前回の話→第二幕(二)を読む。

  妖式コンゲームとは何か?

 

 

 

夜風の冷たい夏の河辺に

ふらり現れる蕎麦の屋台。

行燈には、二八、の字。

看板には漁夫の使うイカリの絵、その意は《あなたを捕まえて離さない》。

 

一人の夜鷹(遊女)が、疲れた体を癒そうと蕎麦の屋台に近づいた。

 

あのゥ……

 

屋台には誰もいなかった。

行燈灯りだけが煌々と光っていた。

女はもう一度、店主を呼んだ。

やはり反応は無かった。

風もないのに行燈の火が消えた。

女は親切に火をつけたが、また消えた。

 

家に帰り、女は絶句した。

 

女の口からは、歯がすべて消えていたという。

 

 

このくらいの事件、俺にだって解決できた。

 

清澄の部屋には今までに携わってきた事件のあらましを記録した巻物が保存されている。

俺は巻物を棚に投げ込んだ。

 

 

その《灯無し蕎麦屋事件》を引きうけた住職は、

日が暮れてからその屋台に近づくと

行燈の火が自然に消えるより先に、その灯を吹き消した。

そして錫杖で、屋台の裏に隠れていた物の怪の頭を叩いた。

 

そこには、人間の歯を賽子にして、丁半に興じる狸の姿があったという。

 

 

俺だって、このくらいはできる。

 

だって、相手が消すよりはやく火を消して、やっつける、だけだよ?

 

難しくない。

もし俺が清澄だったら、その狸は小塚原でさらし首にして体は狸汁にして……!

俺にだってできたのに。

 

「後ろで見ていろ。音はたてるな」

 

清澄は、俺に何もやらせてくれなかった。

 

 

だから、今回こそは。

 

 

「のっぺらぼう事件の調査、お前もついてくるか」

 

清澄にそう誘われた時、俄然いきり立った。

 

のっぺらぼう事件に困ってる、という庄屋をたずねれば、

よくぞおいでくださいました、とおばあさんが清澄の袈裟にすがりつこうとし、白髪交じりの旦那がそれを叱った。

 

嫁はこちらの部屋に、倅はこちらの部屋に。

妻の顔がない、と倅が騒ぎ出すものですから、夫婦とはいえ別々の部屋に寝かせているのです。

 

まずは、お嫁さんのいる部屋に通された。

藤色の着物をぴしりと着こなし、縫い物をしている。

鼻と唇は小さくて、睫毛はすっと伸びている。

 

顔は、きちんとある。

 

お嫁さんは、お藤です、と名乗った。

楊枝屋の看板娘をやっていたけれど、ここの庄屋に嫁いできたらしい。

 

 

「困ったものでございます」

 

針を持つ手を止め、お藤さんは清澄に向かって頭を下げた。

原因は全くわからない。ただ、夫は、顔がない顔が無いこの物の怪め、と騒ぎ立てるのだという。

 

「旦那さまが初めて、あなたの顔を見て、のっぺらぼうだ、と叫んだのは、確か酒樽にうつった顔を見た時でしたな? その日、酒の醸造でいつもと違う手順を踏んだ、ということはありませんか」

 

いえ、とお藤さんは目を伏せた。

俺もなんか聞いてみよう。じゃあじゃあその日旦那さんに変わった様子とか……

 

 

「私は奉行所の者とは違います。安心してください。

正直に教えていただかなければ、解決できるものもできませんよ」

 

俺は清澄の顔を見上げる。

そこ、まだ責めるの?

お藤さん、困ってるじゃない。

 

 

けれど、彼女はおずおずと口を開いて、実は、と語り始めた。

 

「少しだけ、混ぜ物を致しました」

 

ほう、と清澄が相槌を打つ。

 

後ろで話を聞いていた旦那が立ち上がり、荒ぶる旦那の腕をおばあさんが宥めた。

 

俺は清澄を思わず睨む。

 

「飢饉の余波で米の値上がりが厳しく、廉価な麦を少し……でもそれが、関係あるのでしょうか。あの人は、あの日以来、私の顔をみれば青ざめ、目を合わせようともしないのです!」

 

 

夫の話も聞いてみよう、とそのまま隣の部屋へ移動した。

彼は戯作を呼んでいて、顔色も悪くなく、いたって正常なように見えた。

清澄は、たった今奥方にお会いして参りました、なんでも、のっぺらぼうだそうで。

と話しかければ、

 

彼は穏やかに、うんそうだよ、と答えた。

 

「あいつは、本当に美しい女なんだ。できることなら、あいつの顔がもう一度見たいよ」

 

清澄は、そうですか、と軽く受け流した。

 

俺が切り込んで行けるなら、いまだ!

 

 

「あの!」

 

声をあげれば清澄が俺を横目で見た。

かまわず続けた。

 

 

「本当にきれいなお嫁さんです、俺にはちゃんと顔が見えました。お藤さんの顔は、あなたの目にだけ映らなくなってるんです。この事件の真相は!」

 

真相、と口にして、おもわず頬が緩んだ。いつもなら、清澄が言う台詞だ。

 

真相は、あなたの方にあるのかもしれませんよ! 俺たちの目からみたら、お藤さんには異常がないんですもん。だから、思い出してみてください。あの日、自分の行動におかしなところがなかったか、お酒を醸造している最中に、何か」

 

 

「俺だけが気づいてる」

 

彼は戯作本を静かに閉じた。

 

あいつは物の怪なんだ美しい物の怪だ真っさらな顔を見た時に今までの楽しかったこと幸せだったこと嬉しかったこと苦しかったことすべて吹き飛んだはもうあいつの顔が美しかったことしか、そうただただ美しかったというそれだけしか覚えてないんだどんな形の鼻だったか瞼は二重だったかホクロはあったかもう何も覚えてないんだ、あいつは人の姿を借りた物の怪だったんだ………

 

 

彼は頭を掻きむしった。

髷が崩れて乱れた様は落ち武者のようだった。

袴の紐がほどけて蛇のように踊った。

着物の襟が崩れた。

鎖骨が浮き出ていた。

畳が軋んだ。掛け軸が落ちた。お藤さんはひっそり泣いていた。

 

 

「あほじゃないですか。

探偵ごっこして楽しいんですか16歳にもなってバカじゃないですか」

 

 

廊下の雑巾がを終え、夕食の支度にとりかかっていたコーイチは

鞠貢にむかってジャガイモの皮をなげつけた。

しめった破片が顔にへばりつく。

なめくじみたいだ。

 

紺乃は湯のみを両手で握り、お茶に映る自分の顔を覗いている。

女の子の前で怒られるのは少し癪で、俺は紺乃から目を反らした。

 

「でも、俺が言ったことは」

 

「お前はもう連れて行かない」

 

弁明しようとしたら、清澄に遮られた。

 

でも、俺があの男に言ったことは間違ってなかったのに。

もう少し問い詰めれば、事件のあらましがみえてくるはずだったのに。

 

邪魔すんなよ、清澄。

 

 

俺が一人で調べて、一人で解決してやるんだ。

明日、もう一度あの店へ調査しに行こう。今度は一人で。自力で。

 

 

そう決意した翌日、のっぺらぼうの夫、は失踪した。

 

 

「どういうことかわかってるか?」

 

 

清澄は静かに俺を叱った。

コーイチまでが黙り込み、紺乃も居心地悪そうに俯いていた。

今度ばかりは、誰も口を開けなかった。

 

俺が問い詰めた事に問題があるのは確かで

言い返せない。

 

 

じゃあ、町からいなくなってしまったあの男を

探して連れ戻せば……!!!

 

 

「お前はしばらく寺に籠れ」

 

 清澄はさっさと背中を見せて奥へ引っ込んだ。

謹慎ってことですよ、とコーイチが耳打ちする。

 

 

なんでここで謹慎なんだよ。

 

 

早朝、俺は寺の庭に生えた草をむしりながら、地面に向かって

くっそおお、と叫んだ。

むしりすぎて、土がえぐれた。

湿り気のある土は黒くて、その気になれば大きな穴が掘れそうだった。 

雑草は思っていたより鋭く、草をむしっていたら指が切れた。

 

 

「まりく、手伝う?」

 

 

紺乃がしゃがみこんで、えぐれた地面を眺めた。

いいよ手汚れちゃうし、と断れば、紺乃は「眠れそうにないから」と答えた。

 

「え、いま朝の五時だよ? これから起きる時間だよ?」

 

「うん、あの、ちゃんと体動かさなきゃ、夜眠れないから」

 

昨日はちゃんと眠れたの、と聞けば、うん、と答えたけれど、相変わらず顔には血の気が無い。

けれど、目の下にクマがあるわけでもない。

 

紺乃の髪の毛が揺れた。

髪の毛に、草が挟まってる。

俺がむしった雑草かもしれない。

銀色の髪に埋まっている一本の草は、

水面から少しだけ顔を出している水草みたいだった。

 

手を伸ばしてみる。

頭に触れよう、とした瞬間、紺乃の肩に力が入るのがわかった。

肩だけじゃない、体をこわばらせて、後ずさった。

 

そんなに怖がらなくっても。

 

 

手伝う、といっていたくせに、紺乃は境内に戻っていった。

 

 

紺乃、と呼びとめようと振り返ったら

廊下にすっくと立っている清澄の姿が目に入った。

遠い目をして、紺乃の背中を眺めている。

どうしたんだろう。いつもより多く眉間にシワが寄っている。

寺に女の子がいるの、やっぱり気に食わないんだろうか。

 

清澄の唇が、何かつぶやいたようだったけれど、

誰の耳にも届いていないようだった。

 

 

(明日に続く ※→第二幕(四)

 

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