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妖式コンゲームとは何か

 

 

 

 

ぼくを将軍の息子だ、と信じきっていその男は、心配しましたよ、とかがんで

目線の高さをあわせた。

 

「城に帰りましょう」

 

ほっとした。

こんないい着物でひとりで出歩いたら、盗人にねらわれるのはあたりまえだ。

息がすっかりあがってた。

城にいったら、おいしい甘酒や饅頭なんか、たっぷりあるんだろう。

将軍の息子気分なんて、二度とあじわえないにきまってる。

このままこの男についていったら、城にはいれるんだろうか。

 

ぼくが期待のまなざしをむけると、男は

「漢文、蘭学、剣術、歴史、和歌、お稽古事を先生がたもみんな心配していらっしゃいましたよ」

とほほえんだ。

 

……おけいこ。

正直、めんどうくさい。

けれど、城でうけられるおけいこなら、おそわってみたい。

せっかく入れかわってるんだ、一日くらい城にしのびこんで……いや、どうどうとはいりこんで、ぜいたくしたっていいだろう。

男は、足でも痛めたのですか、おぶってさしあげますよ、とぼくが草履を手ににぎっているのをみてほほえむ。

盗賊から全力で逃げるときに、じゃまだったから脱いだんだ。

すこし、やすみたい。

 

男がぼくの手をつかんだ。

痛い。

顔をしかめる。

男のツメが深く手首に食い込んだ。

手首から血がしみだした。

男の手を睨む。

 

……指先が、爪のスキマまで真っ青だ。

指紋のみぞにまで色がしみついている。

 

ぼくは、おもいっきり手をふりはらおうとした。

青い指の男が首をかしげる。

 

「どうなさいました?」

 

「……お前、本当の城の人間なのか?」

 

 

男は目を丸くした。

がっちり手首をつかんだままだ。

ぼくからにじみ出た血が、男の青いツメの間にはいりこむ。

 

皮膚にしみこんだ青い色は、変装してもごまかせない。

指先が青いのは、紺染めをしているからだ。

 

――指に染料をつけた庶民が、城で働いているわけない。

 

男は、城へ、とくりかえし、ぼくをつれさろうとしたけれど、

だまされたりしない。

ぼくは男の手に歯をたてた。

腕の力が抜ける。

その隙に、男をふりはらった。

 

 

 

森へ逃げこんだ。

さっきの指の青い男、どうして智永を探していたんだろう。

手首の傷には、痛みこそないけれど、まだ血が滲んでいた。

そこにツバをつけ、智永がもどるのを待つことにする。

 

草履を脱いではしったせいで、足袋が真っ黒だ。

今日一日で、ずいぶんはしった。

将軍の息子って、優雅なだけじゃないんだな。

閉じこめられるのもわかる気がした。

日が傾いていくのを、目を細くしてみまもる。

今日は、座禅も読経もしてないや。

修行をまるごとサボったのに、体はつかれきっていた。

 

約束の時間は、暮れ六つ。

 その時に、出会ったこの森で、衣をもとにもどす取り決めだった。

 

智永が戻ってきたのは、それからすぐの、暮六つ前のことだった。

ぼくが貸した着物はぐっしょりと濡れている。

「どうした、そんな汗だくで」

智永が首を横に降った時、毛先からまた水が飛んだ。

汗じゃなく、水だった。

智永は、ぼくの父に冷水をかけられてきたらしい。

住職に見つかって寺に連行、おとなしく言うことを聞いて坐禅を組んだけれど足がシビれてガマンできない、読経も雑巾がけも満足にこなせず、しまいには、修行の一環として冷水を浴びせられたのだという。

 

乾かすために、森の枝を集めて焚き火をはじめた。

柳の枝のような細い煙があがる。

ぱちり、と折れる枝に向かって

智永は、理不尽だよ! とわめいた。

ぼくも焚き火に手をかざす。

「ぼくだって、あちこち追いまわされて苦労した」

燃える火に向かってグチを投げた。

たがいに不満を言い合って、たがいの生活を憂いた。

智永がくしゃみをした。

そういえばぼくも坐禅になれるまで、よく住職に叩かれたりしたっけ、いや、今でもよく叱られてる。

目の前で住職への文句を垂れる智永にまけじと、ぼくも将軍の息子としての不自由さをまくしたてた。

 

 

突然、木々のゆれる音がした。

ぼくらは同時にだまりこむ。

何か、いる。

甲高い鳴き声がした。

地面になにか落ちてきた。

 

猿だ。

 

桃をくわえたその猿は、山奥へはしっていった。

 

 

口を閉ざしたまま、顔をみあわせた。

 

ぼくの目線は智永の半乾きの衣へ。

智永はすりきれそうな足袋を見おろす。

 

 

ぷっ。

ふきだしたのは智永の方が先だった。

「寺の息子やるのも、なかなか面白い」

坐禅も、なれればそこそこイケる気がする、と智永は住職のマネをしてでたらめな経をとなえた。

「それは読経。お前みたいな無鉄砲なやつが坐禅のコツつかむには、十年はかかるな」

「君、座ってるのは得意らしいけど、走る方はダメだね。そんな黒い足袋みたことない」

ぼくは、なれない草履だったからだ足は速い、とつっぱねて、手ににぎっていた草履を智永へ投げた。

彼はひょいとそれを受けとると「衣、もとに戻すか」とつぶいた。

 

さっそく腰紐に手をかける。

色落ち一つなかったはずの腰ヒモがこすれて、手に銀箔がついていた。

そうだ、鼻緒は銀色だった。

草履をにぎりしめて走っていたせいで、手にうつったのだろう。

どろだらけの足袋には、血がついていた。

今日一日でずいぶん走ったな。

ぼくには、足袋についた血が、ふつうじゃ得られない勲章みたいで、智永に返すのをためらう。

また、すぐそばで木の葉が鳴った。

ぼくらは同時に話すのをやめた。

まただ。

今度は、獣じゃない。

 

男が茂みから顔を出した。

藍色の着物を着流した男だ。

ぼくは、あっ、と声をあげる。

男は「智永さまどうしてお逃げになったのです」とぼくに話しかけた。

近くにいた鳥が逃げ出した。

後ずさると、焚き火の火花が飛びちった。

足首に熱を感じて、あわてる。

 

智永が、何だこの男は、とぼくに尋ねた。

ぼくの顔がこわばっているのを見て、智永の顔も引き締まった。

 

現れた男は、

さっきの染め物屋だった。

 

青い指先を智永に向ける。

「おともだちと遊んでいらっしゃったのですね」

 

ぼくは智永に耳打ちする。

(城に、紺染め屋なんていないよな?)

いない、と智永は首をふり、そもそも私の顔を知っている人は少ないし、城を抜けだしたことがもう誰かに知れてるなんておかしい、と答えた。

ぼくはこっそり確認をとる。

 

(おまえ……誰かにねらわれてる?)

 

 

「ほら、お友達にさようならして」

ぼくを将軍の息子だと信じこんでいる男は、無理にでも連れ帰ろうと迫る。

 

「いやだ」

将軍の息子になりきって、高飛車に答えた。

男はあきれ顔で、ワガママはおよしなさい、なだめた。それでもぼくが意気地になっていると、男の顔色が変わった。

 

「縛ってでも連れて行きます」

彼は白いてぬぐいを広げる。

 

智永があきれたように唇をなめた。

紺色の指をした男は縄がわりの手ぬぐいを片手に、ぼくへおそいかかった。

右に飛びぬく。

足首をつかまれた。

痛い。

息が止まる。

 

その時、ぼくにふんした智永が、頭にまいていたどろだらけの布きれをほどいた。

男の背後から忍びより、布で首をしめあげる。

突然の事態に、男は目を見開いた。

 

「頼む……お願い、お願いだから、いっしょにきてくれよ………」

 

なりふり構わなくなった男は脇差しを抜いた。

小刀のきっさきが光る。

それはまっすぐぼくに向けられた。

 

とっさに、握った草履で男の顔へ投げた。

狙いは外れた。

それは焚き火に直撃、草履に打たれた炎は舞いあがり、火花が飛び散る。

さっきまで頼りなかった煙が、もうもうと太く空へのぼる。

男が叫び声をあげた。

紺色の指先で両目を押さえ、目があああ、と顔をひきつらせた。

「どけてくれ!」

智永は三菜を入れる駕籠をふりかざし、男の頭にかぶせた。

駕籠の底が破ける。

底の抜けた駕籠は男の胴体をつつみこんで、拘束具になった。

 

「逃げるぞ」

 

智永がぼくより先に走りだす。

男の周辺には、今朝がんばって集めた三菜が散らかっていた。

あんなの、また集めればいい。

ぼくはとにかく、森の中を一直線に走った。

 

目、目ぇええ、という男の悲鳴をふりきるよう、まっすぐに。

奥へ奥へと逃げながら、

智永は、私をねらう染物屋、ひとりだけ心当たりがあるな、とつぶいた。

 

彼の予想では、あの男は智永自身をねらっているわけじゃない、らしい。

将軍家は、智永の衣を江戸で評判の染物屋に注文した。

金に糸目はつけない、とのはぶりのよさに、染物屋の職人魂に火がつき、とんでもなく色鮮やかな布があがってきた。

将軍家はそれに見合っただけの報酬を払った。

がしかし、染物屋はその一世一代の出来の布を手放したがらなかった。

智永さまにさしあげた着物、どうか返してください、と何度も城の門前におとずれていたらしい。

 

「たしかに、あいつはぼくの顔なんてぜんぜんみてなかった」

ぼくは、染物屋の焦点の定まっていない笑顔を思いかえす。

智永は「着物だけで、私だと判断したんだろう」とつけくわえた。

ぼくの額に汗のたまが浮く。

汚れひとつなかった着物にアセがしみこんだ。

 

もうだいじょうぶだろう、と智永が足を止めた。

「草履は武器じゃないぞ」

智永は、ぼくが草履であの男をなぐったのを思い出したのか、ふん、と笑った。

「あの駕籠だってどうするんだよ、底ぬけちゃってさ」

「悪い使い方じゃないだろ?」

 

笑った。

草履も着物もぼくのじゃない、欲しくもない、けど、ぼくなりの形でなじんでいた。

 

「なぁ」

 

すると、智永がおずおずと口をひらいた。

ぼくは、水が欲しい、とぼやいた。

すると智永はふところから桃をふたつ取りだした。

「また、こうやって取りかえっ子しないか」

 

智永の手のうえに桃がのっている。

桃は陽射しを浴びて、朝露に濡れた芝のように光っている。

 

いいよ、と返事をしようとしたら、喉が渇いて声がかすれた。

だまって首を縦にふる。

それから、その桃を二人で分けて、一つずつ食べた。

井戸か湖か湧水か。

飲み水探しは、案外簡単に見つかった。

 

水のにおいや湿気をたよりに、なんて器用なことはできなくて

勢い任せに、ざくざく奥に進んでいたら、偶然湖に出たのだ。

 

ほとりには蓮が咲いている。

日暮れ時の湖は、夏の終わりを思わせるようなさみしげな薄紫色に輝いていた。

湖のふちに、誰か座ってる。

はっと息を呑んだ。

ぼくは智永の衣をひっぱった。

智永も口をぽかんとあけて、ぼくと同じものをみていた。

 

彼女は、ひざに三味線をのせていた。

まっすぐな黒髪を地面に垂らし、バチを鳴らせば

紫の着物の裾から赤い襦袢が見え隠れした。

鶯でさえ、さえずるのを遠慮したくなるような、美しい小唄だった。

バチが動くと、黒髪は弾かれた弦のように揺れる。

湖がこんなに穏やかに光っているのは、彼女の三味線のおかげではないだろうか、と思うほどだった。

 

ふと、彼女は三味線とバチを置いた。

魅入っていたぼくらは我に返る。

弾くのをやめた彼女は、湖のほとりに片手をつくと、片足を湖へ沈め、水面をのぞく。

ゆっくり前かがみになって、湖に顔を近づける。

肩にかかっていた黒髪が流れて湖につかり、水へ垂らした墨のように広がった。

 

おい!

 

ぼくは思わず声を荒げた。

まさか、入水するつもりじゃないか。

 

 

 

 

 

 

(明日に続く →清澄回(三)

 

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