前回の話→第二幕(六)を読む

妖式コンゲームとは何か。

 

 

 

四ツ時(夜十時)になると外を歩く者はほとんどいなかった。

月の綺麗な晩、若者が鷹狩から帰る途中に提灯の油を切らしてしまった。

暗い夜道を一人歩いている最中、宙に浮かぶ灯りを見つけた。

不思議に思い、追いかけるとその灯りはより遠くへ行ってしまった。

どこかへ導いているようでもあった。

若者は躍起になって追いかけた。

しかしその灯はもっと先へ逃げた。

今度こそ捕まえてやろうと光へ飛びついた瞬間、若者はしたたかにアゴを打ちつけた。

そこは墓地で、若者がアゴのぶつけた墓石には

妻の名前と、未来の日付が刻まれていたという。

 

宙を漂う灯がまるで、人を送り届ける提灯のように見えたことから

《送り提灯事件》と名付けられた。

 

清澄はその事件の概要を聞くとすっくと立ち上がり

 

「灯を追うんじゃない、送り火で見送ってあげなさい」と答えた。

 

その晩は雨だった。

清澄が傘をさし、灯りの消えた提灯を持って出かけた。

案の定、送り提灯は現れた。

雨に濡れても、その光が消える気配はなかった。

清澄は火打ち石で火をつけ、手持ちの提灯に火をともした。

黙って提灯を掲げ、目を閉じ黙祷。

 

すると宙に浮いていた灯りは、雨に消えてしまったという。

 

光は追うな、見送れ。

 

と言っていた時の清澄は

雨に濡れても背筋はしゃんと伸び、瞳は雨の向こうを見ていたのに。

 

「清澄」

俺は静かに襖を閉じた。

物の怪の鎌がつけた傷は、予想以上に深かった。

いくら平静を装っていても、流れる血の量はごまかせない。

紺乃は「お医者を呼んでくる、コーイチにも知らせなきゃ」と、傘も差さずに出て行った。

医者の場所、知ってるの?

藪医者が多いから気を付けて、と呼びとめようとしたときには、紺乃はもういなかった。

 

雨はまだやみそうにない。

それどころか、風も混じって横殴りの嵐に変わっていきそうだ。

 

清澄の袈裟は血と雨で重みを増していた。

腹に穴の開いている清澄をお風呂にいれることは、とてもできない。

乾いた布と新しい袈裟を清澄の腕に押し付けてから

「大人しく寝てよ!」と布団を敷いた。

襖を閉じてから、廊下にへたり込む。

今、何が必要?

 

医者か、薬か、安静か、

お風呂は無理だけど濡れたままでは悪い病をこじらせる、

温かいお湯くらい用意した方がいいのか、

お粥とか作るべきかほっといて寝かせておくべきか、

 

でもそのまま目が覚めなくなってしまったら? 

 

清澄は自分で傷口に晒しを巻いて止血していたけれど、

その白布は早くも赤く染まっていた。

俺は白布に広がる赤い血が、

だんだんと黒くなるのをじっと、じっと、

 

 

ただ見てた。

 

 

 

今、何したらいい。

寺の柱や床板には大きな損傷が。

庭の木や地面は激しくえぐられて。

清澄は体に重い一太刀を浴びて。

廊下に血がついていた。

俺の両手の血がうつったのだ。

その血は、清澄を部屋に押し込んだ時についたものだった。

まだ乾いておらず、祈る様に両手を合わせれば手首の方まで赤い筋が滴った。

 

「鞠貢」

 

清澄がいつものように俺を呼んだ。

襖越しに返事をする。

黙って清澄の指示を待つ。

 

医者か、薬か、ごはんか。何が必要?

清澄は力強い口調で答えた。

 

「庭に散らかった石の破片、ひとつ残らず拾っておけ」

 

 

廊下を全力で走った。

所々床板が壊れていた、そこを飛び越えて一直線に駆ける。

急いで黄袋を取ると、地面の歪んだ庭に出た。

 

雨音が痛い。

 

地面の凹凸を均すように水たまりができていく。

いくら雨が降り注ごうと、寺が受けた傷がいえることも、洗われることも、

まだまだ先になるだろうと思った。

 

俺は清澄が立っていたのと同じ場所の土を踏んだ。

 

これほど雨が降っているというのに、地面に染み込んだ血痕はまだ消えていない。

背中に強い雨を浴びながら、あたりに散った石の破片を集めた。

 

石の破片拾うの、二回目だ。

 

探し物なら誰より得意だった。

さっきの場面なら、どこまでも鮮明に記憶されてる。

それと照らし合わせて、拾っていけばいいだけだ。

俺は正直、ほっとしていた。

安心し続けるために、ゆっくり、しっかり、確実に破片を手元へ戻していく。

 

あんなに、おびただしい量の血を見たのは初めてだった。

死なないでね清澄。

そう思うけど、俺が言えることじゃない。何もしなかったんだから。

けど、死なないでほしい。

俺は破片拾いに集中した。

水たまりに落ちた破片を攫っていくうち、体についていた清澄の血が流されていく。

 

 

清澄の部屋の襖、開けられない。

 

仰向けで、傷口を上にして寝ている清澄の姿なんか。

背中ばかり見ているのも癪だけど、傷口なんか。

今、俺はただ見ていることもできない。

 

思っていたより、早く拾い集めてしまった。

黄袋のくちを結び、襖越しに清澄に呼びかける。

全部拾った、と報告すれば、清澄は

「来なさい」と俺を部屋の中へ呼んだ。

 

ちょっと、嫌だった。

「え、どうして」

 

「襖を開けなさい」

俺は襖を開けると、廊下にじっと正座した。

「入れ」

しぶしぶ敷居をまたぐ。

 

仰向けで寝ている清澄の顔色は、月に劣らず白かった。

枕は湿り、仄暗い染みができている。

雨による染みなのか脂汗によるものなのか。

煎餅布団のふくらみは小さくて、俺は清澄の体が本当にそこにあるのか確かめたくなる。

清澄は、弱ったところを見せる人じゃない。

もしもの時は、猫のように姿をくらましてしまう気がする。

「破片をこっちに寄こしなさい」

清澄は上半身を起こした。

一見、どこも怪我をしていないように見えた。

けれど胸元から軽く覗いく止血用のサラシが、事実を突きつける。

「鞠貢」

黄袋を受け取った清澄は、まっすぐ俺の目を見据えた。

 

「お前は、考えすぎるところと、全く考えないところとが、極端だ」

 

「別に何も考えてないし」

 

「蔵の中にいる時、思考が破裂してただろう。蓄積された情報につぶされて、堕ちていくのはもうやめろ」

 

清澄は数珠をてのひらで弄び、音を鳴らした。

珠同士がこすれれば、耳障りだと怒らんばかりに雨嵐が激しくなった。

 

「それではお前、記憶に殺されるぞ」

 

数珠の音が止まった。

雨足は相変わらず強い。

清澄は小さく吐息を吐くと、黄袋を逆さにした。

水晶が転がり出る。

ヒビ一つ入っていない、完璧な球体だ。

壊れたはずなのに、どうして。

よくすべて集めてきたな、と清澄が軽く微笑む。

それって、と指させば、清澄は、殺生石だ、と答えた。

なんで元通りに、っていうか、殺生石って何。と尋ねる。

 

鞠貢。

 

清澄が俺の名前を呼ぶ。

いつになく背筋が伸びた。

膝の上で拳を握る。

 

何、と返事をした。

 

「お前に話すことがある」

 

 

 

 

 

(明日に続く →第二幕(八)

 

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