この1年のソシャゲ界隈を振り返りつつ、GREE・Mobage両プラットフォームの行く末について語った第一部。

 

主役はプラットフォームからゲームへ 激動の1年を振り返った「朝まで生ソシャゲFINAL」レポート(第一部編) | POYO NET – ねとぽよ

 

 第二部ではそうしたプラットフォームの上に乗る「ゲーム」がどうなっていくのか、「物語と課金」を軸に議論していく。物語をプレイするのか、プレイヤーが物語になるのか。パズドラ以降のキーを探った。

 

幕間&自己紹介

 

第一部後の休憩時間、パズドラの「フレイヤ」に扮したコスプレイヤー・toroさんが壇上で乾杯。男性客が9割以上を占める深夜の会場を盛り上げた。

(参考:「パズドラ」のコスプレイヤー 朝まで生ソシャゲFINALに召還! – ねとぽよ )

toroさんの「フレイヤ」コスプレ。他のパズドラキャラでもいろいろチャレンジしたいという。

 

 続いてねとぽよブログでも話題になったLINE POP の500万点プレイヤー、バイネ申氏が登場。壇上で生プレイを披露した

 

(参考: LINE POPで500万点だと…!? その”奥義”を廃プレイヤーに聞いてみた POYO NET -ねとぽよ )

 

惜しくも500万点はならなかったが、LINE POPをこれだけ全身全霊でプレイし、全身全霊で落ち込んだユーザーは他にはいないだろう。

 生計を立てているFXより緊張すると言うバイネ申氏。

悔しがるバイネ申氏。しかしイベント後も快調に記録を伸ばし今や1110万点(記事リリース当時)。

 

 バイネ申氏による神プレイが終わると、岡本氏・GiGi氏に加え、新たに3人が登壇した。『僕たちのゲーム史』著書のさやわか氏は、「自著でソーシャルゲームについての言及が足りない! と指摘されたので、今日はそこを補いに来ました」とメディア史的な観点からの参加を表明した。

 続いて「今年1年でソシャゲに使った金額は600円(横に座った岡本氏は4月だけで20万円)」という「ぐんまのやぼう」開発者ラッキーゲームス氏が登場。600円の内訳を聞かれると「パズドラに350円、にゃんこ大戦争に250円……パズドラは、普通にコンテニューです」と場を暖めた。

 さらにアメリカから『ゲーミフィケーション』著者の井上明人氏がskype で参加。滞在中のサンフランシスコが朝なため「深夜の盛り上がり感が全然ない(笑)」という彼は、「今年はクラッシュ・オブ・クランとマジゲートにハマっている。第一部はビジネス系の話が多かったので、第二部ではゲーム体験そのものに関する話がしたい」と抱負を述べ、さらにラッキーゲームス氏に「ファンです! ぐんまのやぼうはリアル風呂沸かしゲーム(著書内でも紹介されている、リアルタイムで風呂を沸かすゲーム)に続く衝撃でした!」と突然の告白。ラッキーゲームス氏は苦笑していた。

 

「お金をかけることはプライドをかけること」~ソーシャルゲームとは何か~

 

「悔しさの設計が上手い」パズドラ

 自己紹介だけで場が暖まった第二部は、こちらも一部株主の懐を暖めているパズドラの話題から始まった。「切り込み隊長」として司会から戦陣を任された岡本氏は「僕、デフォルメの強い絵がユーザーとしては好みじゃないので、パズドラはがっつり課金してやりこんではいません。愛の無い発言をしてしまうかもしれないw」と断った上で、(任天堂元社長の)山内さんの「一強皆弱」という言葉を引き合いに、「ゲーム業界史に残る」とその衝撃を認めた。一方パズドラのフォロワーゲームが苦戦していることについては「ドラコレの時はガワだけ変えたゲームが流行ったが、今はガワの雰囲気を変えずゲーム部分だけ変えている。クリエイティブという意味では正しいのかもしれないが、結果的には売れていない」と話す。

 一方GiGi氏はパズドラを「悔しさの設計が上手い」と表現。最初の半年間でゲームの面白さに惹かれるユーザーを集められたことが、その後のゴッドフェスを始めとする熱狂に繋がったという。「ちょっとガチャ回せば憧れの神モンスターが出てくるんですよ。そりゃ回しますよ!w」というGiGi氏のアツい言葉に、観客の一部は自分の課金額を肯定するかのように頷いた。

 ここで会場から「パズドラはソーシャルではないのでは?」という質問が飛ぶ。さやわか・GiGiの両氏は「パズルが面白くてやってたらいつの間にかフレンドの重要性に気づく」として、従来とは異なるソーシャル性の見せ方がその特徴だと述べた。一方岡本氏はロワイヤル→ドリランド→パズドラというソシャゲの大ヒットタイトルの流れを追いながら、「対戦要素がなくなり協調要素も薄れており、徐々にソーシャル性が薄まっているのは事実」とフォローした。

 

 そしてパズドラについて議論が進む中、実は会場内から一人横槍を入れていた人物がいた。登壇者のラッキーゲームス氏である。

 

 

 まさかの超早期戦線離脱に会場は爆笑。当日象徴司会から実質司会にジョブチェンジした斉藤大地が「どうぞ難しくない話をお願いします!」と水を向けるも、「僕の立場から話すことは残ってないので……」と弱腰。というのもラッキーゲーム氏はパズドラと過去に「ぐんまコラボ」をしており、「Twitterで(パズドラについて)なんか言うと補足されてしまう」らしい。実は彼が登壇者の中で一番パズドラの「中」に近いという、皆が忘れていた事実が明らかになった瞬間だった。

 

 「ぐんまのやぼう」とパズドラのコラボ画像(公式サイトより)。違和感の無さに違和感。

 

「課金」を通じたソーシャルゲームとMMOの比較

  ソーシャル性が薄れつつあるソーシャルゲーム。ではそもそもソーシャルゲームとは何なのだろうか。特に「課金」という言葉がいつのまにか課金する側からされる側の言葉になったように、課金はソーシャルゲームを理解する上で避けて通れない。skypeで参加している井上氏は、「課金はうまくデザインされればユーザーのモチベーションを引き出すシステムになる」とし、パズドラ以外にもキャンディクラッシュサーガなど、第一部で岡本氏が述べた「前向きな課金」を上手く搭載したゲームが増えていると話す。

 またアーケードゲーム時代からかなりお金を使っていたというGiGi氏は「お金をかけることはプライドをかけるということ」と断言。「お金をかけたからには成果を出したい。成果を出したらお金をかけたい」というフィードバック・ループがあると指摘。さやわか氏も「RPGはプレイヤーが物語の中に入っていくが、格ゲーなどはプレイヤーが物語化する」として、課金と成果のフィードバック・ループによる「俺TUEEEEE感」が重要だとした。

 「プレイヤーを物語化する」上で欠かせないアイテム課金。その発祥は何なのか。会場からMMOとの共通性が指摘されたが、GiGi・井上の両氏によれば「MMOのアイテム課金はRMT対策」。MMO内で継続的に溜まっていくリソースがあると、インフレが起きて新規と古参のリソース格差が広がり、新規ユーザーがRMTに流れやすくなるのだ。一方でピンチヒッターとして、突如客席から登場したブログ「ネトゲ研究日誌」の後藤氏は別の見解を示した。月額課金で売れなくなった「型落ち」MMOを無料でさばき、アイテム課金で収益化を図ったことがMMOのアイテム課金だという。発祥自体は別ルートなものの、パッケージ型の買い切り有料アプリからFree to Play(F2P)への流れはMMOと通じるものがあるようだ。

 

差はインフラだけなのか~日本と海外におけるゲーム環境・ゲーム体験の違い~

 

日本のゲームはここがクソ!!! 死に舞氏乱入

 ユーザーに物語を提供するコンシューマゲームと、ユーザーが物語になるソーシャルゲーム。国内のソーシャルゲームについて議論がある程度深まった所で、突然ゲーム研究者・ライターの死に舞氏が壇上に乱入。台本通りの展開にもかかわらず紹介を手間取る司会に「待ちくたびれましたよ。寝るかと思った」と一発かまし、会場を沸かせた。

乱入した死に舞氏。この後のパワポは関係者の人生を狂わせる可能性があるためお見せできない。 

 

 死に舞氏は主に海外ゲームに通じており、今回は研究者とユーザー両方の立場から、日本のソーシャルゲームに痛烈な批判を加えた。……とまとめてしまうと、もはや芸と言うべき氏の強烈なパフォーマンスをお伝えすることが出来ない。ここはひとまずあの晩生まれた「名言」をご覧いただきたい。

 

「(某バハムートのロゴにバッテンがついたパワポを背に)日本のソシャゲは海外のレビューサイトでボロクソ言われている。みんな知るべき。これゲームなの?」

「(以下ボロクソに言われている理由が続く)音が出ない。音出さないゲームはゲームじゃない

そもそもアプリじゃない。ガワアプリとかただのブラウザだろ。ブラウザはアプリじゃない」

「『えっゲームなのにスクロールするの?』って思ってるよ海外は」

「3Dジャイロも何も使ってない。ガラケーからスマホになっても何も変わってない。」

「エロ多すぎ。エロはゲームに来るな

ゲームメディアがクソ。スマホで面白いゲーム探すにはどうすればいいのか僕が教えてほしいくらい」

「(海外ゲームの素晴らしさを聞かれて)デザインだけで素晴らしい」

「(画面が割れた自分のiPhoneを指しながら)スマホで本気でFPSやるとこうなりますから」

 

 次々と繰り出される批判とここには到底載せがたい過激なパワポに、会場は大いに沸いた。ある意味この夜のハイライトだったと言えるだろう

 

流通事情の差とそれがもたらすもの

  では死に舞氏が指摘した国内と海外のゲーム体験・ゲーム環境の差はどこから来るのだろうか。国内では海外ほどゲームがDLC(ダウンロードコンテンツ)へ移行が進まず、海外では絶滅したゲームセンターやゲーム専門店などがまだまだ残っている。そうした状況について「コンソールゲームが日本では生き残る可能性がある(岡本氏)」「ここ来る前も『ガンスリンガーストラトス』で遊んでたんですが、やっぱりスマホ振り回すより、アーケードで2丁拳銃振り回したほうが楽しいじゃないですか!(GiGi氏)」という声が上がる一方で、死に舞氏は「音楽もそうしたフィジカルな流通の強さに依存しすぎた結果、デジタルに移行できず自分で自分の首を締めている」と将来的なリスクを危惧した。

 とはいえ流通事情の差がゲーム環境の差を決めているのであれば、状況を変えるのは難しい。買い切り型のゲームがコンソールにとどまり、デジタルがソシャゲを始めとするF2Pに占められている国内の現状に対し、死に舞氏はメディアによる新規ゲームの発掘が不足していると指摘。これに対し井上氏が「ゲーム系のメディアといった時、ファミ通のような読み物と、バイヤーズガイドは分けて考えるべき」として、レビューサイトからゲームの評価をクロールし平均点を出す「メタスコア」という仕組みを国内でも作ることを提案した。

 メディアとゲーム環境の問題は根が深い。ラッキーゲームス氏は昨年夏にAppStoreから新着アプリのエリアがなくなってしまったことについて、「個人の開発者がみんな死んでしまった。新作が入ってくる土壌がない」と嘆く。死に舞氏はAppStoreやGoogle Play が優れた個人デベロッパーを「発見」するはずの場所だったのが、機能しづらくなっていると指摘。「無料ランキングって書いてあるけど、上位に来ているアプリのほとんどは課金前提のゲーム。完全無料なアプリのランキングが何故無いのか」と吠えた。GiGi氏が「それは絶対あったほうがいい」と同意する。「Appleは儲からないからやらない(ラッキーゲームス氏)」可能性が高いが、とはいえ石から玉を見つける仕組みを用意するのもプラットフォーム側の果たすべき仕事であろう。

 

 とここで会場で自作アプリの宣伝を始めた人物がいた。例によってラッキーゲームス氏である

 

AppStoreが仕事をしないなら俺がすると言わんばかりの……

 

 さらに司会に「パズドラ以降の新しいゲームとは何か?」と振られると、「特に無いけど、理想はLINEが滅ぶこと」と爆弾発言。「女性などのカジュアルユーザーがLINEに囲われていて、外に出てこない」とLINEのプラットフォーム戦略(?)の恐ろしさを語った。ただ特に対策があるわけではなさそうで「Appleが審査でどうにかしてくれるのを待っている日々」と安定のラッキーゲームス節であった

 そんなラッキーゲームス氏の「ぐんまのやぼう」を引き合いに、井上氏は「『ぐんまのやぼう』はTwitterという評価フィルターをハッキング(他県に侵攻すると「○○県を征服しました」というツイートを流すことが出来る)することで広まった。何が良いゲームなのかを決めるより、評価システムをハッキングすることで多様性が保持されると良いのでは」と絶妙のフォローでラッキーゲームス氏からターンを奪い返す。また岡本氏は「漫画雑誌にあるような、メタな文脈をゲームにも作れないか。ジャンプだったらいろんな漫画があるけど努力友情勝利といったように」とレーベル的なシステムを提案。GiGi氏は「ガラケー市場が死滅したあと、GREEやMobageといったプラットフォームはそうしたレーベル的な役割を担っていくのでは」とプラットフォーム側の議論と接続した。

 

物語を遊ぶのか、物語になるのか

 

 スマートフォンの持つ潜在力を活かしきれていないという日本のソーシャルゲーム。しかし死に舞氏が浴びせた批判の多くは、いわゆるブラウザゲームへのものである。パズドラ以降強まったネイティブアプリへの流れの中では、海外のモバイルゲームトレンドが参考になるだろう。岡本氏は「海外では24以降、映像産業が一本勝負の映画からぶつ切りのドラマに移行したように、ゲームもエピソード売り切り型のものが現れている」と述べ、死に舞氏も「3月に行われたGDCでは『ナラティブサミット』というゲームと物語の関係を扱う議論の場があった。FPSなどが飽和しつつある現在、海外ではむしろ物語回帰の流れが生まれている」と物語の重要性が上がっていることを指摘した。

 また会場から「ゲームにコンテンツ(物語)をどの程度混ぜればいいのか」という質問が出ると、さやわか氏は「物語か課金かという二項対立では悲しい。ゲームのレベルデザインの中にそのゲームを流行らせてるというアクションが含まれれば、物語を成立させつつ収益を確保できるのでは」と買い切り型とF2Pの接続を提案。またGiGi氏も「カードゲーム系のソシャゲと物語は相性が悪い」とした上で、にゃんこ大戦争のように、エンディングがありつつそこに向けて上手く課金させる方向性を提案した。

 

最後のコメント

 

 振り返れば「物語と課金」というテーマは本イベントの通奏低音であった。会場では最後に「今はゲームユーザーが、課金して自分自身を物語化できるユーザー(リア充)と、ゲームの中の物語を遊ぶユーザー(非リア)に分かれてしまっている。この2つは融合できるのか」という質問が上がった。多くのソーシャルゲームは前者であり、買い切り型RPGなどのユーザーは主に後者であろう。この質問に対しては、司会がまとめ代わりに全員に回答を求めた。最後は各人のコメントをそのまま紹介して締めとしたい。

 

さやわか氏:「これだけこのゲームに課金したんだぜ(ドヤ」というのは、ソロゲーム。最近はソロでも複数人(パーティ)でも楽しめるゲームが出てきている。パズドラはソロゲームとおもいきや実はソーシャルといったパターン。こうしたゲームの中ではその2人が同時に楽しめるのではないか。

 

井上氏90年代のJRPGは物語を進める「シナリオ」とユーザーの体験する「ドラマ」を上手く融合させてきた。「バテン・カイトス」などはその例。シナリオが先にあって、事後的にドラマを演出する。一方ソシャゲにはプレイヤー同士が作る細かいドラマがあるが、シナリオがない。任天堂のパーティゲームはそこを非常に上手くコントロールしている。Facebookゲームで今「You don’t know Jack」というクイズゲームが流行っているが、パーティゲームを敷居低く作るノウハウはいろんなところに散らばっている。これをうまく転用することが次のソシャゲのポイントではないか。

 

岡本氏:ソロゲームはユーザーとコンテンツが一対一対応しているので、コンテンツでユーザーを幸せにしやすい。ところがマリオカートなど対戦型のゲームは勝負がつくので幸せになれる人が減る。歴史をひじょうに長い目で見れば、ゲームは対戦型から協力型の方に進化している。現実にはみんなが幸せにはなれないが、「俺信長にはなれないけど秀吉にはなれる」といった風に、ゲームだけはそういうことができるかもしれない。

 

死に舞氏:Call of Dutyなど、ソロでもパーティでも楽しめるゲームはいくつもある。いま海外ではRPG的な世界観の中で敵を倒しつつアイテムを手に入れることを重視する「ハックアンドスラッシュ(ハクスラ)」タイプのソシャゲが来ている。次のソシャゲはハクスラだと思う。

 

ラッキーゲームス氏:僕の環境だと(リア充と非リアが同時に幸せになるゲームは)作れない。一番最初に作ったアプリは刺身の上にたんぽぽ置くだけのアプリだった。幸せにするどころかレビューで「子供が将来こうなったらどうするのか」というクレームが付いて燃えかけたくらい。実験的に作ってるので、誰かに向けてるわけではない。

 

GiGi氏:さっき「にゃんこ大戦争」の話をしたように、エンディングのあるF2Pゲームが可能性としてあるのでは。ただF2Pの怖いところは売上の予測が立たないところ。F2Pはバズらなかったら収入ゼロ。じゃあどうすればいいかというと……(語気を強めて)リッチ化しないこと。ラッキーゲームスさんみたいなゆる~いゲームが流行るのはいいなと思っている。F2Pはローリスク・ハイリターンな世界なのに、コストをかけてハイリスク・ハイリターンにしてはいけない

 

終わりに

 

 第一部では変わりゆくプラットフォームの役割を、第二部では(途中幾度かラッキーゲームス氏にターンを奪われつつも)代わりに台頭する「ゲーム」そのもののあるべき姿について議論した。パズドラ以降の新しいゲームと言っても、当然ハクスラ・パーティゲーム・エンディングのあるF2Pと、答えはひとつに定まらない。個人的にはGiGi氏の「GREEやMobageといったプラットフォームが、将来的に色のついたゲームレーベルになっていくのでは」という意見が、第一部と第二部を結ぶ一つの答えであったように思う。そこではユーザーレビューベースのアプリストア・ブランド先行型のレーベル・両方に合わせた形でプロモーションできるSAPという風に各プレイヤーが住み分けられる。

 一方でパズドラを始めとするネイティブアプリの台頭についても、これまたGiGi氏が指摘したように、バズったごく一部のF2Pだけが生き残れる状況である。死に舞氏が乱入時に指摘した通りアプリストアのランキングが不十分なせいもあるが、井上氏のいう「メタスコア」のようなユーザーレビューがもっと進化しても良いはずだ。

 また第二部を通じてテーマとなった「プレイヤーが物語を楽しむのか、プレイヤー自身が物語化するのか」については、もともとRPGと格ゲーの間で見られたように、ソシャゲやMMOが台頭する前から存在した問題系ではある。むしろF2Pという形式がスマホを通じてこれだけ普及した今、ソシャゲはその両者が交わる場所なのではないか。ソシャゲが手にしたスマホの普及という「数」は、ゲームの「質」へと転化していくだろう。その行先が岡本・さやわか氏の言うようなパーティゲームなのか、死に舞氏の推すハックアンドスラッシュなのか。今後の動向を見守りたい。

 (了)

 

 

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klov

klov

ウェブメディアでリサーチ/ウェブ解析を担当。ねとぽよではライターやウェブ周りのディレクション。

GoogleやFacebookなどのプラットフォームの話題を追いつつ、日本独自のインターネットについて考えています。

 

 

▼活動履歴▼

2006年~ はてダ「No Hedge!」開設。村民となる。
2007年~ 批評系同人誌「筑波批評」に参加。Webや建築系の批評を寄稿。大二病、進行。
2011年~ 「ねとぽよ」に参加。最初はフリーペーパーにちょっと文章を書くだけだったはずが、いつのまにかウェブメディアを作っていたり。