ナタリー – [Power Push] じん(自然の敵P)「チルドレンレコード」インタビュー
・ASCII.jp:平成生まれ、ボカロPの小説家「カゲロウデイズ」で衝撃デビュー

 

 

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すにふ

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中高生向けエンタメを追いつつ国産ヒップホップに浸るねっと廃。公私ともエンタメ周りで日々ぽよぽよ。