先日、女の子ウェブの隠し味、「なりきり」の秘密に迫る! – ねとぽよ で「なりきり」というジャンルを掘り下げてみました。

実は「なりきり」の話をこんなに公にするつもりは、正直ありませんでした。
墓場まで持っていく、と腹をくくる程度には恥ずかしさを感じていたんです(実際、はじめてなりきりの話をしたときの周囲の反応は「なにそれ~~~キッモ~~~~~~~」でした……そりゃそうだ)。

今回、腹をくくって記事にするにあたって、自分なりに演劇論や二次創作論を読んで考察してみたのですが、正直なところ、反応はわからないなと思ってました。でも、結果的にはたくさんの方から反応をいただけました。(なんと、まなめさんにまで取り上げて頂きました!)

 

ありがとうございます!

 

せっかくですので皆さんの感想に、簡単にですがコメントさせてください。かなり本質をついた質問が多かったので、記事の補足にもなると思います!

 

別にガチ恋愛してたわけじゃないよ!~なりきりをする目的

 

 

やはり、なりきりで擬似恋愛が生じるという部分に驚かれた方が多いようですね。実際、この文章を書くにあたって、経験者の何人かにもあらためて聞いてみましたが、やはり擬似恋愛は頻繁だったそうです。 ただし重要なのは、あくまでも恋愛ごっこであり、女の子同士のガチ恋ではなかったことです。例えば、私は中の人同士でデートに行った日記や、手紙交換をしている2人が誕生日におそろいのアクセサリーをプレゼントする光景も見たことがあります。ネット上で恋愛関係にある2人がそういうことをすると、いやらしい意味にも聞こえますが、女の子って友達同士でもこれぐらいはすると思います。(ちなみに、中の人がレズであることを前提にした、なりきりメール募集板は実はあります。メジャーではないですが……。)   ちなみに、なりきりをやる心理には、もうひとつ大事なことがあります。それは、インターネットもぐもぐさんのコメントも指摘してくれていた、コミュニケーションのハードルの低さです。 なりきりではない普通のファンサイトって、HPやチャットでも、もちろんあるんです。でも、そこであえて1ファンの私がなりきりサイトを作った理由の一つに、ファンサイトのランキング競争がめんどくさかったというのがあります。つまり、すでにランキング上位の可愛いHPの人に憧れて、仲良くなるまでのステップを踏んで……の過程は、めんどくさすぎて頑張れなかったのですねw それと比べてなりきりは、チャットであれば入れ替わりが激しいし、HPでもランキングはあるものの、自分のサイトを宣伝できるページをみんなが設けていたから、話しかける敷居が格段に低かったです。そこで同じ趣味の友達が出来れば、結果オーライだったというわけです。

 

コスプレとも違う~なりきりを楽しむ心理

 

 

今回のなりきり記事を書くきっかけになった「放課後インターネット2」主催の一人、ガール社のかをりさんから、コメント頂きました。有意義な機会をいただき、ありがとうございます! あそこで皆さんから面白がっていただけたのは、大きなモチベーションになりました。 実は、今回の記事に至る、もっともっともっと前の構想では、「なりきりはバーチャルコスプレだ!」と言おうと思っていました。ただ、コスプレと違うのは、他者に見られる欲望すら、自分がログを読み返すことで自己完結できる点です。内面は排除できるコスプレとは違って、なりきりは自分の気持ちが前面に出ているのだと思います。

 

 

評論家の方からの指摘”物真似との違い”~文化としての「なりきり」

「なりきり」の文化としての側面に、興味を持っていただけた方もいたみたいです。嬉しかったです。

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落語の新書や単行本で有名な、評論家の松本尚久さんからもTwitterでコメントを頂きました。おおおお……ちょっと畏れ多いです。

 

落語の聴き方 楽しみ方 (ちくまプリマー新書)

 

コメントに書かれた内容、とっても共感します。言われてみてハッと気づかされました。確かに、友近さんの芸は物真似というよりも、自分とは違う役のデータベースだけを借りて、普段の自分ではできないようなことを言えたり、ふるまえたりする、ある種の二次創作なのだと思います。 友近さんの芸をみて、「あ~あるある!」と感想を持つ人も多いと思いますが、なりきりでも「そのキャラなら、そういうことを言いそうだな」と思える範囲での会話になります。なりきりのユーザーや友近さんは、物真似とは異なり、キャラの仮面をかぶるだけの、キャラのインストールのように感じました。 今回の文章では、演劇となりきりの違いから考えましたが、物真似となりきりの違いという切り口も、とっても興味深かったです。ぜひ今度お会いしたときに、お話しできればと思います。

 

 

そうでう、そうです!その話題にも触れたかったんです!

最近Pixivで流行っている「ちゃんねる系」というジャンルは、まさになりきり2.0と呼んでも過言ではないと、私は言いたいです。シチュエーションやプロットを重視する二次創作の小説に対して、キャラ萌えを重要とするなりきり。キャラクターにのめりこむ感覚は、なりきりも「ちゃんねる系」も似ています。

小説はコンテンツそのものだけど、なりきりやちゃんねる系は、コミュニケーションとコンテンツの複合体に近いです。極端に言えば、「ええ~い、めんどくさい! なりチャのログ、もっと読みたいのに……わざわざ返事を待ってられないから自分で作っちゃった!」のが、私から見た「ちゃんねる系」です。

ちなみに、実は上の3点はデジタルゲームにおけるプレイヤーの構造と一緒なのではないかと思っています。ゲームをやっているときに主人公に自分を重ねる姿は、まさに3役を自己完結させる発想です。というか、実はあの記事はその着想が出発点でした。画面の中の主人公は、自分であって、自分ではない――ゲームが好きな人なら思い当たる節があるのではないでしょうか。

さて、随分と長くなってしまいました。

他にも、「芸能人の「なりきり」をやってた女の子が途中から「本人です」とか言い切り始めて事務所から警告される事態になった」件に触れたコメント(注1)など、色々と紹介したいのはありますが、とりあえず今回はここまでにします。ただ、この話題は、今後も角度を変えて、自分なりに探求していければなと思っています。色々なコメントを読みながら、次の記事を考えてみます。わーい!

 

最後に。
最初にも書いたように、なりきりの思い出は、私の中では本当に恥ずかしいものでした。でも、でも、でも。紙面で頑張るキャラクターたちの放課後は、私にとってやっぱりインターネットにしかなかったな、と思います。なりきりは、みんなには秘密にしていたい、特別な「笑顔」に会いに行ける場所でした。ゲームと演劇の間の子だ、とかコミュニケーションツールだ、というのは「なりきり」を知るための鍵です。今回のコメントを読ませていただきながら、あの頃の私の世界を変えた「なりきり」の扉は、ゲームが大好きな人から、Pixivで「ちゃんねる系」にハマる女の子まで、また違う世界へとつながっていくものなのかもしれない、と思いました。

 

 

(注1)
私がなりきりをしていた時期がこの事件の後だったからなのかもしれませんが、「事務所とは関係ありません」「本人ではありません」と注意書きに記す人が周りには多くなってきた印象があります。今回、なりきりの存在を公にしてしまいましたが、基本的には、どのサイトも検索避けやルールの厳守は積極的に呼びかけています。なりきりとなりすましの境界線が、曖昧になってしまった一例ですね……。

で、最後に宣伝ですw
今回、女の子ウェブの一つの文化として、「なりきり文化」を取り上げましたが、ねとぽよ本誌では、なりきりに限らず女の子ウェブを様々な側面から調べて、考察しています。あの頃のHPから、最近話題のボカロ小説まで、題材もいろいろです。興味のある方は、ぜひぜひ購入してみてください。

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