前回の話→第二幕(十)を読む。

妖式コンゲームとは何か?

 

 

 

一つだけ、心残りがある。

俺は読み終えた巻物を片づけながら、座布団を見下ろした。

いつも清澄はここに座っていた。

 

その座布団の脇には、これから読む予定の巻物が積んである。

清澄が今までに解決した事件の概要が書かれたものだ。

その巻物を読破するには果てしない時間がかかりそうだった。

こんなにたくさんの事件を解決したんだ、と

巻物の山を見上げる。

俺の身長よりはるか上にある。

巻物の山を高さはそのまま清澄の姿を映していた。

 

棚に、小さな鏡が置いてあった。

鏡の表面を撫でれば、埃が指先にくっついて指紋の溝を消した。

指の腹が白くなる。

ふ、と息を吹きかけたけれど、埃は上手く飛んで行かなかった。

曇った鏡に、俺の顔が映っている。

 

あの事件、まだ調べてる最中だったな。

のっぺらぼう事件。

 

清澄は、一度引き受けた事件を途中で投げ出したことは一度だってなかった。

 

今回を除いては。

 

清澄の部屋にある鏡を

ザクロ汁をしみこませた布で綺麗に拭った。

清澄の鏡に映る自分の顔を眺める。

 

頬を軽く叩いた。

まだ、そんな引き締まった顔はできないけど。

 

新しい依頼は受けられない。

でも、のっぺらぼう事件だけは、俺が解決したい。

策は無いけど。

長年連れ添った相手の顔が見えなくなるって、どういうことだろう。

顔を忘れたわけでもなく。

奥さんとの思い出を忘れたわけでもなく。

 

これも、記憶が絡んでいるんだろうか。

清澄は事件を解決する時、いっつも数珠を鳴らしてた。

殺生石を仕込んだ数珠を。

清澄から受け取った数珠を首にかける。

両肩に重みがかかり、俺はひっそりと深呼吸をした。

 

――鍵言葉は………。

 

殺生石を開ける方法なら聞いた。

 

けど、それをどうやって使えばいいんだ。

のっぺらぼう事件で、お藤さんは本当に顔が消えたわけじゃない。

旦那の目が、脳が、お藤さんの顔を認識できなくなっただけだ。

そして、それに恐れをなした旦那は家を出て行ってしまった。

 

「あの人を見つけてください」

 

お藤さんは目頭を押さえてそう囁いてた。

江戸の町は広い。

いや、旦那さんが、江戸にいるとは限らない。

 

家にいられなくなったとき。

お藤さんの顔が消えたとき。

どこに行こう、と思うだろう。

 

『殺生石を使えば未来を予想することだってできる』

 

お藤さんの言葉が蘇った。

 

不安になった時についしてしまうこと、辛くなったとき無意識にとってしまう行動、

それにはきっと、似通ったパターンがある。

 

……殺生石を使えば、手がかりが得られるかもしれない。

 

首にかけた数珠に手をかけた。

頸骨の上を珠が滑り、少しだけ不気味な音を立てた。

 

清澄から教わった鍵になる言葉を呟けば、

数珠に紛れ込ませた殺生石が鈍く光った。

 

 

泡。

 

珠。

 

球。

 

卵の森に落ちたみたいだ。

 

円形の粒が空を覆いつくている。

この世界には月も太陽も湖もない。

ただ、薄桃色に色づいたシャボン玉のようなものが漂っていて

風なんか吹いていないのに、時々気まぐれに浮かんだり沈んだりしていた。

 

あの旦那の姿を捉えた記憶はあるだろうか。

旦那と親しい人、

たとえば親、親戚、かつての恩師、幼馴染。

誰でもいい。

妻の知らないような、旦那の一面を知っている人の記憶があれば。

 

ひたすら、ひたすらに旦那の顔を思い浮かべ、球体をかき分けた。

それは剣玉ほどの大きさのものもあれば、火の見やぐらの鐘と同じくらいのものまで

様々だった。

 

俺は、一番近くに寄ってきた珠に触れる。

 

 

土臭い。

……地面に深い穴が掘られている。

一つだけじゃない。十、二十、いいや百はある。

土偶、剣、玉飾り。

美しい貝殻が並ぶ。

穴の手前に並べ垂れているのは、空の棺だ。

お役人のような男が木の棒で背中をつき、その棺に入るよう指示する。

「主の死出の旅だ、しっかりお仕えしろよ」

古墳!?

 

 

違う、俺が欲しい手掛かりはこんな古い記憶の中にはない!!

 

首を振って記憶を追い出し、他の珠に触れる。

 

目を開いた途端、

イノシシが突撃してきた。

正面の幹に牙がめり込む。

深く突き刺さったらしく、動きのとれなくなったイノシシの背に石槍が刺さる。

腰に獣の皮を巻いた髭面の男たちが、もがくイノシシを囲む。

狩猟………!

違う、俺が欲しい手がかりは!!(略)

 

 

目を擦ると、数珠を投げた。

殺生石を使えば、他人の記憶から旦那のことを探れると思ったのに。

ちっとも近づけない。

 

自分の頭を使うしかないんだろうか。

 

俺だって、江戸の町のことなら、覚えてる。

俺の記憶。

俺の頭、俺の知ってる江戸の中を浚いだしたら、もしかして。

 

手がかりが見つかる、だろうか。

 

寝転んで大の字になる。

天井を見上げる。

巡る梁が江戸の通路に見える。

 

 

俺の記憶の中にある江戸の町―――

 

釣りの風景。

若い男が糸を垂らしている。

 

猪牙船がゆっくり通り過ぎる。

あの旦那の姿は無い。

 

―――あと、旦那がよく行きそうな所は……

 

相撲だ。

男が殺到、真夏に野外の相撲見物は蒸し風呂状態、

櫓に登った男が観客に向かって冷や水を撒く。

俺は目を凝らす。

観客の中に、あの旦那の姿は。

駄目だ。

 

――あの旦那、お藤さんとどこで出会ったんだろう……

江戸――江戸――俺が見た江戸の風景――

 

辺鄙な所だった。

江戸の郊外だ。木が生え、虫の声がする。

藁ぶき屋根。

壊れた傘を直す武士。

稲荷寿司の屋台がでてる。

水茶屋だ。

その軒先に立つのは、あの奥さん。

歯が白い。まだ結婚する前みたいだ。

男の人に囲まれて沢山の贈り物をもらってる。

 

俺は目を擦った。

あの奥さんって、もしかして、江戸三大美人、の一人……?

そういえば、お藤です、って言ってたっけ……

気づかなかった。

結婚してからはその人気も落ち着いたんだっけ。

 

いや、今知りたいのは、旦那さんのことなんだ。

 

町の風景。

蚊帳の支度をする母親。

傍で竹とんぼを飛ばす子供。

そのそばに。

あの旦那がいた。

旦那は、じっと富士山を見あげて溜息をついている。

 

あ……ッ

 

目を開けた。

飛び込んだのは茶色い梁の巡る天井、

俺は大の字で清澄の部屋に寝っころがっていた。

 

起き上がると、数珠が鎖骨にぶつかった。

殺生石にある他人の記憶に頼らなくても、俺――。

 

富士山を見て溜息をついている旦那の姿。

大した手がかりではないけれど。

困ったときは、富士山の綺麗に見えるところで考え事をする人、だったりするかもしれない。

富士山の絶景が見られる場所ならいくらでもあるし、

必ずしもそこにいる、わけでは決してないけれど。

 

大人しくしていられなかった。

 

やっぱり、足で探すしかないか!!

 

寺の門から飛び出した瞬間、鞠貢、と呼び止められる。

 

「どこいくの?」

 

紺乃だった。

のっぺらぼう事件を解決しに、と答えると、彼女は、ふいと顔をそむけた。

 

「解決できるの?」

 

――わかんないけど、解決しに行く。

 

紺乃は、わかんないけど? と俺の言葉を繰り返し、首をかしげた。

 

「コーイチ君が新しい依頼を断ったみたいに、手を付けない方がいいことだってあるんだよ」

 

「分かってるけど、これだけは見逃せないから」

 

紺乃が、俺に厳しい目を向けた。

「こうしたい、って気持ちだけじゃダメなんだよ?」

 

「この事件だけは、どんなに時間や労力をさいてもいいから、俺がやる」

 

紺乃はもう止めなかった。

清澄の所に集まる依頼はどれも一筋縄じゃ解決できない。

俺はずっと、ずっと、住職の仕事を一番傍で見続けてた。

けれど、同じふうにはできやしない。

そもそも、真似をする気は毛頭ない。真逆の事をやる気もない。

俺流のやり方、なんて生意気なものもまだ、持ち合わせてない。

 

 

だから、誰にでもできるこの方法で解決するしかない。

 

 

俺はまず髪結い所に向かった。

町人や与力、鳶が集まり、和気あいあいと世間話をしている。

ここにはいないか。

ねえ、と話を聞いてみる。

町のパトロールをしている同心、与力、鳶なら、事情通のはずだ。

お藤さんの旦那、知らない? と尋ねたら、みんな首を振った。

 

誰にでもできる方法。

江戸の町を駆けまわる体力なら、有り余ってる。

 

 

次だ。

 

水茶屋。

ここもだめ。

 

弓が的を射ている看板を見つけた。

湯屋だ。

番頭に話を聞く。ダメだ。

浴場にも旦那の姿はない。

 

釣堀。

吉原。

両国橋。

 

あちこち歩き回ったけれど、どこにも旦那の姿はない。

 

やっぱり、江戸の町は広すぎる。

 

「ねえねえ、あの富士、綺麗だねぇ!」

子供の声がして、振り返った。

 

竹とんぼを持った子供が店先で、北斎の富士の絵を指さし

これが欲しい、欲しいよ、と親にねだっていた。

 

富士山。

 

そういえば、殺生石で見た記憶の中にいたあの旦那

うっとりと富士山を見ていたっけ。

 

富士。

 

浮世絵。

 

「この、女の人の絵も綺麗だねぇ。どこの看板娘さんかなぁ」

 

子供が無邪気にはしゃいでいる。

そういえば、江戸三大美人の姿もよく、浮世絵で描かれてた。

水茶屋の笠森お仙と、蔦屋のお芳、それから楊枝屋の銀杏お藤といえば江戸庶民のアイドルだった。

美人画は何枚も描かれ、商品展開までされていた。

お藤さんを描いた、美人画。

 

………もしかして。

俺は江戸にある浮世絵を売っている絵草紙屋を思い浮かべた。

浮世絵が好きな旦那なら。

もちろん、お藤さんの浮世絵にだって想いを寄せたはずだ。

奥さんの顔が見えなくなったとき

奥さんの顔が描かれた浮世絵を探し求めるんじゃないだろうか。

愛情が消えたわけじゃないのなら。

 

浅草橋。

門前中。

深川。

 

江戸中の絵草紙屋を駆け巡った。

もう結婚して身持ちを固めてしまったお藤さんの絵のブームは過ぎていて

どの浮世絵屋に行っても、新しい江戸美人の浮世絵がずらりひしめき

お藤さんは扱っていなかった。

そして、どの店にも、まだ旦那の姿はない。

 

虱潰しに探していく。

こういう方法しか、とれない。

 

ここが、江戸にある最後の絵草紙屋だ。

店主と顔を見合わせる。

客の姿を見つめる。

浮世絵をずらり眺める。

 

その店にも旦那の姿は見当たらなかった。

 

浮世絵、でもないのか。

手がかりだと思ったのに。

 

江戸中をやみくもに当たるしかないか。

 

 

絵草紙屋があった傍の河原に座り込んだ。

すぐ隣で、同じように寝そべっている男がいる。

横目で見やってから、思わず喚声をあげた。

 

 

「あああああ!」

 

 

お藤さんの旦那だった。

 

手にしていたのは、お藤さんの浮世絵だ。

長い間そうしていたのか、旦那さんのアゴには無精ひげが生え、

髷は乱れて枯れ草がついていた。

 

「……坊主……お前はあの時の」

 

旦那は顔をしかめた。

 

 

 

 

 

(明日に続く →第二幕(終)

 

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