前回の話→第二幕(八)を読む。

妖式コンゲームとは何か。

 

 

そういえば、こんな唄を聞いたっけ。

 

キツネのおなごも寂しかろ。

町娘とおんなじ黒髪得ようとも

人間になれず悲しかろ。

コンコン小唄を唄えども

ケモノにもなれず悲しかろ。

 

あれはそうだ、寺に来たばかりの頃だ。

 俺がまだ六つの時、清澄が琵琶で唄っていた。

 

人の記憶を口にしなければ、化け物になってしまうキツネ。

人の記憶を補充しなければ、理性を得ることのできないキツネ。

 

キツネは人の記憶を食べる。

そして死ぬと、記憶をため込んだ石になる。

殺生石。

緊張して喉が乾いた。

 

帝紀

日本書紀

古事記

太平記

大日本史

 

古今東西、歴史を記録した書物は数多くある。

けれどどれも脚色の入ったお伽噺みたいなもので

本物の記憶など存在しないし、その長い記録を肌感覚で知る人間もいない。

 

俺が覚えているのは、自分が見てきたものだけだ。

 

色んな人間から得た、記憶のすべてなんて。

到底持っていられそうにない。

清澄が拳を差し出した。

力んだその指先は白く、清澄の腹から血が滲みだした。

目を反らしたい。

自分の拳を強く握る。視線ひとつぶらさなかった。

 

「手を出せ」

 

両手で受け皿を作った。清澄が拳をやんわり開けば、俺の手に重みが加わった。

殺生石は無花果の実ほどの大きさで、手に乗せれば果実よりずっと質量があった。

本堂で邪険に磨いていた時は、こんな重みは感じなかった。

 

「この殺生石は、キツネの親玉のものだ」

 

キツネの親玉。

飢饉の原因だった化け犬を倒し、死んだ親玉。

昔、何かの本で、妖狐は何千年も長生きすると読んだことがある。

それが本当なら、この殺生石にはどれだけの記憶が詰まっているんだろう。

いつの時代の人間が見たものが。

どれほどの数の人間の記憶が。

 

「この中を覗けば、日本のあらゆる歴史を、自分で見て聞いてきたかのように感じ取ることができる」

 

……わからない。

一見、時空の中を旅しつづけられる夢話に聞こえるけれど、

そんな厖大な記憶、一体誰が欲しがるだろう。

この世のすべてがわかる百科事典があったって、項目を引いて読破できなきゃ意味ないじゃない。

いや、読破できたって意味がない。どうせ、書いてあることなんて、似たり寄ったりだ。

そう思うのは、俺が「忘れることができない」からだろうか。

 

「それってすごいこと?」

 

「過去がそれだけ揃っていれば、それをもとに、かなり正確な未来を予測することができる」

 

嘘だ、と言えば、少なくとも有効な対策はたてられる、と返された。

未来予知。

それなら少し、憧れる。

 

「自分一人で情報を得るには限度がある。

もし、あらゆる時代の人間から必要な情報を引き出してこれたら」

 

たったひとりで、あらゆる知識の掌握。

それを自由自在に引き出せるなら。

 

 

神様みたいだ。

 

 

生唾を飲み込んだ。

 

 

「お前に、この使い方を教えてやる」

 

なんで、と聞けば清澄は”お前ならうまく使える”とおおざっぱに答えられた。

雨足が早くなり、横殴りの雨が襖を濡らす。

心なしか、清澄の口調も早口になる。

 

「殺生石を使うには、そのキツネが息絶える直前の言葉を聞きとらなければならない。

最期の言葉が、石を開き記憶を覗く鍵になっている」

 

鍵言葉を教えてやる、と清澄は俺の両手にのっかってる殺生石に片手を被せた。

 

「ちょっと、待って!」

 

清澄が苦々しそうに、なんだ、と答えた。

 

「これって、人間が持ってていいの? キツネに返すもんじゃないの?」

 

途端に、清澄の顔が重々しくなる。

俺は、少したじろいだけど、謝らないぞ、と踏ん張った。

 

「キツネには、絶対に渡すな」

 

「どうして?」

 

「この記憶を本当に必要としているのは人間だからだ」

 

 

さっきから、曖昧な言い方ばかりでよくわからないよ、と口をとがらせた。

清澄が、ふ、と右腕を動かしたから、とっさに目をつぶる。

けれどその手は小動物の背でも撫でるような優しい手つきで殺生石に触れた。

 

「そのまま、目をつぶってろ」

 

清澄はもう片方の手で俺の手首をひっぱった。

 

泡。

 

砂。霧。雫。珠。

 

桜の花びらが頬にあたり

それは散り散りになって細かい雪に変わった。

雪は溶けて雨に、けれど俺の体は濡れない。

肌に弾かれた雨はあたりに散って虹に変わった。

虹が溶け、泡になって落ちてくる。

 

泡。

 

大きな泡の珠。

ひしめき合い、蠢きあい、連なる泡。

 

その一つが頭から降ってきて

 

いや、違う、俺の体が、その泡に向かって落ちていく。

 

 

体が動かない。

熱? 足の裏にまで汗がにじむ。

井草でできた畳が足の裏に吸い付いた。

なんだこの熱。火だ。燃えてる。

信長様! 信長様! 誰かを呼ぶ声

「人間五十年下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」

歌ってるのは誰だ?

火は一層早く回る。

後ろに、キツネが立っていた。

尻尾を一振りすれば、火花が飛び散る。

「狐火」

キツネが呟いた。

俺は逃げようと後ずさる。

「下剋上に協力した礼をよこせ。光秀はどこだ」

キツネが呟く。

首を傾げる。

キツネは、困惑している俺に向かって襲いかかった。

 

 

目を開く。

目の前の大男がいきなり金剛杖で殴りかかってきた。

背中、腹、足、頬、滅多打ちにされる。

「我らはただの山伏だというのにお前のせいでこんな道草を!」

男が俺を叩き、周りの者が若干引き気味で見守っているも、殴打は止まない。

(すいません、義経様すみません、お許し下さい)

男は俺を殴りながら涙を流していた。

ついに、男は押さえつけられ、俺は傍にいた誰かに助け起こされた。

俺の背を撫でた男の目が、光る。

その男の頭には尖った耳。キツネだ。

そいつは耳元でささやいた

「忘れてやりなさい。全部忘れてやりなさい。

だって今の、美しすぎて腹が立つんですもの」

 

 

俺は玉座に座っていた。

目の前には千人の召使。

全て女だ。

壁際には、整然と土偶が並べられ

床の間には土器が置かれいた。

「卑弥呼様、あの方がお見えです」

千人の女が道を開けた。

中央を歩き、こちらに寄ってくる男。

俺はその男の長髪に触れた。

男はひざまづき手の甲にキスをした。

「卑弥呼様、今日はどなたの記憶をいただけるのですか」

俺は弱った老婆を男に差し出した。

男は俺に首飾りを贈り、その後、耳元でささやいた

「記憶をいただいたお礼に、知恵を分けてあげます。

この国を統治していくには……」

 

 

鞠貢。

 

 

清澄の声だ。

 

目を開けた。

視野に飛び込んできたのは見知った光景だった。

脳みそが痺れるような感覚が広がり、唇が震えた。

とにかく、甘い物が食べたかった。

 

「殺生石を使えば、他人の記憶、過去と繋がることができる。

今見たのは、このキツネが得てきた、歴史人物の記憶だ」

 

 

わからない。

これを使いこなすってどういうことだ。

なんのために、なににつかって、どうしたらいいのか。

投げ出してしまいたい。

殺生石が、すごいものらしいことはわかった。

だからこそ投げ出してしまいたい。

この世にはすごいものなんかいくらでもあって、大体、そういうのは人間の手に負えない、清澄の手にだって、きっと。

いや、清澄の手になら……?

 

「鞠貢」

 

清澄が、再び俺の名を呼んだ。

「考えるべきことと、考えなくて良いこととの判断をつけられるようになれ」

 

 

――何かになろうとすることはやめろ。

ただし、諦めることもやめろ。

やるべきことだけをやれ。

 

清澄はそう告げると、殺生石から手を離した。

 

なんとなく、清澄の手が石から離れていくのが怖くって、

その手を掴みなおしたかった。

けれど清澄は、少し横になる、といって、そのまま胸まで布団をかぶった。

 

 

雨が小降りになってきた。

 

名残惜しそうに屋根を伝い、大きな雨粒が軒先を打つの音が耳に届く。

黙ってそれを聞いていた。

清澄は、キツネのことについて、それ以上何も話さなかった。

俺は、ただただ雨音に耳を澄ます。

 

 

清澄の安らかな顔を見つめながら。

殺生石を握りしめながら。

 

 

 

 

(明日に続く →第二幕(十)を読む

 

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