前回の話→第二幕(一)を読む。

  妖式コンゲームとは何か?

 

 

ならず者が、町娘に恋をした。

 

しかし彼女は男をまったく相手にしなかった。

嘆いた男は女を刺殺した。

そして死体の片手片足を切り取ると、その女を掘の中に捨てた。

それ以来、掘に生える草はどれも片葉で、生えるべき葉が欠けていた。

 

町民は、それを大層気味悪がった。

 

それならば、と、住職はいつものようにゆっくり腰をあげ

木を彫り、女の手足をこしらえると堀に投げ込み経を唱えた。

 

それ以来、堀には元気な双葉が生えるようになったという。

 

 

寺には、こんな事件が連日連夜持ち込まれる。

清澄はこの小さな寺の住職だ。

その辺のなまくら坊主には到底手に終えない事件や、奉行所もお手上げ状態の厄介な案件ばかり請け負っている。

寺としては、少し変り種だろう。

 

清澄は目を閉じて話を聞き

俺が、このオヤジ実は半分寝てるんじゃ、と疑いの目を向けはじめた時、

わかりましたと錫杖を握りなおす。

 

町民は清澄に向かって、感謝なのかお詫びなのかわからなくなるほど

何度も何度も頭を下げ

後ろで話を聞いてる俺には、飴玉をひとつ投げてよこす。

ついで、と言わんばかりに。

俺もいつかああなれるはずだ。

 

飴玉を奥歯で噛みつぶしながら、清澄の背中を睨む。

欠けた飴の破片が頬に刺さって、少しだけ口元が歪んだ。

 

仕事を終えたらしい清澄は、コーイチのいれた熱いお茶を啜った。

夏場なのに、汗ひとつかいていない。

 

「だめだ、といっているだろう」

 

湯のみを置くと、清澄は呆れ顔で俺を叱った。

「寺に女を住まわすことはできん」

 

「そんなこといったって、この子行く場所ないっていうんだよ!?

ほっといたら、さらわれて吉原にでも売られちゃう!」

 

どちらの味方にもつけないコーイチは「そうはいっても」と呟いた。

銀髪の女の子は、ただただ俯いている。

「ならばいつまでだ。いつまで預かる。

その娘に新たな住み家がみつかるまでか。引き取り手が決まるまでか。

家の無い娘なんぞ江戸には探せばいくらでもいる。それをいちいちすべて引き受けるのか」

 

コーイチは、そうですよ、と疲れの混じった声で答える。

「鞠貢さんは清澄さんにつっかかりすぎです。なんだかんだいって、結局いつも清澄さんの言い分の方が確かじゃないですか」

 

「困ってる町人を助けるのが寺の仕事じゃないの!?

それに、とりあえず元気になるまででも住まわせようよ、だってこの子、顔色悪いし!

ちょっとゲッソリしてるし!!

女の子は首をっくり落として両手で頬を覆った。

 

清澄は湯のみを口に運んだ。

俺が寺に来たのは六歳のころだ。

だから清澄とはもう十年も一緒に暮らしてるけど、ちっとも馬が合わない。

たぶん今後も合わないと思う。

 

「理想とワガママばっかり! 家計簿つける身にもなってくださいよ」

コーイチが拗ねたような顔で文句を垂れる。

 

清澄は湯呑を置くと、瓢箪柄の風呂敷をほどいた。

中には、先方からいただいたらしい桃と、清澄愛用の帳面が入っている。

コーイチは桃を受けとると、夕食後に食べましょう、と棚に飾り、

夕食に必要な食材を買いに町へ出て行った。

清澄は帳面を開く。

今日はどんな事件、と聞いてみる。

 

「のっぺらぼうがでた、らしい」

 

事件のあらましはこうだった。

 

 

升酒屋の若旦那が、嫁と二人で酒粕を絞っていた。

樽は出来立ての酒でいっぱいになる。

濁りの無い清酒は、鏡のように蔵の天井や人の目鼻までよく映す。

若旦那と嫁は、一緒に樽を覗き込んだ。

若旦那はできあがった酒を一口舐めた。

その直後。若旦那は悲鳴をあげて嫁の顔に木べらを投げつけた。

 

「顔がない!! 顔が!!! 物の怪か!!!!!」

 

しかし嫁は鼻から血を、目から涙を、口から鳴き声をあげ店主にすがった。

店主が見れば嫁の顔には目耳鼻口がきれいにそろっている。

しかし、若旦那の目にだけは、嫁の顔が

すべて削げ落ちた真っさらなものとして映っているらしい。

 

事件の重要な要点は以下の通りだ。

 

・嫁の顔の部位は消えていない

・しかし、若旦那の目にはそれが映らない

・他の人が見れば、嫁の顔に支障はない

・若旦那も、嫁以外の他人の顔は認識できている

 

のっぺらぼうか、と俺はつい自分の顔を触ってみた。

女の子は膝の上の拳を強く握っている。

怖い話、苦手なんだろうか。

 

「飢饉が終わってから、理由の曖昧な事件が続く」

 

片葉の葦事件なんかは、動機が分かりやすいから対策の立てようがあった。

男女のもつれ。

片方の手足を失くした女の不満。

 

でも、今回のは。

 

飢饉、という言葉を耳にた女の子は手のひらをお腹にあてた。

なにか食べる? と勧めれば、黙って首を振る。

食べた方がいいよ体調悪そうだしお腹減ってるでしょ?

……やっぱり、彼女は困った顔をするばっかりだ。

じゃあ一緒に桃を食べよう、水菓子なら食べられるでしょ、と言えば、

女の子はか細い声で、あやふやな返事をした。

清澄が、おい娘、と強い口調で呼ぶ。

 

「家と親を失ったのは、飢饉のためか。それとも、辻斬りにでもやられたか」

 

そんな質問、と俺は清澄に食って掛かろうとしたけれど、

彼女は、小さな声で、飢饉、と答えた。

コーイチが生唾を飲み、気まずそうに目を反らした。

 

「名は」

 

「紺乃」

 

「紺乃。この湯呑と急須、洗っておけ。鞠貢、お前は床掃除だ」

 

……え?

 

紺乃を住まわせても良いってこと?

 

唖然としている俺と紺乃を残して、清澄は風呂敷を素早く包みなおすと、境内の奥に引っ込んだ。

俺は清澄の、こういうところがどうしようもなく嫌いだ。

不器用キャラが好感もたれる時代は結構前に終わったと思う。

 

たぶんだけど。。。

 

全くもう……よっかったですね、とコーイチは一呼吸置いてから、すぐさま四人分の夕飯の買い出しに出かけた。

なんだかんだいって、コーイチだって彼女をほっとくの、嫌だったんだ。

女の子は清澄の湯呑を丁寧にすすいだ。

紺乃ちゃん、っていうんだ。

そういえば、名前を聞くのすっかり忘れてた。

 

度聞いたら、どうせ忘れない。

 

そんな意識があるから、必要なこと、大事なことを

すすんで質問する気力がだんだん、薄くなってきてる。

 

「ねえ、さっき、ちょっと嫌な思いしなかった?

清澄ってさ、ほんっと性格悪いんだよね。

最初からすんなり、ここにいてもいいよって言ってくれたらいいのにね!

いちいち遠回しなんだあの人。ごめん」

 

紺乃は、ううん、と首を振った。

これ終わったら遊ぼうよ、と誘えば、紺乃は、うん、と声に出して頷いた。

いざ遊ぼう、としても、紺乃は遊びをほとんどしらなかった。

蹴鞠も、お手玉も、竹馬も、やったことが無いと言う。

変な江戸っ子だ。

じゃあ竹馬教えてあげるから一緒にやろ、と誘った時、

青菜を買いに出ていたコーイチが帰ってきた。

「鞠貢さん! また修行さぼってますね!」

 

寺の奥まで届きそうな声だった。

奥に引っ込んでいたはずの清澄が顔を出す。

「コーイチ」

 

「僕は予定通り、これから坐禅読経の修行に励みます! 鞠貢さんが!」

 

「へっついに煤がたまってる。綺麗にしておいてくれないか」

 

コーイチは戸惑った顔で、でも元気よく返事をすると、竈のある台所へ走った。

 

じゃあ、竹馬の続きを、

 

と竹馬の乗り方を教えようとした時

紺乃が庭の盆栽をじっと見ていた。

 

ああ、それはね、と俺は竹馬を寺の柱に立てかけた。

「立派な盆栽でしょ。

清澄が、怪奇事件を解決したとき、庄屋さんからお礼にって贈られてきたの」

 

すごい人なんだ、住職さん、と紺乃は赤みの薄い唇でつぶやいた。

 

「清澄がすごいんじゃなくて、仕事がいっぱいあるからすごくみえるだけで!」

 

「でも、すごい人のところにしか、仕事、こないよね?」

 

「すごい人っていうか、あの年になったらこのくらいはできるでしょ、ふつー。

だってあの人もう三十後半だよ?

このくらい、当たり前だよ」

 

じじぃになって何も持って無かったら終わりだよ、あの人はもうじじぃなんだ、じじぃだからできるんだ、と語れば、

そっか、と紺乃は盆栽をじっと眺め、綺麗だね盆栽、いいね、と答えた。

 

今日の水菓子といい、あの盆栽といい、

清澄は、「感謝の気持ち」として、いろんな品物を受け取ってる。

それは、仕事の礼金以外で。

 

住職様のおかげで助かりました。

住職様の他に頼れる人がなく。

住職様がいてくださったことは不幸中の幸いでございます。

住職様の代わりは他におられません。

住職様。

 

俺も。

 

紺乃が顔をあげた。

 

強い風が吹いて、立てかけていた竹馬が転がり

寺の外にも聞こえるような力強い物音をたてた。

 

「俺も、年重ねたら、清澄みたいになれるさ」

 

たぶん、いつか、きっと、なる

 

……と思うんだよね。

 

 

「うん、なるよ」

 

紺乃と目があった。

 

唇のはしっこを少しだけほころばせて笑ってる。

つられて、俺もほろろと笑った。

 

夏だっていうのに、鶯の鳴き声が聞こえる。

祝ってくれてるんだか、小馬鹿にしてるんだか、わからない、のんきな鳴き声だ。

 

いつか、なれる。

いつかなれる。ぜったいなれる。

その、ぜったいは、それこそ手足の半分がかけたような心許ない「ぜったい」で

胸の底にはイラクサのような棘つきの葉が溜まってく。

 

だから言葉をかえて言い聞かしていく。

 

ぜったい

かならず

まちがいなく

じゅうわりがた

 

俺は清澄になれるんだ。

 

胸に残る妙な棘は

やっぱり抜けそうになかった。

 

 

 

(明日に続く →※第二幕(三)

 

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