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 妖式コンゲームとは何か?

 

 

ずっと、みんなわざと意地悪してるんだと思ってた。

女中や乳母と打ち解けてくうち、その疑惑はより高まった。

 

 

 

――二歳のころ何して遊んでいたか、ですって? ごめんなさい、覚えておりません。

 

 

じゃあ二年前の夏のことは? 二年前の夏、何して遊んでた?

 

 

――それも朧げでございます。

 

 

小姓も、屋敷にいる武士も、大奥に住むお姉さん方も、

みんなみんなそう答えた。

 

同じ質問を何度もするうちに、もしかして、と愕然とした。

 

みんなは生まれた時の景色どころか小さい頃の思い出だってきちんと覚えていないんだ。

俺はどれも覚えてる。

 

産まれた瞬間から今日の今まですべてのことを、一部残さず記憶してる。

 

 

 

シャボン玉が飛んでる。

桜みたいに、ちっちゃな泡が

浮かんで沈んでいなくなる。

 

 

 

「日記帳をつける時間があるなら、遊んでよっ」

 

乳母の袂を引っ張れば、少しだけお待ちください、とこまったように俺の背中を優しく叩いた。

少し不貞腐れていると、手持無沙汰にしていた女中が駆け寄ってきて、

私がお相手致しますカルタでもなさいますか、と微笑みかけた。

 

このお屋敷は、江戸で一番大きいらしい。

そのぶん、たくさんの人が住み込んでる。

漢文や歴史だって教えてもらえるし、紙相撲の相手にも困らない、飴玉を買ってきてくれる大人もいる。

だって、人ならたくさんいるんだ。

 

 

「よっしゃ、俺の勝ちー」

女中とのカルタはいつだって圧勝だ。

札なら、とっくに全部覚えてるから。

 

 

カルタの札が消えた途端、あたりにいた女中も引けた。

足音一つしない、人影の消えた部屋を見渡した。

おーい。

やまびこひとつ返ってこない。

ねーえ。

俺の声は、冷たい畳に吸い取られた。

お腹がへったなぁ。

夕食の支度はとっくに完璧だ。家臣の何人かが、毒見している最中だった。

 

今日もおいしそうだ。

 

「昨日は蜆汁に、こちの切り身、鯛めしに味噌漬け豆腐と羊羹だったよね、その前は茶碗蒸しに木の芽田楽ドジョウ汁と葱飯、いつもごはんがおいしくてうれしい

台所の支度をしていた家臣たちは、左様でございます、と頭を下げた。

 

七日前に食べた天麩羅最高で!

 

目の前には誰もいなかった。

みんな、わざわざ奥の方にひっこんで、密やかに毒見を続けている。

今日の夕飯も楽しみにしてるね。

誰も振り返らない。

こっちにみえるのは背中ばっかりだ。

 

あのさーあ。

 

家臣が振り返った。

俺は目を輝かす。

 

あのね、と話しかけようとしたけれど

 

「食器が傷つかないように気をつけろよ」

 

注意された下女は、わかりました、と丁寧に盆を拭いていた。

みんな食器がぶつかりあう音にばっかり気を取られて

俺の声は聞こえないらしい。

踵を返し一人で廊下を駆けた。

ゆっくりお歩きください、と家臣が注意した。

俺はそれから走って逃げた。

 

 

 

シャボン玉がのぼっていく。

石灯籠より高く、草の穂を避け

梅の枝下を漂っている。

 

 

 

「鞠貢様」

 

ええと、俺を呼び止めたのは。

ああ。

毎夜日記をつけている乳母だ。

笑ってる。

目尻にはうっすらと細い皺が。

彼女はもう結構な年で、腰が曲がりはじめている。

 

「鬼ごっこのお相手はできませんけれど、よろしければお手玉でもなさいませんか」

 

袂から、古い着物の継接ぎでこさえたお手玉を取り出した。

宙に投げてからてのひらへ落ちる時、小豆の擦れる涼やかな音が鳴る。

座敷にあがり、夢中になって乳母とお手玉とりあった。

この右手から乳母の左手へ、乳母の右手からこの左手へ。

乳母の作ったお手玉からは柑橘の良い香りがして、鼻に近づければ心が和んだ。

そうだ、この乳母は、俺が産まれた瞬間にも傍にいた。

 

 

 

もーゥ

 

もーゥ

 

朝だ。

小姓の「もーゥ」の呼び声に起こされ将軍が顔を現す。

また朝だ。少し気が抜ける。

夜はものすごくヒマで、退屈だから、朝になるとやる気がでるんだけれど、

朝や昼が刺激的ってわけじゃないこともわかっているから、気合が入らなかった。

 

朝食後、将軍様がお呼びです、というから父の前で膝をつけば

少し退屈してるんだろう、とすぐに見抜かれた。

 

「お前の世話役として学のある武士でも呼ぶか?」

 

――えっ、ほんとに?

 

「まずは読み書き算盤を完璧にしてからな」

父の期待がにじむぶんだけ、屋敷の人たちは落ち着きをなくす。

 

「鞠貢様」

戯作を片手に、音読いたしましょうか、と女中が寄り添い

竹馬を持ちこみ、これで遊びましょう、という家臣が笑う

次はあれをして遊びたい、とワガママをいってみれば、へいへいと忙しなく足音が鳴る。

聞こえるのは足音ばかりで、笑い声が立つことは無い。

 

慌ただしくする家臣たちの向こうで、じっとしているのは、乳母だ。

腰の曲がり始めた乳母は、着物を縫い直しながら、時々こっちを見て俺と目が合えば、ほくほく笑う。

最近、乳母は針仕事ばっかりやってるみたいだ。

なんでも、もう年だからってことらしい。

老いた乳母のもとに回ってくるのは、せいぜい破れた布くらいで、

それも、仕事ください、とお願いしてようやく回ってくるもので。

あんなすみっこの、薄暗い部屋で。行燈をつける油も与えられず、一針一針縫っている。

ふ、と乳母は顔をあげた。

手を止めて、穏やかな顔を見せる。俺は、竹馬から落ちた。

 

なんだかんだで一人遊びが得意だ。

 

 

 

シャボン玉よく飛ぶ。

風に押されて遠くまで、地面を這うように飛ぶ。

高くいけ高く、空にあがれ。

 

 

 

「本因坊道策の棋譜を、すべて丸暗記してるだって?」

 

老中が騒ぐから、手を止めた。

昨日見た棋譜の通りに、碁石を並べてただけなのに。

こんなにきらきらした目で見つめられたの、初めてかもしれない。

老中は「とても囲碁の初心者とは思えぬ……」と嘯いた。

黙々と碁石を打ち続けていたら、老中からお呼びがかかった。

 

今日から私が勉強を教えてやろう、と猫のように目を細くして笑った。

 

読み本の授業からだ。

戯作本を読もうね、と一冊の本を差し出された。

 

 

「コギツネ 木枯らし 小塚原

岡惚れしたキツネの子 岡っ引きに連れられてくよ

哀れコギツネ

気が狂ったのは恋をしたせいじゃろかと

井戸を囲んで洗濯する娘たち 笑ってら

暴れコギツネ

腹が減って苦しんじゃろか 無念

檻を揺らしても食べ物は出てこんよ。

こんこん コギツネ

ひもじくって檻をかじる。

そうして隣の牢に住まう男の ニッキチョウをくすねちまった。

もうね 牙は墨で真っ黒さ 隅々まで齧ったからね

ニッキチョウを取られた男 全部失くして名無しになった

キツネは名無しに尻尾を振ったよ

さようなら、さようなら、

そうして檻から抜け出した」

 

 

なんだろう、すごく嫌な感じがする。

これ、戯作本? 御伽草子?

暗記しちゃっていいのかな。

隙間なく閉めていた襖に、人影がうつる。

 

「あのぅ」

 

乳母の声だった。

なんだ、と老中は冷ややかに尋ねる。

乳母は襖を静かに開き、廊下に額を擦るほど深く頭を下げた。

 

「いえ、鞠貢様に読み聞かせるのでしたら、今流行りの南総里見八犬伝や勧進帳の方が面白いのではありませんか」

 

「うるさい、年老いた乳母のくせに、口を出すな」

 

老中は勢いよく襖を閉めた。

乳母は、ひゃんっ、と怯えた犬のような悲鳴をあげる。

その際、床についていた手を襖にぶつけたらしい。

今日の続きはまた明日な、と老中は勉学の成果を軽く褒めると、立ち上がった。

棋譜並べよりずっと面白いだろう、と満足げに笑う老中の目は、どこか遠くを見つめている。

老中が部屋を去った後、ちいさくあくびをすると、そそくさと襖を開けた。

乳母はまだ廊下に座り込んでいた。

「直接お話しするのは久方ぶりでございますね」

乳母が頭を撫でた。

「老中様の読み聞かせは、面白いですか。あの、今日の御本の内容、外で諳んじてはなりませんよ。私も、聞かなかったことにいたしますから」

 

また、お手玉がしたいなぁ。

「私は、世継様だからといって、貴方が悪い者に飲み込まれていくのではないかと心配で心配でなりません。もう老い先短い身でございますから、先々までご活躍の程眺むることも叶いませんし、まして皺くちゃの老婆の戯言ではありますけれども、、、

しかし、、、」

 

乳母はしわくちゃの手を自分の膝のうえでもじもじと動かした。

 

「鞠貢様のこの、えくぼが、私、とてもとても愛おしいのです」

 

俺は両手を伸ばし、人差し指で乳母の目尻を抑えた。

「俺も、乳母の目尻の皺が好きだよ。笑った時にできるのな」

 

乳母は、俺の手を押さえて、じっと目を開いた。

顔がほころぶ。乳母の顔に優しさが広がれば広がる程、目尻の皺は深くなる。

乳母はこっちをまっすぐに見つめた。

二度とみられないかもしれない姿を、目に焼き付けるように、じっとじっと。

 

 

 

シャボン玉の群れ。

目黒のさんまみたいな。

いくつもの泡が体をよせあって

寒さと風をしのぐように

飛んでく。

 

 

 

 

将軍様がお呼びです。

菱川師宣の掛け軸。

盆栽。

どーせ有名な人が作ったんだろう謎の壺。

 

父の部屋は広い、それから、余計なものがたくさんある。

あるだけじゃない、いる。

老中とか、小姓とか、いつも誰かが隣にいる。

 

「鞠貢」

 

将軍は、肩肘をつき、力の抜けた姿勢で座っていた。

かっこつけてるのか本当にかっこいいのか、息子の俺でもよくわからない。

 

 

「お前は、ここから出ていけ」

 

 

 

シャボン玉。

シャボン玉。

シャボン玉。

 

 

シャボン玉 割れた。

 

 

 

 

瞼をこする。

大きく欠伸をしてから、喉仏をかきむしった。

城で暮らしてたのは、もう十年も前のことだ。

十年か、と呟いた声は、蝉の声にかき消された。

小枝の隙間からさす日の光が丁度、顔に当たってすごくまぶしい。

懐かしいなぁ。

もう一回、瞼をこすった。

 

昔の頃の夢、見てた。

 

あのころより、二回り以上大きくなった手を空へかざしてみる。

昼と夕暮れの境の空には、薄桃色の雲が浮かんでいた。

十年前は、こうやって原っぱでのんびり昼寝なんて絶対にできなかった。

どこからかやってきたバッタが、ひょんと俺の鼻先に跳び乗った。

 

 

……あれ、俺なんでここにいるんだっけ。

 

 

覚えてない。

なんでだ、おかしい。ありえない。

 

 

「あの」

 

額が熱い気がしたのは、陽射しのせいだけじゃなかった。

おでこに、女の子の手が乗っていたらしい。

その手はゆっくりどかされて、少し湿った額に冷たい風があたった。

女の子の、銀髪が揺れる。

一本一本、絡まることなくたなびく髪は、子供の手を離れてしまった凧糸のようだった。

もし、風がそよぐ姿を見ることが出来たら、それはこんな色合いをしてるのかも、と思うほど

怜悧で柔かそうな髪だ。

手を伸ばしかけて、やめる。

 

6_銀髪の女の子

 

この原っぱに来たのはついさっきのはずだ。どうやって来たのかはわからないけれど。

この子とも、初対面のはずだけれど。

 

「おはよ」

 

彼女は、つっけんどんに挨拶をした。

俺も、おはよ、と返す。彼女はそれきり黙り込んだ。

 

けれど何故か、傍から立ち去ろうとはしなかった。

 

 

 

 

 

(明日に続く→第二幕(二)

 

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