前回の話→第二幕(七)を読む。

妖式コンゲームとは何か?

 

 

清澄にも、自力では解決できなかった事件があった。らしい。

 

《落ち葉なし椎の木事件》だ。

木々の紅葉を見て、町人たちはそろそろ落ち葉の散る頃かね、と嘯いた。

箒屋は竹を梳き枝を束ね、仕事に精を出した。

しかし、いつまでたっても落葉は訪れなかった。

椎の木の葉が散らない。

その現象は他の植物にも広まった。

朝から夕にかけて、三寸ほどだろうか、稲は少しずつ穂を伸ばした。

しかし。

 

一晩越えた朝、成長したはずの稲は、再び三寸ばかり縮んでいた。

 

毎日、毎日、それを繰り返すものだから、植物はまるで育たなかった。

いつまでたっても、収穫の日は訪れない。

 

それは、史上、稀に見る大飢饉の始まりだった。

 

どこから話すのがいいか、と清澄は思案顔で殺生石を撫でた。

触れるほどに、石は清輝を増し、清澄の指に吸い付くように艶を放った。

 

「閉めなさい」

 

清澄が襖に視線をやった。

開けっ放しだ。

どおりで、雨の音がやけにうるさい。

襖をきちんと閉めても、音は遮断されなかった。

心なしか、部屋の明かりが暗くなったような気がする。

 

「お前は、自分が生まれた日のことも覚えているな」

 

はじめて清澄に出会った日『その記憶力は隠しておけ』とキツく言われたっけ。

 

雷が鳴りはじめた。

とっさに臍をおさえた。

襖を通る雷の光は殺生石を冷たく照らした。

 

「この石を狙ってきた物の怪の正体はキツネだ。

そして、そのキツネは、」

 

―――キツネは、人の記憶を喰らう。

 

清澄の体から流れた血の赤、

それが消し飛ぶくらい、頭の中が真っ白になった。

 

 

俺に質問の余地を与えず、清澄は言葉を続けた。

 

――お前はそのキツネに献上するはずの子どもだった。

 

キツネに献上?

物の怪として生きるはずだった、ってこと? キツネに献上、差し出す、生贄。

記憶を食べるキツネのエサになるはずだったってこと……?

正確には交換だがな、と清澄は鼻で笑った。

情報を整理しようと黙り込む俺をよそに、清澄は、まぁ聞け、と神妙な顔で昔話をはじめた。

 

 

 

話の発端は、数年前にあった大飢饉にさかのぼる。

 

 

今から、十年ほど前だろうか。

江戸で、穀物が獲れなくなってしまった。

冷害? 奇病? 日光不足?

原因はどれでもない。いいや、はっきりしない。

気候は例年通りだった。植物も枯れることはなかった。

朝から晩にかけて、米はすくすく成長する。

問題は夜から朝にかけて起こった。

夕方に実をつけたはずの穀物は、再び蕾へ戻っていた。

一日かけて育った分が、次の日にはリセットされてしまう。

いつまでたっても、それより先に成長しない。

潮の満ち引きのように、時が来ればまた一に帰ってしまうのだ。

だから、収穫まで進まない。

 

その飢饉は、天災のように不条理で、しかし天災の枠にくくるにはあまりに不可解な災害だった。

 

畑が駄目になった分、魚の値段が跳ねあがった。

江戸庶民にはとても手の届く金額ではなかった。

町には狂犬が溢れ、

行き倒れる人、

餓死した死体、

栄養不足で痩せ細った子どもが裏路地を埋めた。

 

江戸の新しい将軍、智永は頭を抱えた。

江戸の将軍。

 

 

「お前の父だ」

 

清澄は俺の目を見据えた。

生唾を飲む。

そういえば、あの人も江戸を守ってるんだっけ、と他人事のように思った。

清澄は、あいつは昔から頭だけはキレるヤツだった、と眉を険しくした。

さすがの将軍もこの飢饉の前では匙を投げかけていた。

いくら政策を練ったところで一時凌ぎにもならない。

対抗策が一つも思い浮かばない以上、原因を根本から解決しなければ現状脱出は無理だ。

しかし。

この飢饉は人力では解決できない。

原因にあたりを付けた将軍、智永は、清澄に相談をもちかけた。

 

――この飢饉の原因は、おそらく化け犬だ。

 

将軍・智永の言葉に、清澄も頷いた。

 

化け犬は未来を喰う。

 

清澄は目を伏せた。

 

未来を喰われた椎の木。

枯れることも葉を散らすこともなくなった。

化け犬に喰われた稲。

永遠に実ることはない。

 

 

――これを解決するにはキツネの力を借りるしかない。

記憶を喰らうキツネの力を。問題は、その交渉をどう進めるか……

 

二人で話し合っている最中だった。

老中が新しい知らせをたずさえてきたのは。

 

――飢饉は解決致します!

 

将軍智永と清澄は首をかしげた。

 

――キツネの元に交渉に行き、飢饉が解決するのに必要な手筈を整えてまいりました。

 

何を勝手な、と将軍智永は老中を叱った。

ですがしかし、と言い澱む老中に対し、

口答えするな、と将軍は落ち着き払った声で答えた。

その冷ややかさには、はっきりと怒りが込められていた。

 

――キツネとどんな契約を結んだ。

 

将軍智永は、それ以上老中を叱責しなかった。

どうして老中がそのような行動に走ったのか、理由さえ聞かなかった。

その淡白な言葉遣いが、かえって老中を追い詰めた。

 

――キツネ側の条件は、この通りでございます。

 

 

***風が唸っている。

この嵐は朝まで続きそうだった。

清澄はいったん咳払いをすると、枕元に置いた急須を手にとり、お茶を入れた。

もう熱は消えてしまったようで、湯気一つあがらない。

 

「その条件の一つに、お前をキツネの子供と交換すること、が含まれていた」

 

清澄は茶渋が出て、黒く濁ったお茶をすすった。

着物にまで、ほのかに血が滲み出る。

 

「そんな昔話、一晩寝て元気になってからにしようよ」

 

「今話したい」

 

清澄は唇を潤すと湯呑を盆に置き、さて、と話を戻した。

 

 

 

***将軍智永は、それ以上老中を問い詰めはしなかった。

老中は、しれっとした様子で弁明を続ける。

 

 

 

――上様には後継ぎが二人いらっしゃいます。この飢饉を乗り切るため、江戸の町と民を守るため、今回は鞠貢様に尽力していただいて……世継ぎは鞠貢様の弟であるあの……

 

――わかった。

 

将軍は老中の話の骨を折ると、立ち上がった。

鞠貢には腹違いの兄弟がいる。

たしかに、鞠貢がいなくなったとしても世継ぎが途絶えるわけではない。

 

――わたくしだって、鞠貢様を差し出したいわけではございません、胸を裂かれる思いでございます、しかしキツネ側ははっきりと””将軍の息子、鞠貢””と指定して来たのです。

 

もうわかった、と将軍は冷淡にあしらい、老中に、もう別室へひっこむよう促した。

 

 

 

 

「ねえ!」

 

それ以上、黙って聞いていられなかった。

聞きたいことがあり過ぎて。

 

化け犬はどうして未来を喰ったのか。

父はどうして原因を知ることが出来たのか。

どうして清澄を相談相手に選んだのか。

何故、化け犬にキツネなら対抗できるのか。

どうしてキツネは記憶を食べるのか。

記憶を食べてどうするのか。

 

俺が膝を清澄の方へ向けると、まずは大人しく聞け、と清澄にたしなめられた。

 

「じゃあ一つだけ質問、これだけ先に聞きたいよ」

 

なんだ、と清澄は、珍しくめんどくさがらずに受けてくれた。

 

「どうして、キツネは、俺と取り替えようとしたの?」

 

「おまえが全て記憶を覚えていられるからだ」

 

 

それは、キツネが記憶を食べることと関係があった。

――キツネは、人間の記憶を取らなければ、醜い化け物になってしまう。

 

記憶は、野菜や魚と同じ、ナマモノだ。

人間の記憶を食べることで理性を保っているキツネは、それを保存する術をもっていなかった。

痛まないよう氷で冷やしておくことも、長持ちするよう干物にしておくこともできない。

せっかく搾取した記憶を腐らせたりして無駄にしないよう、キツネはずっと欲しているモノがあった。

 

・一度与えた記憶をほぼ永久に保持しておける場所

・好きな時に仕舞い、好きな時に記憶をしまえる場所

 

『記憶の貯蔵庫になる人間』

それに適任なのが、鞠貢だった。

 

 

 

 

***将軍は首を振った。

鞠貢をキツネに渡してしまっては、と呻く。

清澄は、将軍が頭を抱えている姿を初めて見た。

 

仕方ない、と将軍が顔を上げ、彼は凛と前を向いた。

覚悟のすわった者の瞳だった。

 

――  一計案じよう。

 

キツネと化け犬の戦いは、関ケ原の合戦に勝るとも劣らない激しさだった。

清澄は急ごしらえの穴倉に隠れた。

三日三晩、寝ずに続く争いの最中、清澄がこっそり顔を出した。

あたりは荒地と化していた。

 清澄は唖然した顔であたりを見回した。

ふい、と木陰から現れた女が清澄の手を引く。

彼女につき従っていった先で、清澄は言葉を失った。

目の前には、煙のように立ち上る一匹の黒い化け犬と

龍のように肢体を伸ばすキツネの親玉が取っ組み合っていた。

犬の黒い腕と、キツネの白い足が、夜空の月と暗雲のようにせめぎ合う。

 

ついに化け犬の断末魔が響いた。

地を割るような音に驚き、目をつぶる。

目を開けた時、化け犬の姿はなく、そこには一匹のキツネが横たわっていた。

 

清澄をその場所まで案内した彼女が、ふいと後ろに回り清澄の両目を隠した。

女が耳元でささやく。

(終わるまで、待っていて)

もう、終わったんじゃないのか?

彼女の言う、終わるまで、が何の終わりかは定かではなかった。

彼女が手をどかすから目を開けようとしたら、瞑ったままここで待ってて、と注意された。

(あと、少しだけこのままね)

彼女のいうことだから、素直に、聞く。

果てしなく長い時間に感じた。

(もういいよ)

彼女がささやく。

すぐ、後ろにいた。

 

(今から教える言葉、よく覚えていて)

 

「××××××」

 

え、それって……

清澄が尋ねようとしたとき、彼女は、細い指で倒れているキツネを指さした。

キツネの喉が、潰されている。

首を掻き切った傷跡ではない、喉仏の部分に、殴打の跡があった。

殺す目的でつけた傷とは、違うのか?

言葉の意味を問おうとした時、キツネの体は指先から静かに崩れ

星屑のように空へ上って行った。

 

あたりを見回す。

彼女の姿はもう、どこにもない。

もう一度彼女に会いたくて、ほんの少し涙が滲んだ。

 

キツネの心臓があった、と思われる部分には、丸い水晶が一つ残った。

 

 

 

俺の目の前、清澄の手の上。

水晶の珠がそこにずっしり座っている。

生唾を飲む。

 

「――それが、この殺生石だ」

 

目の前にある水晶。

その表面に部屋の梁がうつりこみ、黒く光っていた。

 

 

「この殺生石には、今までキツネが人から摂取した記憶が詰まっている」

 

 

 

 

(明日に続く →第二幕(九)を読む

 

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