前回の話→第二幕(四)を読む。

妖式コンゲームとは何か?

 

 

その日の夕焼けは、霜焼けみたいに冷たかった。

そのくせ赤々燃えていた。

 

 

 

松の木も石の壁も、橙色の光を浴びながら

なにか警戒するようにじっとしていた。

風は全く吹かなかった。

完全な凪だった。

 

葉擦れすら止んだ夕暮れ時に

鈴の音が聞こえたという。

 

寺に戻った清澄はコーイチに蔵の中に隠れているようにと指示した。

コーイチは壁の小さな明かり取りから外を見た。

忍者か、はたまた浪人か。

素性の知れない男が一人、寺の庭に忍び込み清澄と対峙していた。

清澄が錫杖で相手をすれば、その男はたちまち物の怪の姿を表した。

物の怪相手でも、清澄の方に勝ち目があるように見えた。

しかし。

 

「見つけた。殺生石だ」

 

清澄がはっとしたのも束の間、物の怪は縁側に転がる水晶に手を伸ばした。

錫杖を振り上げた。

そして、柄を突き刺し、水晶を叩き割った。

 

物の怪の方は、清澄の手で痛手を負わされていたらしい。

石が割れた後、清澄は「これで守るべきものは何もない、思う存分戦える」と物の怪に脅しをかけた。

物の怪は去って行ったらしい。

清澄に怪我はなかった。

けれど、寺には大きすぎる傷跡が残った。

 

 

「鞠貢さんがちゃんと閉まっておいてくれれば!!」

コーイチが怒鳴り声をあげた。

 

「鞠貢さんがちゃんとしまっておいてくれれば結界が機能したのに物の怪に見つかったりしなかったのにどうして出しっぱなしのままにしたんです鞠貢さん謹慎中だったでしょ謹慎を破ったのはまだいいですよあなただけの問題なんですからでも、でもこれはね、」

コーイチがあまりにも俺を責めるから、つい、うるさい! と叫んだ。

「コーイチは清澄の奴隷じゃないでしょ? 片づけなかったのは悪いけど、俺は自分で事件解決しようとしてるんだ。清澄にひれ伏してるコーイチとは違う」

 

コーイチは、はぁ?! と素っ頓狂な声をあげた。

俺は黄袋に入れた水晶の破片を清澄に思いきり投げつける。

 

「それで全部!」

 

清澄は果物でも扱うような手つきで軽々黄袋を受け取った。

俺を叱るか、と思いきや、清澄は静かに茶を啜った。

鞠貢、と俺を呼んだけれど、目を合わせようとはしてくれない。

 

「一人でやりたいなら、こっから出てってくれてもかまわないが」

清澄は急須でお茶をつぎ足した。

いつもこうやって、さりげない仕草と冷酷非道な台詞を組み合わせてくる清澄に、腹が立つ。

素知らぬ顔でそういうことをいうのが、かっこいいとでも思ってるんだろうか。

 

「いいよ、明日には出てってやる!」

 

疲れたから今日は上等なものを食べよう、と

清澄はコーイチにいつもより多く小銭を持たせた。

コーイチは鯛と茄子、胡瓜とトマト、それからスイカを買ってきた。

 

その晩の夕餉はいつになく豪勢で、お祝いごとの席のようだった。

いつもはご飯をあまり食べない紺乃でさえ舌鼓を打つくらい、どの料理も美味しかった。

珍しく、清澄は酒を舐めた。

「お酌、しましょうか」

紺乃が申し出た。清澄は首を横に振り、手酌で酒を煽る。

漆のお猪口に注いで、音を立てずに二杯、三杯。

コーイチは箸の先でスイカの種を取り、紺乃はつややかなトマトをうっとり眺めている。

 

宴だ。

 

思わず口元がにやける。

「清澄がお酒飲むんだったら、俺も甘酒が飲みたい!!」

祝い事といえば甘酒だ。

謹慎中なのはわかっているけれど、どうしても飲みたい。

だってすごく楽しい気分だから。そればっかりはどうしようもない。

甘酒、甘酒、とねだっていたら、清澄は少し唸ってから、静かにうなずいた。

 

「お前にはこれをやる」

 

清澄が差し出したのは亀の生き血だった。

 

「え、亀の生き血なんてあるの? スッポンじゃなくて?

俺はその器をしげしげと眺める。

ありませんよ亀の生き血なんて。飲めませんから。スッポンだって生臭くて無理だと思いますけど、っていうか寺に生き血とか置いといていいんですか、そういう殺生アリですか?

コーイチは拳で畳を叩いた。

 

「スッポンの生き血は飲めるのに、亀の生き血は飲めないなんておかしいよね、確かに」

 

「なんで清澄さん飲めもしないもの持ってんですか! 貰ったんだ、って他人のせいにしてうまいことすます気じゃないでしょうね、亀の生き血なんてどうすんです」

 

「飲めるよ」

 

男三人の目が釘付けになった。

まっしろい顔をした紺乃が、

唇を深紅の血に染めて微笑を浮かべている。

 

唇の端から滴り落ちる血

紅い線を描き顎の先端に走る血

 

……化け物感が、意外と可愛かった。

 

飲まなくていいです、とコーイチは器を奪い取り、外へ捨てた。

地面に飛び散る血痕。

斬捨て御免の痕のようだ。

 

清澄は横目でそれを見ながら

「酒がおいしく飲めるなら年を取るのも悪くない」と呟いた。

まだ、三十そこそこのくせに。

 

満腹になっても宴の愉しさが抜けなくて、俺は紺乃の手を引っ張ると庭にでた。

「竹馬しようよ」

遊ぼう、遊ぼう、と誘えば、紺乃は戸惑い気味に、二回頷いた。

 

今、寺には清澄と紺乃、俺しかいない。

コーイチはお遣い中だ。

 

夕食が終わると、住はコーイチを呼び出して、何やら文を持たせた。

浮かれた顔をしていたコーイチも、その届け先を聞き、顔から酔いが消える。

何、コーイチ清澄に何頼まれたの? と詰め寄ったら

鞠貢さんには教えません! と、コーイチはそのまま、脱兎のごとく駆けてってしまった。

 

コーイチは、あんまり遊び相手になってくれない。

 

紺乃は、ふいと空を見上げた。

竹馬、竹馬! と繰り返すと、紺乃は少し目を細めた。

心なしか、目にさみしげな色が浮かぶ。

教えてあげるから、と紺乃の緊張をほぐすつもりで声をかけて、蔵の戸を開けた。

そこには、遊び道具も一緒にしまってあるはずだった。

 

竹馬を探して前かがみになった時、紺乃に背中を強く押された。

思いの他、力がこめられていた。

顔面から転びそうになる。

慌てて腕をつき身をひるがえす。

振り返ったけれど、紺乃の表情は影になっていてよく見えない。

後ろで満月が照っている。

紺乃? と呼びかけようとした途端、紺乃も蔵へ飛び込んできた。

慌てて引き戸を閉め、息を殺す。

 

 

―――紺乃どうしたの。

 

―――しぃっ。

 

紺乃は口元を袂で隠した。

俺も真似して、口を押える。

 

壁にある明かり取りから外を覗いた。

向こうに、清澄の背中が見える。

そして、清澄の目の前には、二人の浪人。

 

腰から鎌をぶら下げている男が清澄に詰め寄った。

かろうじて、声が聞き取れる。

 

「本物の殺生石を出しな」

 

清澄は、殺生石なら割れたが、と低い声で答える。

 

「水晶玉、二つあるんだろ。お前が割ったのは偽物の方だ

 

男は腰にさしてある鎌を抜いた。

昼に襲ってきた連中と同じやつらだろうか?

今度はもう一匹仲間を連れて……?

それとも、また別の輩だろうか。

 

「紺乃、昼にきたのって、あいつら?」

 

紺乃は曖昧に首を振った。

違う、の意なのかそれとも、わからない、の意なのか、判断がつかない。

昼に来たのと同じ奴らだとしたら、相当な痛手を負っているはずだ。

回復が早すぎる。

昼に来たのと違う連中だとしたら、一体やつらにはどのくらい仲間がいるのだろう。

 

「一人か?」

 

男が問う。清澄は、そうだ、と答えた。

俺は息を呑んだ。

侵入してきた二人の男は着物の襟から何か取り出すとそれを放り投げた。

途端に、男の体は筋肉で膨れ、獣の毛におおわれる。

男の髪の毛が風になびく。

 

あれはキツネの耳だ。

 

姿を表した物の怪は唸り声をあげた。

「お前は、一筋縄じゃあいかねぇんだよな」

物の怪が笑いながら鎌を持ち上げる。

 

「殺生石はどこだ?

本堂の扉は壊されたもんなぁ、そこには置いてないよなぁ、だとしたらどこだ?

教えないと、少しずつ少しずつ切り刻んでくぞ?」

 

7_戦う住職

 

 

物の怪の鎌が清澄の袈裟をかすめた。

清澄は錫杖の絵で物の怪の手首を叩いた。

後ろへ回りこもうとするもう一匹。

清澄は軽々後ろへ飛び退いた。

わき腹を狙う鎌を避け、錫杖でそいつの脛を狙う。

 

「壊した、と言っているだろう」

 

「嘘だ。水晶は二つあった。どちらかが偽物で、どちらかが本物だったんだ。お前が壊したのは偽物だ

 

「見ただけでわかる。獣の目は節穴だ。

お前に本物と偽物との区別が付くというのか? とてもできないな。」

清澄は鼻で笑う。

 

 

物の怪は、清澄の二倍、三倍はあろうかという強靭な腕で刃を振るった。

「帰りなさい」

頭上へ振り下ろされる鎌、首、胸、あからさまに急所を狙いにかかる攻撃を

清澄は錫杖一本で避けていく。

物の怪が鎌をふるたびに、風を切る音がした。

小さなカマイタチが生まれ、地面が割れる。

砂埃が舞い、草花の首が飛んだ。

すごい、と呟くと、蔵の中でうずくまっていた紺乃が顔をあげた。

 

「大丈夫だよ、清澄、やっぱり強いからさ。強いし、すごいから」

 

再びのぞき窓に目を当てる。

 

 

俺は自分の目を疑った。

 

 

たった一瞬。

 

目を離したのはたった一瞬だったのに。

 

 

清澄は錫杖を地面に突き立てていた。

仁王立ちしている。

遠くから見ると、勝ち誇っているように見えなくもない。

けど、俺には分かる。

あれは、眩暈に耐えてる時の仕草だ。

 

物の怪はニタリと嫌味な笑顔で鎌を担いで飛び上る。

 

清澄には持病もない。

酒に弱いわけでもない。

呪術? 鎌の刃に毒でも塗られていた?

いや、清澄は無傷なのに。

 

「殺生石を出した方が良い状況に見えるけどな、俺には!」

 

物の怪が叫んだ。

清澄は小馬鹿にした顔で笑い飛ばす。

その足はかすかに震えていた。

 

清澄の眩暈が、俺の所にまで伝わる。

 

こういう時こそ俺が。

こういう時こそ俺が。

こういう時こそ。

 

 

俺は――――。

 

 

(明日に続く →第二幕(六)を読む

 

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