前回の話→清澄回(四)を読む

妖式コンゲームとは何か

 

 

 

 

腰まであるまっすぐな髪は金、

瞳は冷たい月の色、

眉間の血管が透けてみえそうな白い肌、

幽霊みたいな男だった。

思わず彼に両足がついているのを確認する。

 

静を迎えに来た、という男は勝手に畳へあがると、静の本棚を漁った。

 

この男は静のなんなんだ。

 

 もしかしてこいつが

 

 

 大 事 な ひ と ?

 

 

 

食器の揺れる音がした。

食器棚に手をついた静がわなわな震えている。

智永が静と男の間に割り込んだ。

僕は懐の小刀を抜く用意をした。

男は薄ら笑みを浮かべたまま、平然と構えている。

風鈴の音が消えた。

衣擦れの音一つしない。

どちらが先に動くか。

生ぬるい汗がつうと僕の首を伝い、床へ落ちようとした、その時。

 

 

壁ドン。

 

 

またオマエか。

 

 

静が、率先して壁に額をぶつけている。

額を擦りつけたまま、ぽつりと呟く。

 

 

「おっと……」

 

……眩暈?

 

「おっとぅ……」

 

……夫?

 

 

 

「ところで、君たちはうちの娘の友達かな?」

 

 

金髪の幽霊みたいな男は、くす、と笑った。

おっとぅって、お父さんのことか。

深くは突っ込むまい。

 

玉藻(たまも)、と名乗ったその男は、ひょいと窓枠に腰掛けた。

智永は玉藻に丁寧なあいさつを返し、平然と脇差しを磨き続ける。

僕は静の父、玉藻を真っ正面から見返した。

 

「こんなところまでわざわざ娘さんの様子を見に来るなんて、過保護な親ですね。

静ももう子供じゃないのに」

 

玉藻は軽く曲げたひとさし指で唇を押さえ、艷やかに笑った。

 

「君たち、静の家によく遊びに来てるみたいだね。

いい子でしょ、私の娘は」

 

僕は棚に並ぶ皿を見た。

食器はどれも三組ずつ置いてある。

僕らが頻繁に訪れるから、静が買い揃えてくれたものだ。

そうですね、美人で気立てがよくて、と智永は卒なく答えた。

 

父と僕らに挟まれている静は、三味線をしっかり握り、それを盾のように構えていた。

僕らにおびえているわけでも、父を恐れているわけでもなさそうだが、

居心地悪そうだ。

 

「お父さん、娘さんを尋ねるのは久しぶりでしょう。何だったら、席を外しますよ」

と智永は気を使った。

 

静の口から、父親の話は一切聞いたことがない。

それどころか、両親や生まれの話には今まで一度も触れなかった。

 

昔話になると、静はいつも、紅を引いた唇に歯を立てた。

頭を抑え息苦しそうに目をうるませ、

頭痛に耐えて息を荒らげる、

といったような、

謎の幽霊にとりつかれたフリをする。

 

喋りたくないらしかった。

こんな小屋で、幼いころから一人で暮らし、小唄の先生をやっていると聞くが、仕事は少なく生活は豊かだ。

何か、言いたくないことがあるのだろう、とは踏んでいた。

 

 

その原因はおそらく、この父親にあるのではないか。

 

 

玉藻は、君たち、ここで何の話してたの、と僕らに問う。

 

 

「置いてけぼり事件について」

 

智永が答えた。

こいつがなんでも素直に答えられるのは、邪魔が入ってもやり遂げる自信があるからだ。

この時ばかりは、こいつのその自信を抑えこみたくなった。

 

原因はわかってるの? 置いてけぼりの、と玉藻が智永に尋ねた。

彼が少し言いよどんだのを見て、物の怪の仕業としか言い用がないよねぇ、と玉藻は愉快に言い放つ。

今度は僕が口を開いた。

 

「すぐ原因を叩かなくても、応急処置的な対策ならすぐにできる」

 

玉藻は、ははぁ、と笑った。

 

「教えてあげようか、原因」

 

智永の目が光った。

玉藻は僕らの反応を見て愉快そうに

「ねーえ、それより先に一つだけ教えてよ? 大事な話があるんだ」と微笑んだ。

 

 

「どっちがうちの娘の彼氏なの?」

 

 

智永は、彼氏……? と語彙の意味を噛み締めた。

静は死にたそうな顔をしている。

あはは、君真っ赤、と玉藻が僕をバカにした。

だから言い返す。

「大事な娘さんなら、どうしてこんな森で一人暮らしなんてさせてるんですか?」

なるほどねー、と玉藻は三人の顔をじゅんぐり眺め、

久しぶりに来てよかったよ、と笑った。

 

そして、僕と智永を指さす。

 

「君たち、静が好きなんだ」

 

智永は涼しげな顔で、ええ、と頷いた。

僕は、素直だな、と智永に毒を吐き、

静は三味線をポロンと鳴らした。

今の、ポロン、は、照れぽよ、ということか?

 

「だって、そこ確認しておかなきゃ。そーゆーことが知りたくて、久しぶりに顔出したんだから」と前置きしてから、

玉藻は壁に背中をくっつけている静の方へ歩み寄る。

 

 

「ねえ静、お見合いとか、どう?」

 

 

僕は思わず静の前に立ち塞がった。

玉藻をこれ以上近づけたくなかった。

 

「それより、置いてけぼり事件の原因は?」

 

 お見合い話を断ち切ると、ああそれねぇ、と玉藻は目を細めた。

 

 

「キ・ツ・ネ」

 

 

僕は智永と顔を見合わせた。

そんな間抜けな顔しなくても、と玉藻は頬を掻いた。

置いてけぼり事件がキツネの仕業。

化けキツネが悪さをしてる、ということだろうか。

 

「もっとおもしろいこと教えてあげようか」

 

あっけにとられている僕らへ、玉藻は更に詰め寄った。

静が突然、僕の肩に爪を立て「もっとおもしろいことして遊ぼ?」

般若の顔で誘ってきた。

今日はいつにも増して、静の様子が変だ。

 

「置いてけぼり事件の原因が、キツネ?」

智永は静をガン無視した。

 

玉藻は、おもしろいよねぇ、と笑う。

もっとおもしろいこと、を期待して智永と僕は生唾を飲み込む。

静は僕らの気を引こうと何か策を練っているようだったが、

玉藻が口を開く方が早かった。

 

「それでね、そのキツネたちの親分が、私だよーん」

 

智永はすかさず静の方を振り返る。

この人が、キツネの親分だってことは、静だって。

 

何も知らなかったんだね、と玉藻はまたひとさしゆびを唇にあてた。

 

「ねえ静、言ってないんだ?」

 

玉藻は静へにこやかな顔を向けた。

冷たい風が入り込み、風鈴がちりんと鳴った。

 

やめろ、と僕は心のなかで念じる。

聞かなかったことにするから。

智永が眉をひそめた。

聞かなかったことに……いや、もう遅い。

 

――静は耳をふさいで、その場に座り込んだ。

 

 

「静は、キツネの娘なんだよ」

 

 

部屋は水を打ったように静まり返り、

玉藻だけがにこにこと平和な顔をしている。

 

智永は、なるほどね、とアゴを撫でながら考え込んだ。

 

静は俯き、小枝のような指で髪をかきあげた。

指の隙間から花弁が散るように黒髪が溢れる。

静は頭を抑え、うずくまった。

 

僕は静の背を叩く。

「今、コメントとか求められてないぞ」

静の頭痛はぴたりと止まったようだ。

 

人間とキツネは一緒にいられるんだろうか。

恋しても平気だろうか。

僕は着物の上から、静の背骨をつうと撫でた。

僕らのと変わらない、まっすぐな骨だ。

 

智永は、キツネか、とつぶやき、玉藻に尋ねる。

 「キツネがどうして置いてけぼり事件を……?」

こいつ、まだ置いてけぼり事件のことばっかり考えているのか。

眉間にシワが寄る。

いや、お前は、置いてけぼり事件のことだけ考えていればいい。

僕は静の横顔を眺める。

静は、天井裏にできた蜘蛛の巣でも眺めるような目つきで玉藻を見ていた。

 

 「キツネである私の娘。

そんな静ちゃんですが、さてさて、それでも好きですか?」

 

玉藻は、胸から出したセンスで口元を覆い、挑戦的な目つきで僕らを見下した。

僕は拳を握りしめる。

 

「もう少し静を大事にしてください」

こんなところで一人暮らしさせて、久々に訪れたら見合い話持ちかけて、僕らの前で静の素性明かすような話して、少し乱暴すぎやしないか、と玉藻を攻めた。

それから「僕なら静をもっと大事にできる」と叩きつけるように言い放った。

静は玉藻へ冷ややかな目を向けている。

だから僕は、玉藻を睨んだ。

足に力を入れすぎて、足袋と畳が擦れ、嫌な音がした。

 

「静と離れるのがイヤ?」

 

玉藻が腰をあげた。

 

「……静を嫁にください、僕に!!」

 

「お前、何言ってる」

 

智永が俺の頭を物凄い力で叩いた。

静はまた、三味線をぽろん、と鳴らす。

やっぱりそれは照れぽよな合図なのか。

 

玉藻の顔が歪む。

こんな人間の小僧じゃ不服か?

歯を食いしばる。

 

玉藻は、腹を抱えて笑い始めた。

手を叩いて大笑いし、小生意気なガキはいいね、と滲んだ涙を拭った。

 

「静がほしいんだね」

 

そうだなぁ、と玉藻は眉を潜め、考えこむ。

口元には相変わらず笑みが浮かんでいる。

 

 

「じゃあ、置いてけぼり事件を解決できた人に、静をあげるよ」

 

 

智永と視線がぶつかった。

妙な緊張が走った。

智永は、はじめから解決するつもりの事件です、と答えた。

その目は玉藻をさくりと刺してしまいそうなほど、冷たく鋭い。

 

僕はためらった。

すぐには首を縦に振れない。

 

「この事件解決に必要な手はずなら、整いつつある」

 

おや、と玉藻は嬉しそうに扇子であおいだ。

智永は政策の続きを行うべく、静の家を後にした。

玉藻は、賢そうな若造だな、と彼を値踏みしていた。

 

君は?

 

と玉藻が振り向いた。

 

僕は、奥歯を噛み締めたまま立ち尽くす。

言い返す言葉を探していた。

まだ、身体に緊張が残っている。

 

智永との間に走った緊張は、

静を取り合わなければならないことからだけではない。

置いてけぼり事件を起こしているのは、キツネだ。

 

それを解決するということは、静の父親である、目の前の玉藻とも戦わなければならないということ。

玉藻は、こう言っているのだ。

 

――静の身内である私達キツネを倒し、敵にまわしてでも静を奪う度胸はあるのか?

そうして、静を幸せにしてやれるのか?

 

 

玉藻は幼児を抱く母親のような穏やかな表情のまま、

楽しそうだね静、と、へたりこむ静に笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

(明日に続く ※→清澄回(六)

 

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