ねとぽよ書店担当の笠井です。

 最近、京都で恋をしています――といっても古都へ旅立っているわけではなくて、平安時代の恋愛小説を、次から次へと読み漁っています。はじめはウェブカルチャーの最前線を調べていたはずなんですが……今日はそのいきさつをお話します。

 

ふつうの恋愛、当たり前のウェブサービス

インターネットを探して

 

 知ってのとおり、日本にはインターネットがすっかり普及しています。テレビや冷蔵庫のように、誰もがふだん使う日用品になっています。でも、ぼくがまだ田舎の学生だった頃、娯楽作品のなかでは、インターネットはまだまだ物珍しく、得体のしれないものとして扱われていました。携帯電話は時限爆弾の着火装置で、SNSは自殺や犯罪の巣窟。パソコンを使う人は脳が劣化していて、コミュニケーションが苦手で、まともに恋愛もできない。

 同級生たちは当たり前にケータイを使いこなしていましたから、「そんなの嘘じゃないか」と感じてはいたものの、実際に何をしているのかはよく分かりませんでした。貧しく、禁欲的な家庭に育ったので、まともな娯楽にありつけなかったし、自分のパソコンもケータイも持てなかったのです。放課後は家で古い本を読むくらいしかできなくて、情報に飢えていました。オンラインだけのコミュニケーションってどういうことだ、メールで知らない誰かと出会うなんて、ありえるのか、と。

 

 だから大学進学のために上京して、ようやく自前のパソコンを買って、やっと使い慣れたときにはびっくりしました。好きな人と、いつでもこっそり連絡が取れる。なんでも気軽に調べられる。遠くで暮らす、知らない人にも気楽に話しかけられる。上手く使えば、ふだんのコミュニケーションを大きく変えられそうだと感じました。田舎にいた頃に知っていた作品たちはきっと、インターネットがカジュアルに使われている景色をよく知らなかったんだろうと思いました。もしくは薄々知りつつも、十分に表現できなかったのだろう、と。

 もともと小説読みだったこともあって、周回遅れでインターネットに熱中しながら、大学で日本文学を学ぶうちに、インターネットを当たり前に使った、ふつうの恋愛小説が、日本でも書かれていないかと考えるようになりました。たとえば、夏目漱石が『門』という小説を書いています。そこには「御米、近来の近の字はどう書いたっけね」とか「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」なんて夫婦のやり取りがある。当時はそれを「青空文庫」からword2007へコピペして読んでいた。そんなふうに古い小説を読んでいくうちに、だんだん身近な通信手段を見る目が変わっていったんだと思います。

 

 恋愛とは、気持ちや言葉を伝えあうことです。誰かや何かとの親しいコミュニケーションです。恋愛小説は、そのあらましを、言葉をつかって描きます。『門』にかぎらず、上手い小説の書き手たちは、その時々の通信手段を、小説内の恋愛模様へ巧みに織り込んできました。同じことを最近の小説家たちも行なっています。インターネットが暮らしに根づいた景色が、実際の創作にどれだけ根づいているかを確かめるのに、恋愛小説はうってつけの入口でした。

 

オンラインのラブ・ストーリーを探しに

 

 探してみると、「これだ」と思える作品は、数こそ少ないものの、意外にもぞろぞろ見つかりました。
この10年の現代小説だけみても、『インストール』(2001)があって、『電車男』(2004)があって、『日傘のお兄さん』(2004)がある。『あたし彼女』(2007)や『青春離婚』(2011)もありました。どれも最新の通信機器をうまく使った物語です。

 

インストール (河出文庫)
女子高生と男子小学生が匿名エロチャットの不毛さに気づく話。文藝賞。

電車男
恋に不慣れな男の子を通りすがりのみんなで励ます話。

日傘のお兄さん (新潮文庫)

Kindle版も出ているようです。内容は後述。

あたし彼女
移り気な女の子が乾いた性生活から足を洗う話。いまも全文無料で読めます。

青春離婚 (星海社COMICS)
小説版PDFがGumroadで販売されていましたね。こちらは漫画版。

 

 なかでも『日傘のお兄さん』(豊島ミホ)は、驚くべき小説でした。女子学生が、巨大掲示板に書き込まれる匿名の目撃情報に怯えながら、(たぶん)犯罪者で(どうやら)幼馴染みのお兄さんと逃避行をするラブストーリーです。まだTwitterもLINEもなかった頃ですが、ソーシャルメディアが身の回りでありふれたものになったとき、人の体感はどう変わるかを時代に先んじて描いていました。

 作中では、掲示板の「匿名の言葉」が「世間の目」の代わりをしています。「お兄さん」は、ネット上ではロリコンだと噂される有名人で、自分たちの逃亡先が秘かに捜索されていると、主人公は気づきます。誰がどこで見ているか分からないからこそ、2人はだんだん恋に燃えていく。そこにはスリルがあって、この国の至るところで起きそうな身近さがありました。

「好きです」とか「別れましょう」と伝える言葉づかいも、ちょっとずつ変わっているのですね。パソコン、ガラケー、スマートフォンと、ぼくたちの恋愛を補助してくれる道具が、時代ごとに遷り変っているからです。たとえば、

 

こんな
たわいもない
メールを
何回も
何回も
トモと
こんなに
メール
したの
初めてかも
別に
ただ
今は
トモと
メールしたいだけだし?
深い意味は
ないけど?
みたいな
だけど
今まで
こんな
たわいもないメール
男と
したことないかも
携帯持って
9年くらい
たつけど
携帯持ち始め
みたいに
なんか
久々に
ウキウキしてるかも
なんでかは
わかんないけどさ

(kiki『あたし彼女』より)

 このケータイ小説は話すように書かれています。奇抜な文体であるということで、2008年にネット上でも大きく話題になりましたね。当時は本当に驚きました。この小説では、恋心が、秘められた末にやっと口にされるのではなくて、絶えまない独り言みたいに吐き出されています。読んでいると、秘密の打ち明け話をされている気分になってきます。

 こういう「好き」の言い表し方は、人々がまだ便箋でラブレターを書いていた頃にはありえなかったでしょう。便箋の紙面はケータイ電話の画面より大きくて、表示できる最大字数も、使える余白も多いからです。「郵送する」には「送信する」より日数と手間がかかり、言葉が相手に届いたあとも、すぐに補足したり、訂正するわけにもいかないのです。手紙の書きづらさと届きづらさは、「話すように書く」には、コストに見合わないのです。

 いまの日本で、これよりも直截で、カジュアルな文芸作品はありえないのではないかと思いました。それどころか日本文学の歴史にも、この小説ほど当たり前に、同時代の通信メディアを使いこなせた恋愛小説はなかったのではとさえ。そこで、もっと調べてみることにしたんです。ずっと昔の恋愛小説は、当時の主なメディアをどう描いていたのか。インターネットがなかった頃はどうしていたのか。

 

恋文の練習帖、愛情の参考書――ウェブ・メディアの祖先たち

超訳百人一首 うた恋い。

 

 そうして調べ始め、電話時代、テレビ時代、ラジオ時代、映画時代、手紙時代と遡って読むうちに、あっという間に時を駆けてゆき、とうとう1000年前に辿りつきました。

 はい、平安時代です。あらゆる休日を総動員して、この時代の恋愛作品を片っぱしから調べていきました。田舎暮らしで飲みにも行かず、恋人からの電話にも出ず、ニュース漁りも止めて、SNSからもログアウトして。『ねとぽよ』ニコニコ特集号の編集が始まった頃には、面倒になって食事もサボりがちでしたから、これで念仏を唱えていたら立派な出家僧の完成です。ウェブ断食……。

 

 さておき、平安時代の裕福な人たちが、どんな情報メディアを使って、何をしていたか。といってもざっと400年ありまして、世間でいわゆる「平安時代」を強く体感するには、11世紀末から12世紀初頭に書かれた日記や自伝、評論を読むとよいです。ちょうど鎌倉時代にさしかかる辺りですね。国風文化の爛熟した様子が、至るところに記録されています。入手しやすく、読みやすいところでは、『定家明月記私抄』(堀田善衛)や『現代語訳 とわずがたり』(瀬戸内寂聴)、『日本文学史早わかり』(丸谷才一)がお薦めです。

 平安貴族たちは、文化偏差値を競いあう投稿コミュニティみたいなものに、いくつも所属していました。オフィシャルな場では、漢詩文を読み、漢語で日記を書く。カジュアルな場では、かな交じりの物語(≒小説)を読み、和歌を送り合う。プライベートな場では、手紙を書き、仏典を読経する。そうして彼らは、紙と筆を贅沢に使いながら、公私のまだらな社交と恋愛をくりひろげていたらしい。

 

 もともと歌は、神様に捧げる祈りのようなものでした。それがやがて、季節の移り変りや折々の気持ちを美しく表現する手段になり、さらに「手軽な秘密のラブレター」としても使われるようになります。日用化ですね。たとえば『現代語訳 とわずがたり』から引くと、

今日は還御の御予定でしたが、
「お別れがお名残惜しいと白拍子が申しまして、まだこちらに居ります。もう一日だけは」
といわれて、今度は大殿が御振舞いしようということで、又一日逗留なさることになったのは、重ねてどんな事になるかと悲しくて、局にさがるというわけでもなく、ちょっとやすんでいるところへ、歌が届きました。
「短夜の夢の面影さめやらで
心にのこる袖の移り香
あの時、すぐ隣の部屋にいらっしゃった御所様があの気配でお目ざめになっていらっしゃったのではないかと、今朝はきまりが悪くて」
など書いてあります。
「夢とだに猶わきかねて人しれず
おさふる袖の色をみせばや」
と返歌を送っておきました。

「御所様」の愛人である「私」が、宴会に訪ねてきた「大殿」と一夜を過ごしてしまって、翌朝の別室で歌を送りあう場面です。中身は「楽しかったです」「そうですね」くらいのものですが、まるでLINEのスタンプを使うように、2人はお互いの気持ちをちょっと気取って表現しています。

 他方で人々は、「気持ちを伝えること」だけでなく「上手に言い表すこと」を競うようにもなって、歌会を開いたり、歌集を作るようになります。どちらも『万葉集』の頃から行われていたようで、勅撰和歌集が定期刊行されるうちに、やがて歌集は「同時代でもっとも優れた仮想恋愛」を選抜する役目も担うようになります。

 

 選び方にも私撰(≒インディーズ)と勅撰(≒公式)とが並存していて、その遷り変りは、個々の歌集の編集方針がどう変わったかを眺めると察せられます。ぱっと分かるのは、『小倉百人一首』の並びでしょうか。古文が苦手な人はリンク先の「要約」をざーっと流し読んでほしいんですが、

 

序盤の歌 『万葉集』など早い時期から 寂しさや旅立ち、季節の訪れ
中盤の歌 『古今集』など中興期から 恋心や秘密、花盛りの季節
終盤の歌 『新古今集』など晩い時期から 老いや別れ、季節の終わり

 

 大枠は恋愛歌集なんですけど、なかの小枠には短詩の表現史が編み込まれています。それぞれの恋歌は、帽子や靴のように、作品を選び・並べる手つき自体が鑑賞の対象になっています。どういうことか。恋心をお題にした定型詩が増えていくうちに、「公表された秘密の私信を選別して保存する」というねじれた表現の場が立ち上がっているんです。Twitterで匿名アカウントで恋愛語りを続けていたら、大量のRTが稼げて、FavstarのTop入りして、Togetterにもまとめられて有名に、といったところでしょうか。

 しかもその一方で彼らは、「個人専用だけどみんなで読める業務日誌」を書きためていました。誰に読まれても恥ずかしくない事実を集めた、半公開のライフログですね。Facebookみたいなものです。藤原定家も例外ではなく、自筆の日記「明月記」を何度も丁寧に書き直しています(参考)。そしてその日記には、冠婚葬祭や、生活と社交の断片は詳細に書かれたけれど、気のおけない内緒話は表に出ない……。

 

 実情はもうちょっとややこしいのですが、そんなふうにして「和歌集」に集まった空想と、「日記」に書かれた体験を織りあわせ、所々を嘘で縫い合わせて、「物語」が作られます。「日記文学」もそのひとつで、ぼくらが有名人ブロガーの連載をいつも楽しく回し読みしているように、一篇のラブストーリーはリアルタイムに仲間内で共有されて、感想や批評の語り合いが賑やかだったようです。
彼らはオンタイムの連続ドラマとして「物語」を楽しんでいました。最も有名なのは、やはり『源氏物語』でしょう。この時代に生まれた文化と風俗の基本パターンをひと通り押さえながら、和歌や漢籍や仏教の知識をブレンドして、「私たちが生きてきた時代そのもの」をどさっとまとめてあります。

 そんな、当時の現代文化の集大成みたいな作品が、少女漫画みたいに連載されていたので、たとえば『更級日記』には、「子供のころにおばさんが『源氏物語』全巻セットを贈ってくれて嬉しかった」なんて思い出が書かれていて、面白いですね。

 

 そして時代を経るにつれて、『源氏物語』に描かれた恋愛模様は、それ以降の世代の作家たちの目標になり、仮想敵になり、小道具になり、残された謎となりました。続篇や別バージョン、リミックスやパロディが大量に作られ、いつしかそれは、「文化」と呼べるほど盛んなものにまで育ちました。

 『無名草子』には、そんな時代の名残りが、座談会風のフィクションとして書き残されています。「放課後インターネット」みたいな座談会です。この時代に花開いた二次創作文化については、「Wikipedia:院政期文化」にもその様子がちょっとだけ書かれていますが、個別作を挙げていくときりがありませんので、詳しくは『岩波講座 日本文学史 第三巻』などを読んでみてください。「女のしわざ―『無名草子』の批評空間―」(大野ロベルト)のように、『無名草子』を文化批評として読む研究者も現れています。

 

インターネットが作る恋の物語は

マニフェスト 本の未来

 

 こんな風に、平安時代のメディアは、お互いを参照し、引用し、改変し合いながら、彼らのコミュニケーションの作法を作り上げていました。その様子は、ぼくたちが日々を過ごしているウェブ上のコミュニティに、驚くほどよく似ています。ちょうどぼくらが、FacebookとブログとTwitterとLINEを使い分けているように、彼らは公開ドキュメントとして「日記」を書き継ぎながら、人気の「物語」とその話題を共有し、創作投稿プラットホームとしての「和歌集」を意識しつつ、親しい仲間と「歌」を送りあっていました。

 その小さな文芸の場は、いま、世界中で使われているウェブサービスと比べれば、通信速度は遅く、ユーザ数は少なく、扱われる情報量も小さかったでしょう。けれどもそこでは、大小さまざまな「好き」や「別れ」が、ひっきりなしに送られ、受けとられていました。この営みを、現実に行われる恋愛と比べて、「記録技術による恋愛」と名付けてもよいでしょう。

 日々の暮らしのなかで、嘘と本音の入り交じったラブレターが交換される。それが人から人へ読み継がれて、みんなの言葉づかいや生き方をちょっとずつ変えていく。やがて大きなひとまとまりの物語になる。その果てしない積み重ねが、この国では、生活とも文化とも分かちがたい膨大な作品群として、書き継がれていたのです。ずっと!

 

 すっかり遠くまで来てしまいましたが、こんな風にしてぼくは、この国で人がどんな恋をして、どんな言葉を書きつづってきたかを調べています。取材の成果は、いつか「ねとぽよ」本誌で恋愛特集なんて組まれたときに公表できたらなぁと思っています。

 なかには、現代日本のウェブカルチャーにしかない、恋愛の在り方もあるでしょう。だからこそ、ネット時代の恋愛作品も書かれ始めています。「7と嘘吐きオンライン」「31歳同人女が婚活するとこうなる」なんてその好例だと思いました。こうした作品はもっと増えていいと思います。反対に、ネット以前の恋愛小説だって、ウェブカルチャーを楽しむような目線で読めば、現代にまでつながる、長くて太い時間の流れが浮び上がってくる。ぼくはそのすべてを知りたいと思っています。インターネットが生み出すありふれた恋の物語も、ずっと昔から続く愛情の歴史も。

 最近、そんなことばかり考えています。もうこれ、恋ですよね……。

 

 

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笠井康平

笠井康平

ねとぽよでは記者と編集のお手伝いをしています。

文芸誌「新古典派フィクションズ」の主宰で、ひっそり小説も書いています。

日本文学史とウェブカルチャーに詳しくなって、この国の歴史と文化の最適な記述法を編み出したい。