前回の話を読む→清澄回(五)

妖式コンゲームとは何か。

 

 

みたらし団子をほおばりながら、帳面を眺めた。

今日一日で得た情報の見直した。

午前中は江戸の貸本屋を巡り、「キツネ」や「怪奇事件」をまとめた書物を当たった。

午後は、子持ちの女が集まっていそうな洗濯井戸や、町の事情に詳しい与力同心が集まる湯屋の二階や髪結い所に足を運んだ。

大きな収穫はなかった。

江戸の人らは、置いてけぼり事件を「口にしただけで身に降りかかる祟り」のように思っているらしく

事件の話を聞きだそうとすれば、みな一様に口を閉ざした。

 

黄金色の甘いみたらしダレが帳面に落ちた。

帳面の文字が消えないよう、そっと指ですくい、舐めた。

墨と混ざったみたらしのタレは、少しだけ苦い。

帳面には、書物から得た知識が書きつけてある。

 

キツネが出てくる書物は、おもしろおかしく脚色された草紙物か、童謡が多かった。

僕は書き写した詩を眺める。

 

コギツネ 木枯らし 小塚原

岡惚れしたキツネの子 岡っ引きに連れられてくよ

哀れコギツネ

気が狂ったのは恋をしたせいじゃろかと

 

人間に恋をしたらしいキツネが、檻に入れられてしまう様子を歌った詩だった。

置いてけぼり事件とは関係なさそうだったけれど、写してきてしまった。

 

人間とキツネは結ばれないのだろうか。

 

――静を嫁にください!!

 

どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。

まだ、口づけさえしたことないのに。

静の気持ちを確かめもせずに。

 

あの日は天気雨が屋根を打つ音が妙に耳障りで、空にかかった虹でさえ少しも気を和ませてはくれなかった。

七色の橋は静の眉に影を落とすことしかしなかった。

 

 

僕は静を笑わせてやれるだろうか。

笑顔、から真っ先に連想したのは始終笑ってた玉藻の顔だった。

キツネの親玉だ、とかいうあいつは一体何を考えているんだろう。

「置いてけぼり事件を解決した方に娘をやる」

玉藻にとって大事なのは、娘の幸せかキツネ一族の幸せか、どっちだ。

静、

思わず、心に浮かんだ名前が口に出た。

 

帳面の記した、キツネの童謡の続きに目を通す。

 

こんこん コギツネ

ひもじくって檻をかじる。

そうして隣の牢に住まう男の ニッキチョウをくすねちまった。

もうね 牙は墨で真っ黒さ 隅々まで齧ったからね

ニッキチョウを取られた男 全部失くして名無しになった

 

 

 

ニッキチョウ、名無し、という言葉が、頭にひっかかる。

単なる恋の唄には思えない。

 

 みたらしのタレがまた零れ落ちそうになり、あわてて口へ運んだ。

茶を啜る。

静のいれた茶が飲みたい。

 

 喉を潤していると、すぐ傍から女たちの噂話が聞こえてきて、つい湯のみを持つ指に力がこもった。

「この先が楽しみよ。若いのに、もうお国のこと考えてて、一生懸命だし頭はキレるし」

女たちは浮かれた声で話を続ける。

「知ってる? 江戸で起こった事件を解決するために、家臣を江戸の町に回して情報を集めてるんですって。それからね、統計ってやつを取ったり目安箱を復活させたりするらしいよ。立派よねえ」

 

僕は生唾を飲む。

 

「生活はちょっと苦しいけど、智永さまがいるからね」

将軍の息子が、こんなに愛された時代があっただろうか。

彼女らは晴れやかな顔で智永を応援していた。

 

静だって、本当は智永が好きなんじゃないのか?

 

 

茶屋が少し混みあってきた。

 

 手がかりをつかむまで、地道に当たっていくしかない。

聞き込みの続きをするか、と団子皿を空にしようとした時だった。

 

となりに男の子が腰掛けた。

歳は六つくらいだろうか。

はて、と子供の足を見る。

身なりはなんてことないが、鼻緒が真っ黒で、古着を無理に玉結びにしてこさえてあった。

僕はそれを凝視する。

残りの団子一本をそいつにやることにした。

 

「おまえ、帰るとこあるのか?」

 

少年は団子をくちいっぱいに含んだまま、目を見開いた。

 

草履を直す金さえ無さそうだった。

雑な玉結びは応急措置として自分で直したのだろう、大人ならもっと綺麗に結べる。

親は、と聞けば、少年はおずおずと父親のことを語った。

 

ちょっと前まで、父さんと僕は竹とんぼで遊んでたんだ父さんが作ってくれた奴だよ、飛ばした竹とんぼがお堀に落ちたんだ、それを父さんが拾った後。

 

「後……」

 

少年は、そこで口を噤んだ。

小さく深呼吸するのが聞こえた。

 

それを拾ったあと、ぼくのことを無視してどっかいっちゃおうとしたんだ、だから追っかけたら、お前なんか知らない、ってぼくを追い払った。家に入ろうとしたけれど、お母さんがなんと言ったって、お父さんは聞かないんだ、俺の子じゃないっていうんだ、しまいには、お母さんがよそで作った子だろう、って……

 

 

「それで……」

それで、と少年は頬を抑えた。

良く見ると赤く腫れていた。

親に叩かれたのだろうか。

 

少年は、ごちそうさま、と竹串を皿に乗せると、走り去っていこうとした。

もう少し話を聞かせてよ、と追うと、少年は何を勘違いしたのか、ひゃあ、と声をあげて逃げる。

鬼ごっこじゃないよ、お代を請求しようというんでもないよ、だから逃げずとも。

そう言っても、少年は聞かない。

 

捕まえるのは簡単だ。

けれど、まだ六つの少年が、一人でどこに逃げ込むのか知りたかった。

 

塀や木陰に隠れて後を追う。

少年は無防備な背中を向けたまま、ぱたぱた走る。

長屋の裏に隠れ、少年が抜けて行った路地の向こうを覗き込んだ。

薄暗い空き地が広がっている。

屋根や壁の木板が割れ、穴のあいたボロ屋が並ぶ。

物置小屋よりひどい造りだった。

どの家にも表札すら出されていない。

外に張り出された綱に、破れかけた雑巾のような衣が干してある。

少年は、そのボロ屋に駆け込んでいった。

 

ふ、と、腰に重みを感じた。

腐った牛乳のような臭いがした。

衣がひっぱられる。

 

四、五歳ほどの女の子だった。

小さな歯だ。

力んでいる唇は白い。

僕の衣を齧っていた。

口いっぱいに衣を咥えている。

しゃぶっていた。

涎が染みこむ。

生暖かいシミが衣に広がっていく。

背筋が冷えていく。

幼子が歯を食いしばる分だけ、衣に深いシワが刻まれた。

 

どうしたの、と問う。

 

少女は僕の衣から口を離した。

解けた糸のように、衣と少女の唇とを一本の唾液がつないでいる。

 

「お腹へった」

 

少女は言った。

 

「お父さんをちょーだい」

 

衣と唇を繋いでいた唾液が途絶えた。

 

少女はもう一度、僕の衣を乾物でも味わうようにじっくり噛み始めた。

 

少女の顔はくすんでいたけれど、目には小さな光があった。

ただその光も、こけた頬と泥のついた眉に埋もれて、曇ってしまいそうだった。

頭を撫でてやりたくて手を伸ばした時、少女はぱっと手を離し、ボロ小屋へ逃げ帰った。

 しかし、少女が小屋へ入ろうとすると、中から現れた大人が少女を追い払った。

「行き場所がないのは、どの子も一緒なんだよ!」

外で遊んでいた子供らが、その言葉に顔をこわばらせた。

 

 

まさか。

僕は、まじまじと目の前の光景を眺めた。

 

この貧民窟には、置いてけぼり事件で行き場を失くした子供らが集まっているのだろうか。

そんな気がして、足がすくんだ。

 

 

玉藻の顔が頭を過った。

「置いてけぼり事件の原因はキツネだよ」

どうして、キツネはこんなことを。

まさか静も荷担しているのだろうか。

 

あの童謡が脳裏に浮かぶ。

 

――岡っ引きに連れられてくよ。

 

キツネは敵なのだろうか。

だとしたら静は?

 

 

陽は傾き、木々が橙色に照らされていた。

ふらついた足取りで静の家へ戻る。

静、と名前を呼ぼうとした時、ヒグラシが一斉に鳴きはじめた。

責めたてるように鳴くから、首筋を冷や汗が伝った。

嫌な予感がした。

 黙って戸に手をかける。

鍵がかかっていた。

僕はふところに手を差し込む。

取り出したのはキセルだ。

煙草は吸わないけれど、便利だから持ち歩いている。

キセルの形は、ピッキングに丁度良い。

 

キセルの吸い口を隙間に差し込んで回すと、簡単に心棒が動いた。

音を立てずに戸を開ける。

ヒグラシの鳴き声がうるさかった。

部屋を見回す。

 

「静」

 

物音がした。

鼠だ。

 

草履のまま部屋にあがり、真ん中で立ち尽くした。

もう一度静の名を呟く。動悸が高まった。反応がない。

 

鼠がキュウ、と鳴き、部屋の隅に消えた。

途端に、ついたての向こうで何かを強打する音がした。

 

僕は即座に回り込んだ。

なまぐさい、潮のかおりがした。

ついたての向こうには、白い破片が粉雪のように散らかっている。

 

その中心に静がいた。

石を持っている。

 

畳に血がついている。

何か踏んだ。

紙片……?

足から血がでていた。

怪我をしたらしい。

静はぼくに背を向けたまま、石を振り下ろす。

折れそうに細い腕だ。

静の手元から破片が舞う。

鋭い破片は、赤い陽射しを受けて、鮮血のように飛び散った。

 

「静、何してるの」

 

 

静が横顔を見せた。

美しく通った鼻筋。

怜悧な横顔はキツネを連想させた。

 

キツネでもいいから。

 

抱きしめたくて一歩踏み出せば、散らばった破片が足の裏に食い込んで、

口元が歪んだ。

 

 

 

 

 

(明日に続く ※明日も今日と同じ暮れ六つ更新です)

 

(これまでの内容を読む→目次 ※ 更新順に並ぶのでブックマークをおすすめします)

 

 

 

【ランキング参加中♪】

面白かった人はぽちっとランクリお願いします☆↓↓↓↓

ネット小説ランキング>妖式コンゲーム

妖式コンゲーム

 

【ランクリを知らない人へ】ネットで小説などを読み終えたあとに、上のようなランキング用のリンクを押すと、そのランキングを提供しているサイト上で評価が上がります。押すと作者が大変に喜びます。

nnr

 

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加