前回のお話→清澄回(三)を読む。

妖式コンゲームとは何か。

 

 

 

ちぎった葉の露が目に飛んだ。

僕は瞼をこすりながら一心不乱に山菜を苅り駕籠に入れる。

腰を丸めて前かがみになる。

駕籠を背負い直しながら、取り替えっこした日のことを思い出した。

また、あいつと木登りや釣をして遊びたい。

どっちがより高いところまで登れるか、どっちが大きい魚を釣れるか、競い合うのが楽しくてたまらなかった。智永は僕が唯一張り合える相手だ。

 

僕は山菜をちぎる手をとめた。

当たりを見回すと、山肌が綺麗になっていた。

 

少し、苅りすぎたようだ。

 

隠れ場を無くした野うさぎは戸惑い、雑草の茂る叢を探していた。

 

 

静は喜んでくれるだろうか。

山菜を詰めた駕籠を下ろす。

羊羹に舌鼓を打つ静の顔を思い出し、僕は首を振った。

智永は大事な相棒だ。それなのに、静が絡むとつい熱くなってしまう。

僕が静を守ってやりたい。

 

ああ、もう。

懺悔を込めて山菜を摘む。

指先に痛みが走った。思わず口元が歪む。

ノビルの葉で指を切ってしまった。

うっすらと血がにじむ。

軽く悪態をついていると、地面が急に暗くなった。

空が曇っている。

 

雨が降る前に帰ろう。

僕は怪我をした指を舐めた。

思いのほか強く沁みた。静に手当てしてもらおう。

溢れんばかりに山菜を積んだ駕籠を背負って、山を降りた。

 

血の滲む拳を軽く握り、戸を叩く。

二回、ノックして、待つ。

雲の上で雷が小さく唸っている。

首を傾げる。

いつもなら返事が返ってくるはずなのに、戸の向こうからは何の声もしてこない。

僕はもう一度戸を叩いた。

静、と呼びかけてみる。

返事どころか、戸が開く気配さえなかった。

戸には鍵がかかっている。

 

遠くから馬の嘶きが聞こえた。

 

血の気が引いた。

まさか、と振り返る。

鬱蒼とした、物言わぬ森が広がっている一方だ。

目を細めても静の姿は見当たらない。

どこからか響く馬の鳴き声だけが元気だ。

 

まさか、出て行ってしまったんだろうか。

 

ありえない話じゃない。

こんな森のなかで、静みたいな女の子が一人暮らしを続けてる方がよっぽどおかしいんだから。

 

 

「清澄くん」

 

肩がはねた。

戸がわずかに開いていた。

静だ。

6センチほどの隙間から顔をのぞかせている。

6センチ、いや江戸時代だから二寸か。

 

まあどっちでも変わらん。

 

いたなら早く開けてくれよ、と僕は胸をなでおろした。

家の敷居をまたごうとしても、静は戸を6センチ以上開けてはくれなかった。

 

その後、静から伝えられた言葉はあんまりにも無情で、僕は二の句が告げなかった。

 

僕は首を傾ける。

「中にまずいものでもあるのか?」

今までに静が家の中で牛に出産させようとしていたことや、

書道に没頭し部屋中を半紙と墨で埋め尽くしたあげく、

壁中にも一筆書付け家全体を作品にしようとしていたことなどを思い起こした。

料理も仕事もできるのに、そういう少しズレたところが好きだった。

 

隙間から中を覗き込む。

隙間6センチから見える部屋の中に、特別変わった様子はない。

あのね、と静が口を開いた。

強い風が吹き、どこからか転がってきた桶がカラカラと音を立てる。

 

「帰って欲しいの」

 

静は6センチ以上、戸を開ける気はないらしかった。

なんで、と理由を尋ねても、静は穏やかな顔で、帰って欲しいの、と繰り返すだけだ。

こぶしを強く握りすぎて、血が一滴、白い足袋へ落ちた。

6センチでは静の顔が半分しか見えない。

もう少し開けてよ、とお願いしても、

静は頑なに6センチを死守した。

もう来るなってこと? と追求すると、静は、ゆるやかに首をふった。

 

「今日は大事な人がくるから」

 

山菜を詰めた駕籠をおろした。

今夜はこれで静に美味しい天麩羅でもあげてもらおうかと思ってたのに。

6センチの隙間が開かない。

 

途端に、静の眉が歪んだ。

困惑した顔で僕の後ろを眺めている。

 

振り返ると、馬にまたがった智永がいた。

鐙から華麗に飛び降り、馬の手綱を幹に結びつけている最中だった。

 

「おはよう、こないだの話の続きでもしようか」

 

智永が気さくに笑った。

僕は目の前が真っ白になった。

大事な人って、智永なんだろうか。

 

静は僕と智永の顔を交互に見つめ、きゅっと眉尻を下げると

突如、大粒の涙を流した。

 

泣くなよ、泣かれると僕の立場が無いだろ……と焦りながら静の肩を撫でる。

確かに、鉢合わせは辛い。

けど僕もそこまで子供じゃない。

大事な人、という言葉から受けたショックを飲み込もうと必死になっていると

静がおずおずと口を開いた。

 

「瞬きするの忘れてた」

 

 

智永は、置いてけぼり事件の話をしたくて訪れたらしい。

静の家にあがりこむと、智永は部屋の真ん中に座った。

お前の意見も聞かせてくれよ、と智永に引き止められ、僕も部屋の壁にもたれかかり、あぐらをかく。

静は智永の後ろで三味線を弾いていた。

僕の位置から見ると、智永のすぐとなりに静がいるように見えて、つい目を背ける。

置いてけぼり事件についてなんだが、と智永は早速口火を切った。

 

 

男が息子を連れて釣りにでかけた。

その日はいつになく大量の鮎が釣れた。

魚籠を背負い、帰路につこうとすれば釣堀から声が聞こえた。

「置いてけ 置いてけ お前が背負ってるもん置いていけ」

男は息子の手を引いて、声の主を捜し歩いた。

「お父ちゃん、お父ちゃん」

息子が泣きだした。男は魚籠の魚が暴れているのを背中で感じた。

怖くなった男は魚籠をおろし、堀へ魚をすべて逃がした。

すると声は途端にやんだ。

男が振り返ると、傾城の美女が堀の中に立っていた。

凛とした目元に吸い寄せられ、男はその場にくぎ付けになった。

「置いてけ 置いてけ」

女が言った。

男は掘りの中に飛び込み、後には「お父ちゃん」と叫ぶ男の子が一人残された。

 

 

《置いてけぼり事件》

 

 

置いてけ、という声が堀から聞えることから、その名がついた。

この事件の問題は、「置いてけ」と呼ぶ声の主が見えないことじゃない。

 

置いてけぼりの声を聞くと、自分の子供のことがわからなくなる。

そのおかげで、忘れ去られた子供たちが町に溢れた。

飢饉の口減らしのために捨てられた子供や、奉公先から逃げ出した子供らといっしょに

行き場のない子供たちは、裏町に集まった。

そうして、スリなどの悪さをしながらなんとか糊口をしのいでいると聞く。

 

 

「どう思う? 解決できると思うか?」

 

智永と問いに、静が三味線を鳴らした。

 

ベベン、ベン。

 

「無理だと思う」

 

 

わざわざ演奏してから答えなくても。

 

智永は、私も解決は難しいと思う、と答えた。

僕もそう思うけれど、真正面から、静と智永が並んでいるのを見ると、同意を口にしずらかった。

だから、黙る。

軒先に吊るしてある風鈴を睨んだ。

 

智永が「表向き対策を先に打ち出すことが大事だと思うんだ。その政策をすすめる裏で、ひそかに解決策や原因を探す」と話を進めれば、静が「子供に食料配給したりとか」と意見を寄せる。

 

僕はだんまりを決めこむ。

僕の代わりに、風鈴が揺らいでさみしげな音を立てた。

 

静は智永が好き。

智永になら、惚れても仕方ないだろう。

 

風鈴が激しく揺れる。

僕は生唾を飲み込んだ。

 

置いてけぼり事件について話し込んでいた静が、何かおやつ作るよ、と席を外した時、

智永が「で、なんかあったのか」と僕に話しかけた。

何も無い、と首をふると、十年も一緒にいるとさすがにバレるぞ、と智永が畳み掛けた。

「お前がこういう話し合いの時に、これだけ黙りこむことはまずないだろ」

 

「……かれこれ、十年だよな」

 

僕は風鈴に向かってつぶやく。

 

「静って、ここでずっと一人暮らしだろ。下手しなくても、親といる時間より僕らといる時間の方が長いよな」

 

ああ、と智永は相槌を打ち、ここ最近は二人暮らしだろ、厳しい指摘をした。耳が痛い。

「週に何回か静の手料理食べられる暮らしも、悪くないな」

と、智永は隅に置かれた駕籠を一瞥した。

僕が摘んできた山菜がこぼれている。

今日のおやつは何だろな、と智永は少しだけ気の抜けた顔をした。

智永は静の作るサツマイモの甘露煮が好物だった。

 

「ずっと三人でいられたらいいけど、なぁ、智永」

 

なんだよ、と智永は少しめんどくさそうに足を崩した。

僕はそれ以上先を言葉にできなくて、口ごもる。

 

なぁ、とようやく声に出した時、智永が窓の外を指さした。

 

「天気雨だ」

 

風鈴はぴたりと静止していた。

窓から仄明るい日が差しこむ。

一方で、砂利が屋根を擦るような不穏な雨音が鳴り始める。

太陽を受けて降る雨粒は、流星のようにも、人を撃つ弓矢のようにも見えた。

 

 

「きれいでしょ?」

 

 

突然、聞き覚えのない声がした。

戸口を睨むと、知らない人物が勝手にあがり込んでいる。

 

智永は素早く立ち上がり、脇差しに手をかけた。

僕もすぐ後ろに立てかけてあった竹を握る。

長い金髪の男は、虹が出てるんだよ外は、と頬に手をあて、ニコニコ笑っている。

 

お前誰だ、と尋ねた時、後ろで瀬戸物の破れる音がした。

 

静だ。

 

真っ青な顔をした静が、意図的に湯呑みを割っている。

手から滑り落ちたよ、みたいた風体を装っているけれど、

明らかに指をぱっと離して湯呑みを壊している。

 

男は、動揺している静を見て大層愉快そうに目を細めた。

 

 

「家に男のコを二人もいれてるなんてね。なんだかんだいって、寂しがりやだからね、お前は」

 

智永の顔色が曇る。

静は首を勢い良く振った。

あまりにも思い切り左右に振るから、

長い黒髪が静の首へ巻き付いた。

(セルフマフラー……!!)

 

男は、素知らぬ顔で、おや御伽草子がこんなに、と平積みされた草紙や漢書などを眺めて「ちゃんと勉強しててえらいえらい」と静を褒めた。

 

それからふところからら扇子を取り出す。

 

「静、迎えにきたよーん」

 

そう言って、にやけた口元を扇で隠した。

 

 

 

 

 

(明日に続く→清澄回(五)を読む

 

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