前回のお話→第二幕(九)を読む。

妖式コンゲームとは何か。

 

 

 

ずっと見あげていたい空だった。

 

風が雲を押し流し、どこまで開けた真っ青な晴天だ。

俺はひとりで縁側に出た。

 

寺の松の枝はまだ細い。

幹には傷一つなく、弱弱しい幾本もの枝を支えていた。

細い枝に、糸の切れた凧が絡みついている。

いや逆だ。

細い枝が、凧の紐にしがみついて、離さないで、と願っているように見えた。

凧は名残惜しそうに、小さな葉と風に揺られている。

風が強くなり、葉が柔らかい音を立てた。

煽られた前髪が目にささったから、瞼を擦る。

突風が吹いた。

俺は片手を伸ばす。

細い枝がしっかと掴んでいた凧糸は音もなくほどけ

悠々と風に乗って空へ舞い上がっていった。

伸ばした腕の力を抜く。

 

そして、軽く、手を振った。

 

さよなら。

 

清澄。

 

紺乃が肩を叩く。

 

「だいじょうぶ?」

 

大丈夫。

と俺は答える。

 

葬式にぴったりの天気、

というのがあるのかわからないけれど、

清澄の好きな、良く晴れた空だった。

 

【住職は物の怪と戦闘し相討ちにあった】

 

表向きの死因はそう発表した。

ホントではないが、ウソでもない。

清澄を倒すほどの物の怪が生きているとなれば町は混乱するし

かと言って、病死ですませるのは嫌だった。

 

キツネと争った傷跡は、未だ色濃く残っている。

葬列に訪れた人たちは、それを見て畏怖のため息をついた。

誰もが、さぞ凄まじい戦いだったのでしょう、恐ろしい物の怪だったのでしょう、と畏敬の念を強める。

耳が痛かった。

あんな妖怪、いつもの清澄なら絶対に倒せたはずだ。

蔵にいる俺を庇ったりしなければ………

 

 

――やつらは殺生石が壊れたと思ってる。

しばらくの間は襲ってこないだろう、だが、気は抜くな。

 

清澄はそう言っていたっけ。

平和に葬式を開けるような状況でもないんだ。

後ろから、坊主、と俺を呼ぶ声がした。

清澄よりはるかに体格の大きな男が二人、立っていた。

俺がいくら体当たりしてもびくともしないような、分厚い胸板、二の腕に圧倒される。

その屈強な二人は「住職を襲った物の怪はどんなヤツだった、住職はどうやって戦ったんだ」と聞きたがる。

俺は口を閉ざした。

自分のみっともなさが重たくのしかかる。

二人は勝手に事情を察したのか

「また、妙な物の怪が襲ってきたりしないように、葬儀が終わるまでは俺らが警護しててやるよ。ただ、明日からは坊主、お前がしっかりやれよな」と笑った。

悲しかった。

俺は、清澄やキツネどころか、この屈強な男二人にだって、手も足も出ないだろう。

 

 

 

 

葬儀の間、コーイチはずっと泣いていた。

懐から新しい手ぬぐいを一枚だし二枚だし三枚だし四枚出し

ぞろぞろと現るる手ぬぐい。

どうやら、手ぬぐいの端同士を結び付けているようだ。

手品師みたい。

 

何枚まで出せるのか。

 

 

七枚……

 

八枚……

 

九枚……

 

 

「あれ、一枚足りない」

 

充分だよ。

 

足りない……足りない……

とコーイチは両手で頭をかきむしり手ぬぐいを落とした。

 

拾ってやるか、としゃがみこむ……

 

 

と、

 

 

コーイチが床に投げた手ぬぐいから、

ぼろぼろとお菓子が零れだした。

 

シャワー・オブ・スイートだ……!

(手ぬぐいからお菓子を出すマジックのこと)

 

参列者はみんな、袖の袂や手ぬぐいで目頭を押さえていた。

 

床は多くの人が落とした色とりどりの手ぬぐいで埋まる。

みんなの手ぬぐいが合体して一枚の大きな手ぬぐいになる。

 

バーベルのチェッカー・シルク……!!!

 

↓これ

 

 

 

早く葬式取り仕切ってください!!!!

コーイチが手ぬぐいから取り出したハンマーで俺に殴りかかった。

 

手ぬぐいからハンマーを取り出す手品はなんていうんだっけ……

知らないや。

 

俺は背筋を伸ばして、参列者の一人一人に深々を頭を下げた。

清澄に事件を解決してもらった人々だろう。

こんなに小さな寺なのに。

朝から始めた葬儀は、人が途絶えることがなかった。

 

深々と、何度も何度も頭を下げながら、俺は清澄が死ぬ間際に残した言葉を反芻する。

 

『何かになろうとすることはやめろ』

――俺は清澄になりたかった。

 

『ただし、あきらめることもやめろ』

――清澄に憧れる気持ちは捨てられない。

 

『やるべきことをやれ』

――やるべきこと。

 

死ぬ前に、もう少し教えて欲しかった。

 

いや、でも。

 

それは教えてもらうようなことじゃないか。

 

参列者は止まず、多くの人々からの献花で、寺の庭は埋め尽くされた。

吉原の花魁も目を剥くような華やかさだ。

百日草、金魚草、菊の花が散らかる色鮮やかな地面は、日光を浴びているように暖かそうだった。

大量の花々は、清澄の死だけでなく、キツネの襲撃で荒れ果てた地面や木々の鎮魂までも祈っているように見えた。

 

 

 

 

 

喪主として、参列者の相手をしている最中だった。

コーイチが俺の袖を引っ張る。

後にしてくれない、と頼めば、コーイチは緊張した面持ちで激しく首を振った。

 

「おっ、おっ」

コーイチは首をぶるぶる揺らす。

 

 

「表に、お父さまが来てますよ」

 

父さん?

 

コーイチが声を落とす。

 

――鞠貢さんのお父さま、江戸幕府の将軍智永様が……!

 

ふいと玄関の方に目をやる。

参列者がずらりと並んでいた。

とてもじゃないけれど父の姿を見つけることはできそうにない。

 

伝言が、とコーイチが呟く。

 

「武家屋敷に戻ってこないか、って」

 

少しここ頼むね、と俺はコーイチの肩を叩くと参列者をかき分け寺の外に出た。

寺の外に出た瞬間、陽が傾いていたことに気づいた。

そこには、橙色に染まった道が町へ続いている。

門の前には黒い着物を来た男が背を向けて立っていた。

俺はその肩を掴もうとして、でも届かなくて、おい! と呼びかけた。

 

男はゆっくり振り返る。

 

酒屋のオヤジだった。

 

肩をつかもうとしていた手は行き場を無くした。

あたりをみまわす。

酒屋のオヤジしかいない。

 

清澄は、戒律上は禁酒となっているくせに、一週間に一度は酒を煽っていた。

最期の夕食のときだって。

 

「本当にご愁傷さまで」

酒屋のオヤジが言う。

 

「ねえ、ここに誰かいなかった? 他に」

 

他に? 誰か? いるだろ、と酒屋の主人は右手で寺の門を指さした。

葬儀を終えた客が次々と出て行く。

違うんだって、違う。

俺は目を細めて目を凝らした。

どこにも、父らしき人の姿はない。

 

「あれ、もう中は花でいっぱいかい? 置く場所、ないかね?」

 

酒屋の主人の目線をたどれば、小さな花束があった。

石造りの壁にそえてある、質素な菊の花束。

花束の中に文がある。

 

『清澄の件は、ご愁傷様。

屋敷に戻ってきたいなら、明日の朝日が昇る前に自分の足で歩いて来い』

 

その手紙だけは懐にしまった。

花束は、そっと清澄の棺の上に乗せた。

 

参列者がすべて引ける頃には、ほとんど陽が沈んでいた。

 

俺は庭に出て、今日一日で集められた花束を見つめながら、手紙を取り出した。

折りたたんで紙飛行機を作ると、すいと空へ飛ばした。

雲の上までは届きそうにない。

俺がもっとしっかりしていれば、清澄は死ななかった。

 

後ろから、わあ、と感嘆する声がする。

紺乃が紙飛行機を見上げて目を輝かせていた。

 

「鞠貢、お疲れ?」

 

「疲れてないよ」

 

紺乃は突然、ごめんね、と謝った。

何が、と聞けば、住職さん、と呟いて顔を伏せる。

 

そうだ。

二人で見てたっけ。

 

あの夜。

蔵に紺乃と二人で閉じこもり、清澄の背中を見ていた。

キツネを決して蔵に近づけまいと、踏ん張る住職の背中を。

 

「ううん、いきなりお葬式に巻きこんじゃって、むしろごめん」

 

「……私、ここにいて平気?」

 

行く場所が見つかるまでいなよ、というと、紺乃は、ねえ、と鞠貢に問いかけた。

 

「住職さんの事、ショックだと思う。これからどうするの?」

 

妙に切迫した目だった。

さっきまで鳴いていた虫も眠りについたようで、あたりはとても静かだった。

音が消えた代わりに月が顔を出し、安らかに地表を照らした。

 

「寺で、やれることやるよ」

 

やれることって何、と聞かれたから、首を振った。

 

「まずは、壊れた寺の修復かな。

しばらく、寺から動かない」

 

紺乃の顔色が変わった。

目に暗い影が落ちる。 

 

「こんな、住職さんのにおいが染みついた寺」

 

「え?」

 

なんでもない、と紺乃は着物を翻し、襖の奥に引っ込んだ。

 

 

葬式の翌朝も、雲ひとつ無い晴天は続いた。

俺はいつも通りの時間に起きたけれど、縁側に座って、ぼんやり外を見ていた。

献花は、とても花瓶にいれられる量ではなかった。

それらを庭に並べれば、大きな花の絨毯になった。

 

そういえば、俺は清澄に花しなかったな。

人の相手をするのにいっぱいいっぱいで。

御線香は、あげたけれど。

 

腰を上げた。

あんまりのんびりしてると、朝ごはんに間に合わない。

寝坊ですか、とコーイチにうるさく言われてしまう。

 

紺乃と三人で朝食を囲んだ時、コーイチの様子がよそよそしかった。

 

「コーイチ、湯のみに箸つっこむのは行儀が悪いよ」

 

「茶碗と間違えただけです!」

 

コーイチは立ち上がってお茶を飲み干した。

怪訝な顔をしている紺乃には目もくれず、コーイチは「鞠貢さん!」と声を荒げた。

 

「今朝、寺に新しい依頼が来ました」

 

うん、と俺は白飯にたくあんをのせたのを口に運ぶ。

 

「でも、鞠貢さんが起きてくる前に断りました」

 

紺乃がそわそわと俺とコーイチを交互に眺める。

コーイチは少しだけその視線を気にしながら、正直、と続けた。

 

「正直、怒るのはわかりますよ、鞠貢さんはこういう仕事がしたかったんだろうし、したいんだろうし、僕の独断で勝手に断ったわけだし、でも、清澄さんがいなくなったあとでいきなり事件を引き受けるなんて、はっきりいって難しいって思ったから断りましたッ」

 

事後報告、するだけしておきます、と言うと

コーイチはさっと座ってお米を口に運んだ。

紺乃は、何かの覚悟を固めたみたいにじいっとお茶を啜る。

俺は箸を置き、こう答えた。

 

「それは断るべきだったよ」

 

食卓が急に静まり返った。

コーイチが、ぽかん、と口を開けた時、

唇のはじっこからたくあんのカケラが落ちた。

 

俺は、ごちそうさまでした、と一足先に席を立ち

清澄の部屋に向かった。

遺品の整理はしていない。

清澄の私物はほとんどなかった。

あるのは、大量の巻物と本だけだ。

それらがずらりと並ぶ部屋は、小さな図書室だった。

清澄が読みふけってきた古今東西の本、

解決した事件のあらましを記述した巻物。

俺は積み上げられた巻物のうちの一本を手にとる。

 

俺はまだ、即戦力にはなれない。

 

もっと、もっと、もっと、色んなことを覚えたい。

 

 

巻物を解いた。

 

畳の上には、座布団が一枚広げてある。

 

清澄が座っていた座布団だ。

 

俺は、まだここには座らない。

 

 

冷たい畳に正座して、指先でそっと活字を撫でた。

 

 

 

 

(明日に続く →第二幕(十一)を読む

 

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