劇場からの帰り道、歩きながら、ぼーっとその日の公演「音楽劇 千本桜」を思い返した。初音未来が涙声で海斗を抱きしめるシーンも、桜の木の下で海斗がほほ笑むシーンも、錬を見つめる鈴の視線も、全部目に焼き付いてる。まだ外なのに、一人でにやにやしてしまった。

 

 

「ねぇ聞いて、千本桜やばいよ」――そんなふうに人に勧められて、初めてニコニコ動画で原曲を聴いたのは、1年と少し前。私が高校生のときだ。PVのハイカラな雰囲気が好きで、学校の行き帰りによく聴いていた。キャッチーなメロディが頭から離れなくて、つい鼻歌を歌ってしまう曲だ。

しかし、そんな「千本桜」がミュージカルになると聞いたときには、さすがに歌詞を見返しても、どんな物語になるのか全く想像できなかった。千本桜に、大正時代ね……。わくわく半分、不安半分。そもそも、ニコニコ動画でミュージカルってどうなるんだろう? 正直、初日に公演を観た人の絶賛と、既にチケットを買っておいたという話(!)がなかったら、足を運ぼうとは思わなかった。

「音楽劇 千本桜」を調べてみる。どうやら、KAITOをモデルにした青音海斗を中心に、話が展開するらしい……と、私は主演・加藤和樹の文字を見て、目を輝かせた。氷帝の跡部部長を演じたあの”かとべ”が、海斗役なのかあ! かつてテニミュヲタだった私には、このキャストはハァハァものだ。立ち姿だけでも風格を感じさせる彼はまさにイメージ通り。きっと似合うだろうな、期待に胸が躍りはじめた。

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公式サイトはこちら ニコミュ第10弾千本桜

 

 

席についてまず、会場の狭さに驚いた。キャパも380席程度らしい。劇が始まると、役者と目が合いそうなくらい、息遣いが分かりそうなくらいに、ステージは近かった。すぐそばで、もっと大きな会場でコンサートをする女の子や、テニミュのキャストが公演をするのだ。いつもは遠い向こう側にいる人たちを、こんなに目の前で見れるなんて――。なにせ、表情や声のトーンを変えるところまではっきりと見てとれるのだ。

舞台の演出や衣装も素敵だった。鳴子の武器である赤い風車と一緒に、未来の桜色のスカートがなびく。紺の軍服に身を包む海斗の剣が風を切る。殺陣のシーンは手に汗を握る迫力だ。ニコミュらしいなと思うのは、そんな物語なのに、ところどころに萌え要素や、ネットスラングを使ったギャグまで織り込んでくるところだ。「やっぱり弱音、吐いてもいい?」と首をかしげる未来。ドジっ子の流歌につっこむマスター。とにかくテンポがいい。衣装もコスプレのようで、大正ロマンに現代の風俗が重なり合う光景は新鮮だった。

主役以外のキャストはあえて調べずに行ったのだが、鳴子役の腐男塾・長谷川愛さんも、AKB48・石田晴香さんの未来も、市川美織さんの鈴も、その演技は心地よくわたしの中に入ってきた。また、ミュージカルだけのオリジナルキャラクターも個性的でありながら、物語に重要な役目を果たす。オリジナルキャラの演技も素晴らしく、特に中将の演技には目が釘付けになった。

テニミュヲタだった私は、同じ片岡さんのミュージカルでもテニミュにはこういう雰囲気はなかったなあ、と感じた。キャラ萌えがなくても楽しめる点が、テニミュとは違うところだと思う。普通のミュージカルではストーリーの一場面を切り取ったセリフ調の曲が一般的だが、テニミュはキャラクターソングが多かった。キラキラ光るラケットを手に、現実にはありえない技を繰り広げるテニスの試合を楽しめるのは、私たちが原作のキャラクターや役者のファンだったからだ。テニミュのステージは、コンサート会場にいるような気分になる。もし原作を読まずにテニミュを見ても、キャストがテニプリのコスプレをしていると思えるから、夢中になれる。

その点で「千本桜」は、原曲をベースとした物語を楽しめる、普通のミュージカルに近かったとも言えるかもしれない。観客であるはずの自分も、その世界に入り込むようだった。

 

 

ところで、劇を見終えたあとに、とある人から「テニミュは二次元のキャラを人間が演じていてキツかったんだけど、こっちは大丈夫だった」という感想を聞いた。私は、この感想を面白いと思った。

実際、私もアニメの実写化には「なんか、違う」と感じることが多い。それは、二次元キャラの見た目や雰囲気が、三次元になった途端に感じる「ずれ」のせいだと思っている。テニミュの場合はあまり気にならなかったが、それはニコニコのMAD動画でネタとして消費されたことで、「ずれ」を肯定的にとらえる回路が用意されたという偶然が大きいと思う。

だが、このミュージカルの面白いところは、そのズレがそもそも構造的に感じられないようになっていることだと思う。というのも、このミュージカルは、まるでボカロキャラが演技をしているように見えるのだ。例えば、鳴子であれば、確かに眼の前にいるのは生身の長谷川愛さんだが、彼女が演じているのは、MEIKOが演じる鳴子でもある。不思議なことに、見ていると長谷川さんというよりも、MEIKOが演技をしているという感覚が強い。

なお、この感覚は他のボカロキャラでも同様だったが、唯一海斗だけは、加藤和樹が演じてるという印象の方が強かった。これは単に、私がミュヲタだったせいだと思う……という話は大変にどうでもいいのだが、テニミュと違ってキャストを知らなくてもボカロキャラが分かれば物語についていけ、しかも、さらに「やっぱりミクはかわいいよね」のような、ストーリーにも配役にも関係のないボカロキャラへの感想が加わるというのは、なかなか画期的な体験なのではないだろうか

 

 

終演後に周囲を見渡してみると、会場の男女比は同じくらいだった。女性がほとんどを占めるテニミュとは違って、AKB48の二人や長谷川愛さん、富田麻帆さんを目当てに来た仕事帰りの男性ファンもとても多かった。年齢層も幅広い。中学生の女の子が目立つ。どの人も原曲は聴いたことがあるようで、「千本桜」の知名度を伺わせる。思い切って何人かのお客さんに話しかけてみると、思った通りキャストのファンが多く、逆に意外なことにボカロ好きの人は殆ど来ていなかった。

腐男塾ファンの男性も、テニミュキャストを観にきた女性も、「目当てのキャスト以外のキャラクターにも、ときめくシーンがあった」と口々に話してくれた。たしかに、私も初めてみた鳴子が、きれいで見入ってしまった。鈴の表情の豊かさには、思わず息を呑む。変な先入観なく、いい印象で観ることができた。

それも、ニコニコ動画で作り上げられたミクたちのイメージが、キャストに見事にかぶさったからだと思う。やっぱり、リンとレンは二人でひとつだし、MEIKOのドジさが愛おしい。原曲の素晴らしさと同時に、ネットユーザーが作り上げてきたボーカロイドの世界観があってこそ、このミュージカルが完成したのだと思う。あの「千本桜」の言葉たちが、ここまで夢中にさせられるストーリーになるとは正直思っていなかった。

今回は3/24までの公演ということだけど、都内の人は足を運んでみてはどうだろうか。キャスト好きの人はもちろんだけど、ぜひボカロ好きの人にこそ見てほしい。。当日券も毎回用意されているらしい。今後も繰り返し上演される舞台になってくれればいいなと思う。

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