前回の話→第二幕(三)を読む。

  妖式コンゲームとは何か?

 

 

 

或る晩、どこからともなくお囃子が聞こえてきた。

夜が更けても音は止まない。

布団に入ればもっと騒々しく鳴りはじめた。

目を閉じ、なんとか眠りについた。

ほっとした

のも束の間、

夢の中ではヒョットコの面を被った子供らが、お囃子を鳴らし追いかけてきた。

とても眠れたものではない。

 

相談に訪れた男に対して、住職はたった一言、助言をした。

 

「今夜、お囃子が聞こえたら、それに合わせて手拍子してやりなさい」

 

やはりその晩もお囃子は鳴った。

男は言われた通りに手を叩いた。

だが、お囃子は止まない。

あきらめず手拍子を続ければ、男がうとうとしはじめるころにはお囃子は鳴りやんでいたという。

 

寂しがりの狸の仕業だ。

住職はそうやって、手を下すこともなく、口先だけで事件を解決してしまうこともある。

 

 

その時、俺は清澄に向かって「手抜き仕事!!」とつっかかって

コーイチに手を抓られたっけ。

 

どうしてこんなに清澄が慕われているのか俺にはよくわからない。

盆栽や水菓子や掛け軸を贈りたくなるような聖人だろうか?

少なくとも、俺は清澄が、いつも絶対に正しい行いをしてる大人、だなんて思わない。

立派だ、とみられてる人が間違いを犯さない、わけがない。

 

俺は寺の本堂に飾られている石を磨く手を休めた。

本堂にはいつも鍵がかけられていて、人前で開帳することはほとんどない。

仏像が一体と、その脇に水晶を仕込んだ数珠がかけてある。

清澄は、これとお揃いの数珠をいつも首から下げている。

ただ、この水晶には影が映りこむけれど、清澄が持っている水晶には影が映りこまない。

 

影が映りこまないなんておかしいよね?

 

けれど理由は知らない。清澄は俺に教えてくれない。

 

そぉぉ、と住職への恨みを込めて、それから強く強く水晶を擦った。

 

いくら拭いても、白い布巾は全く黒くならない。

これ、汚れてないんだ。

うちの寺は、他の寺院に比べると二回り以上小さい。

奇妙な仕事ばかり請け負うから、忙しい時と、そうでない時の差が激しかった。

町のはずれのほうにあるから、土埃ですぐに縁側が汚れる。

コーイチが毎日掃除しているおかげでいつも清潔だった。

縁側に腰掛けて、両足を揺らしながら水晶磨きを続ける。

このへんは人通りは多くないぶん、虫が多い。

近くの原っぱでは虫売りがよく蟋蟀なんかを採りに現れた。

 

掃除なんかしてる場合じゃない!!

俺は水晶を廊下に転がして、布巾を放り投げた。

こうしてる間に、のっぺらぼう事件は迷宮入りしてしまうのかもしれない。

解決できるのは俺しかいないかもしれないのに。

少なくとも、失踪した旦那さんのことは、見つけてあげなきゃいけないのに。

 

なのになんで、こんなとこで、拭き掃除なんかやってるんだ。

 

今、清澄はコーイチを連れて町に出ている。

寺には紺乃と俺しかいない。

 

俺は寺の廊下を駆けると、紺乃が使っている部屋の襖の前に立った。

「ねえね、いま何してる? お腹減ってない?」

紺乃の返事は無い。

まだ寝てるのかな。

紺乃は朝ごはんもほとんど食べなかった。

お米には一切手を付けず、味噌汁の汁だけを啜った。具は残して。

少し体がだるくって、と、それからすぐ部屋に戻ってしまったのだ。

 

紺乃、ともう一度呼びかけてみる。

なーに。

小さな声で返事がきた。

寝てた? と尋ねれば、少し横になってただけ、と返ってくる。

お土産買ってくるからゆっくりしてて、留守番だけよろしくね、と頼んで、寺を出た。

 

町を歩いていれば、お茶屋の看板娘が笑いかけてくれるし、

薬売りは上手に踊ってる、飴売りはキツネの着ぐるみを着てるし、

風鈴売りは天秤棒を揺らし、その音色で、泣き叫ぶ赤ん坊をあやしていた。

 

今日も平和だなぁ。

 

鯵を売る魚屋ののんびりした売り声を聞いて、よし、と気を引き締める。

 

旦那さんを探そう。

 

そんなに遠くには行かないだろう。

やみくもに町を走ったけれど、とても見つかりそうにない。

喉が渇いて仕方なかった。

 

どこにいるだろう。

推理しようとして、コーイチに「そんな噂話信じる女子みたいな」と言われたのを思い出した。

うん、御用聞きみたいだけど、これは地道に聞き込みしてくしかないだろうか。

お藤さん宅に行って、もう一度話を聞くのがいいかも、

いいや駄目だ、

 

今家にはお藤さんしかいない。

まだ気まずい。

 

 

じゃあ旦那さんの友達や親類を当たれば……

なんて言って戸を開けてもらう?

 

清澄に「余計なこと喋りやがって黙って反省しろ、寺から出るな」と

言われたのを思い出す。

もし仮に親戚の家でくつろいでいる旦那さんを見つけた場合、

俺はどうするのか、どうしたいのか、どういう結末になればいいのか。

考えてたら、どっと疲れが押し寄せた。

膝小僧に両手をついて溜息、ひざくっしんしてから、ふあああ、と大きく伸びをした。

 

どうせ清澄が解決するんでしょ。

 

この事件だって。

俺、余計な事して怒られるの、嫌だ。

無駄な事しやがって、って罵られるのも、癪だ。

 

いいや。

 

清澄の仕事、見守ってればいい。それだって立派な修行、仕事だ。

しっかり見てれば、いつか俺も清澄みたいになれる。

 

 

さあさ、いらっしゃい!

 

曲鞠がはじまるよ、寄っといで寄っといでぇ

京から下ってきた菊川国丸が見れるのはここだけだよッ

八重桜に滝流し、梯子登りに摘み鞠高鞠!

こんな名人芸が見られる機会は二度とないぜ!

 

見世物小屋だ。

宣伝用瓦版が花吹雪みたいに宙を舞い、

軒先にいた大人子供が集まりはじめる。

 

曲鞠!

 

俺は人波をかき分けて最前列を目指した。

一番近くで見たいっ!

ぶつかった大人に舌打ちされたので、ごめんなさい、と頭を下げた。

それでも場所は譲らない!

見世物小屋が、町はずれの寺の方まできてくれたらいいのに。

俺は、見世物小屋の主人が、さぁ本日はこれにてお開き! と終幕宣言するまで

ずっとずっと一番前で、じっとしゃがみこんでいた。

 

 

客が引けきるまで曲鞠に魅入っていると、すっかり日が暮れてしまった。

明るい気持ちのまま帰りたくて、わざとらしいスキップをしながら寺に帰る。

鼻歌混じりに寺の門をくぐれば、コーイチにいきなり殴られた。

 

今、すっごく機嫌がいいから気にしない! 

へらへらしてた俺は、コーイチを見て首をかしげた。

コーイチの顔は、真っ青を通り越して蒼白、俺を殴った拳まで真っ白だった。

 

そうだ、俺、謹慎中だった。

 

勝手に抜け出してごめん、と謝れば、コーイチはもう一度拳を振り上げる。

そんなに怒んなくても! と慌てていたら、寺から清澄が顔を出した。紺乃も一緒だ。

きっと、何してた、って聞かれるに違いない。

ごめんなさい見世物小屋に行ってました、と正直に謝ろうとしたけれど、清澄は俺を問い詰めることなく

 

「こっちにきて、見ろ」

 

と冷たい目で俺を見下すと、袈裟を翻し背を向けた。

紺乃が心配そうにこっちを見た。

目が合った途端、紺乃は素早く視線を逸らした。

なにかあったんだろうか。

 

寺の門をくぐって数歩後、絶句。

しばらくの間、足が動かなかった。

 

「むしろ、お前がいなくてよかったよ。

いたら、何もできないくせに出しゃばってきて邪魔するに違いなからな」

 

足が凍りついても、清澄の言葉はやけに澄んだ音で

胸の中にさくりと刺さった。

 

俺はゆっくり瞬きをする。

惨状、と読んでも良い有様だった。

 

障子が破けている

松の枝が落ちている。

石塀は壊れ小石が飛び散る。

縁側の板は外れ、腐り落ちた木橋のようだ。

炊飯釜の中をかき混ぜたみたいにひっくりかえされた地面、

雨上がりの森のにおいがした。

何があった、と聞くと、コーイチは大きく首を振った。

清澄は、それは後だ、と突放すように言った後、それより、と俺を睨んだ。

 

「それより、鞠貢。

お前に本堂の数珠を磨くように頼んだな?

お前が外に出歩こうと好き勝手遊んでようとかまわない、だがな、

何故、扉の外にこれらを放置したまま、外に出た?

片づけさえできないほどの餓鬼だとは思わなかった」

 

本堂に上がれば、床のあちこちが、初霜の降りた地面のように輝いていた。

足、切りますよ、とコーイチが忠告する。

良く見れば、それは何かの破片だった。

拾い上げて、光に翳してみる。

影が出来ない。ほんのりと曇っている。

水晶の破片だ。

 

「割れてしまったんです」

 

コーイチが力なく呟く。

鞠貢さん、どうしてちゃんと扉の中に戻しておかなかったんですか、そしたら見つからなかったのに。

 

もう俺を殴る気力もないらしい。

 

清澄は、この破片はお前が集めてこの黄袋に入れて置け、と命令した。

そうだ、なんで、全部ほっぽりだしたままで、寺を出ちゃったんだろう。

 

俺のせい? 俺のせい。

 

 

あの、と紺乃が声を上げた。

 

彼女の所に視線が集まる。

「私、ここにいるの迷惑でしょうか。出てった方が、いいでしょうか」

「ううん、大変な場面に巻きこんじゃってごめんね、気にしないで」

「鞠貢さんは色々気にしてくださいね」

 

清澄は紺乃を鋭く一瞥した。

コーイチが、鞠貢さん町に出て何してたんですかどこ言ってたんですか、とまくしたてる。

俺は壊れた縁側に膝をついた。

手を伸ばして、破片をかきあつめる。

切っ先が手のひらを刺した。

血が滲んだ。

俺はその傷口ごと、破片を強く握りしめた。

拳の内に溜まる血が、一滴だけ零れて床に黒い染みを作った。

 

 

 

 

(明日に続く →第二幕(五)を読む

 

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