妖式コンゲームとは何か。

 

 

 

 

遺言なんざ遺したくない。

これだけ渡せれば十分だ。

鞠貢の手に殺生石を託してから、瞼を閉じた。

 

「清澄」

 

柔らかい手が腕を掴んだ。

女の手……? そんなわけがない。小僧の手だ。

馬鹿か、と自嘲しながら、つい目を開けてしまう。

やはり鞠貢だ。

大体、あの女は私のことを「清澄」とは呼ばない。

馬鹿か、ともう一度苦笑した。

あの女はずっと前にいなくなったんだ。

まあ、死ぬ間際くらい、女のことを思い出したって悪くないだろ。

 

鞠貢の顔を見上げた。

 

まだ幼さの残る顔には、女のような丸みがある。

 

けれど

 

瞳はすでにあいつと同じ鋭い光をたたえている。

あいつ。

現将軍、智永と同じ鋭い眼だ。

 

 

――瞼が重い。

 

 

 

 



 

 

 

 

――陽がのぼるまえ

山のなかは霧がこくて、目をひらいていてもあたりはかすんでた。

 

ぼくは駕籠をしょって、そこに三菜をいれていく。

住職である父は、まずい精進料理ばかり食べる。

朝の山菜とりは、ぼくがやらなければならない仕事だ。

みっかに一回は、山にでる。

すこしだるい。

明け七つ半。(朝五時)

まだ、山の動物もねてるだろ。

 

ぼくはあくびをかみ殺して、木の根もとにしゃがんで、ハルシメジをちぎった。

両手に草のつゆがついて、ツメの中までみどり色だ。

 

朝はまださむいのに、山菜取りをしていると汗をかいて、衣は朝の露やアセでどろどろだった。

あたまにまいた手ぬぐいでアセをぬぐう。これも修行の一環、らしい。

 

茂みがざわついた。

へび退治用に持ってた杖をかまえる。

生き物がいるのかもしれない、キツネかタヌキか。

もし、イノシシやクマだったなら。

 

あたりを見まわす。

 

「桃が!」

 

真上から声がした。

顔をあげたら、空から桃がふってきた。

ひとつよける、と、右側からもうひとつ。

ヒジではじきかえした。

土の上に、おなじ大きさの桃が二つころがってる。

木に登っていた少年が、すまない! と小声であやまりながら、軽々飛びおりてきた。

少年のむらさき色の着物がチョウの羽に見えた。

 

「どっちか好きなほう、あげよ……あれ?」

色も重さもそっくりの桃だ。

 

少年は桃をさしだしたまま固まった。

ぼくも、少年をじっと見つめる。

 

「「似てる………」」

 

影患い……?

そいつは、身なりこそちがうけれど、ぼくの分身みたいだった。

月と太陽、空と海、そのくらいに、よく似ている。

少しだけ不気味だ。

 

そいつの手にのっている二つの桃はほんのりあせをかいていた。

泥のついた杖をむけたまま、だれ、とたずねた。

山を歩いていたのに、少年のむらさき色の着物にはシワもシミもない。

 ぼくはその着物を指さした。とても庶民には見えない。

 

「……まさか、天狗?」

「君こそ、こんな時間に山にいるなんて、山賊の息子とかじゃないよな?」

 

ふたり同時に、首を横に振った。

 

「ぼくは清澄。寺の息子だ。きみはどこの子? その着物、きれいだな」と歩みよった。

少年は、わたしの名は智永、素性は言えない! とつっぱねる。

 

「ぼくみたいな寺の息子ごときには、言えないようなご身分なのか?」

「君の着物、動きやすそうだね。軽くて風通しもよさそうだ」

ぼくは縫い目がほつれているのをみつけて、智永に見えないようてのひらで隠した。

智永は目をかがやかせ、カンペキだ……とつぶやいた。

 

「ねえ!」

智永はいきなりぼくの肩をつかむ。

 

「一日だけ、入れかわらない?」

 

智永の上品な着物が風にゆれた。

銀糸でもぬいこんであるのか、たもとが水面のようにかがやいた。

はあ、と眉をひそめながら、ついその衣に目をうばわれる。

智永は、あきあきしちゃったんだ、一日でいいから江戸の町を好き勝手にあるきまわりたいんだ、と、けだるそうに、あたまのうしろに両手をまわした。

そんなに自由がきかないの、とたずねると、智永は、城からほとんど出られない、と答えた。

 

「城?」

「江戸幕府の次のしょーぐんこーほなんだって」

 

他人事のような言い草だった。

ばくふ、しょーぐんこうほ。

天狗や物の怪よりもなじみのうすい言葉だ。

うそ、とつぶやくと、智永は脇にさしていた小刀の柄を見せた。

そこには、江戸幕府の紋章が入っている。

ホンモノ、か?

 

ぼくがあっけにとられていると、彼はふところから取りだした手ぬぐいで桃についた泥をふきながら、お城のなかばっかりであきちゃった、もっとひろいところに出たいんだ、とつぶやいた。

 

……お城になんて、べつに興味なんか……。

 

「わたしたちならきっとバレない。一日だけ、その着物、かしてよ」

 

一日だけ、お前は将軍の息子で

わたしは寺の息子だ。

……おもしろそう。

 

ぼくはほつれた糸をちぎってから、上着を脱いだ。

 

茂みにかくれて、衣をとりかえる。

智永は、どろだらけのてぬぐいを頭にまいた。

そうすればもう、ほとんど見分けはつかなかった。

これはお礼だ、と智永はいちまいの小判をとりだした。

小銭ならまだしも、小判なんて手にしたことない。

ぼくは首をおもいっきりふって、そんなのいらない! とさけんだ。

きっと必要になるから持っておけよ、とすすめられたけれど、うけとりたくなかった。

 

智永はきょとん、とした顔をしてから笑いだし、じゃあこれ、と

桃をぼくの手のひらに乗せた。

智永の右手にある桃に負けず劣らず、色づいている。

「もしも捕まってお城につれてかれたら、ふてくされたフリして何もしゃべらないのがいい。うるさい先生とか女中とか、いろいろいるだろうけど、てきとうにあしらっていい」

 

ぼくのところどころ破れた作業着に身をつつんだ智永は、

ぺったんこの草鞋のつまさきで地面をとんとたたいた。

ぼくはその場でくるり一回転してみる。なんてはだざわりのいい着物なんだろう。

衣じゃなくて、水でもまとっているみたいだ。

そこに智永がいるのを思い出して、ゆるんだくちもとを引き締める。

 

「もしも住職、ぼくのおとうさんだけど、なんか言われたら、はい、とだけ返事してればいいからな!」

 

ぼくらは互いの姿をじっと見つめあった。

鏡でもみているみたいで、おもわず笑いだしたくなる。

そこにいるのはまぎれもない「ぼく」だ。

 

「「おたがい、楽しくやろう」」

 

うつくしい着物をきるだけで、自由をもらったようだった。

城から出られないのは、たしかに窮屈かもしれない。

けど、こんなにいい衣を着て、重たい駕籠をしょわなくてもいいなんて、

体も気持ちも軽やかだ。

 

 

草履のせいで、いつもより背が高い。

荷物がないおかげで背筋がのびる。

町娘が「あら、かわいい。どこのお屋敷の子? おかあさまは?

とぼくの頭をなで、お団子をもたせてくれた。

 

店先に、紺色の布が干してあるのを見かけた。

染物屋で立ちどまった。

いらっしゃい、と主人が声をかける。

僕は両手を広げ自分の衣をみおろした。

ここに干してあるのより、僕が着てるのの方がきれいだ。

この身なりなら、どんなところへだって行けるぞ。

 

刀をさしたお侍さんが「小僧、いいなりしてんなぁ、ちいせえくせに粋だね」と

ぼくをほめた。いい子ぶる必要もないから、まぁな、と答えてみる。

つい、いい気になって、近くの小枝を刀にみたてて、えいや、とお侍さんのマネをしてみたら、

おっ威勢も良いんだねぇ、と笑われた。

おもいっきりはしると、腰から下げていた巾着から小判の音がした。

いらない、って言ったのに。

あとできちんと返そう、とぼくはそれをふところにしまいなおした。

走ると音がたつから、ゆっくりあるく。

ぼくは川原へでると、みずに自分の姿をうつした。

ほっぺたに泥がついていたから、水であらう。

 

毎日、こんなかっこうで、どこにいっても「粋だねぇ」ってほめてもらえる暮らしなら、サイコウだ。

 

腰からさげた護身用の小刀を抜いてみる。

ツバのところは銀で、彫り物がしてあった。

なにからなにまでうつくしくって、みとれてしまう。

 

ぼくは刀を陽にあててみた。

川原の水面に、刀の反射したあかりがうつる。

その光を魚のせびれとかんちがいした鳥が、さっとおりたち、またすぐに飛んでった。

 

鳥に気を取られてて、気づかなかった。

すぐうしろに人がいたなんて。

 

「おい!」

 

うでをつかまれる。

いいなりだな、顔も悪くない、と男は下品な笑い声をあげた。

「身ぐるみ剥ぐだけでいい銭になるな」

大男三人がぼくをかこむ。

 

あとずさった。

うしろは川原だ。

 

刀を抜くか?

――こんな小刀。

勝てるか?

――大男三人を相手に。

これは智永のだ。血で汚すわけにいかない……

 

どうしよう?

 

ぼくはふところに手をつっこむと、小判の入った巾着をなげた。

 

背をむけて、全力疾走。

高い草履じゃはしりにくい。とちゅうでぬいで、草履をにぎりしめてはしっった。

なみだがでそうになったから、草履をきつくにぎりなおす。

 

 

 

大通りにでると、とぼとぼあるいた。

なっとう売りのゆかいな売り声も、しゃぼん売りを見かけても

そばへかけよる気にならない。

鼻緒でも切れたかい、と話しかけてくれるおばさんを無視してあるく。

いくあてはない。

おなかもすいてきた。

 

ふところから、智永からもらった桃を取りだしたときだった。

肩をやさしくたたかれる。

 

立派な袴に、紺色の羽織をきていた。

城のひとだろうか。

 

 

「智永さま。お探ししておりましたよ」

 

 

 

 

 

 

(明日に続く ※→清澄回(二)

 

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