前回のお話→清澄回(六)を読む。

妖式コンゲームとは何か。

 

 

 

畳の落ちた血は、網目状に広がり藺草に染み込んだ。

足の裏が痛む。

静がちらした白い破片は深々と突き刺さっているようだった。

おそるおそる、抜き取っててのひらに転がす。

片面は白いが、もう片面は黒かった。

焦げ跡だろうか、違う。

これは紙片? 陶器の欠片? 親指で撫ぜてみる。

 

破片の爆ぜる音が止んだ。

静が振り返る。

 

何してるの、と僕は問う。

静はてのひらいっぱいに何かをすくい、それを目の前に差し出した。

シジミ、か?

 

 

「貝殻割ってた」

 

なんで?

 

「割った貝殻で貼絵をしたりするのが流行ってるんだって」

 

間が悪いよ。

 

 

キツネモード全開で奇っ怪な行動をしてるわけじゃない、と知り、僕は胸をなでおろした。

「夕飯は貝の炊き込みご飯と味噌汁にするね」とのんきに笑っていた静が、割れていない貝殻と、その中身を置いた。

畳の上に、鎧のような貝殻と、剥き出しの生身とが並ぶ。

その二つを差し出して僕に問う。

 

「どっちが貝だと思う?」

 

どっちかは貝じゃないの、と聞き返せば、静は、本体はどっちなのかな、とつぶやいた。

器か、内蔵か。

どっちが重要かを知りたいらしい。答えに窮する。

 

 

「味噌汁に入れただけでバラバラになっちゃうのにね、身体と心」

 

そういって、静は貝殻と身を二つずつ用意した。

囲碁でも嗜むような手つきで貝に触れる。

貝殻から身を剥がすと、それぞれの中身を入れ替えた。

ほら取り替えっこだよ、と貝を指さした。

僕は内蔵のある方が貝だ、と主張してみたかったけれど、取り替えっこした貝は、見た目も中身も変わらないようにみえたから、どっちが大事か判断する必要がない気もした。

 

どうしてそんなことを、と質問の意味を訪ねようとした時、風鈴が鳴った。

窓際を睨む。

風一つ吹いていないのに、おかしい。

風鈴の音はぴたりと止んだ。

庭に男が立っている。

そいつは風鈴の先についた短冊をつまんでいた。

 

あの風鈴は、人為的な音だったのか。

 

玉藻の仕業だった。

静は僕の前に並べていた貝殻二つをさっと片付けた。

 

 

「どう、解決できそう?」

 

玉藻が笑うと、雨粒がひとつ滴って、朝顔の葉を叩いた。

玉藻の笑顔に圧されたように、空には太陽が照っている。

けれど、今日も天気雨だった。

庭に現れた玉藻は、呼び鈴がわりに風鈴を鳴らすと、おじゃましてもいーい? と静に尋ねた。

軽々と敷居をまたぐ仕草はどこか子供っぽい。

玄関で眠っていたネズミが玉藻の足元を横切った。

玉藻がふいと足をどける。

 

ネズミの悲鳴が聞こえた。

 

足元にいたネズミが消えていた。

まったくもう、と玉藻がため息をつく。

僕は固唾を呑んだ。

一瞬のうちに、ネズミは玉藻の手の内にいた。

何が起こったのか、微塵もわからなかった。

ネズミの首を摘んでいる玉藻は、それを庭に放り投げる。

 

「さて。邪魔無く、進んでる?」

 

 

つい頭に血が昇った。

盗人から犯行予告状を受け取った奉行所の人って、こんな気持ちなのかもしれない。

置いてけぼり事件の主犯にして、静の父である玉藻を前に、動悸が早くなる。

 

 

「わかってるよ」

 

威勢よく啖呵を切れば、静が目を見開いた。

 

「ずっと不作が続いてるから、口減らしのために子供を堀に捨ててるんだろう。堀から聞こえる声は人売りの声だ。おまえたちキツネは、人売りに化けて子供を攫ってるんだろう」

「わたしたちキツネが子供攫って、なんかいいことあると思う?」

僕は押し黙った。想像力は大事だけどね、と玉藻は扇で仰ぎながら笑い、言及した。

「それに、口減らしのために子供を堀に捨ててるんだったら、親はどうして子供のこと忘れちゃうの?」

 

玉藻が扇で起こした風に揺られて、風鈴が鳴る。

神経を逆なでする音だ。

僕は、覚えていると辛いからだろ、と答える。

 

「でも、父親だけが子供のこと忘れてて、お母さんは覚えてる事案多くない? 夫婦喧嘩の原因になってるってさ。普通、忘れたフリなら一緒にするでしょ。共犯なんだから」

 

それにねぇ、と、玉藻はひょいと畳についた血の染みを避けながら続けた。

 

「わたしが聞いたのは、解決策、だよ。今、君が話したのは原因、動機。それとも、原因がわからなきゃ、解決策が練られないのかな?」

 

口をつぐんだ。

柔らかな風鈴の音も、梢の揺れる音も、すべての音が勘に障った。

 

 

玉藻は、今日はあのコはいないんだ? とあたりを見回して智永の姿を探す。

僕は「あいつは城で対策を練ってる。すぐ新しい策をうって出るね」

と居丈高言い放ったが、

玉藻に「あのコの方が先手を打ったのか」と事実を告げられて、鼻っ柱をおられた。

そうだ、敵は玉藻だけじゃない、今は智永とも競い合っているんだ。

 

一歩出遅れてる君にヒントをあげるよ、と玉藻は扇を閉じると、その切っ先を僕に向けた。

悔しいけれど、耳を傾ける。

 

「これまでのことを全部思い出してごらん」

 

帰り際、玉藻はもう一度風鈴の短冊を摘んで鳴らした。

それじゃあ、と玉藻はゆるり踵を返す。

玉藻が出て行った後も、風鈴の音は部屋に残った。

その余韻を打ち消そうと、頭抱える。

天気雨は上がり、ただの晴れ間が戻った。

 

 

静が喉を鳴らした。

ため息を飲み込んだ音らしい。

玉藻が消えた後も、張り詰めた空気はそう簡単に消えなかった。

僕は玉藻の言葉を反芻させる。

――これまでのことを全部思い出してごらん。

それがヒント?

 

静が、痛っ、と目をつぶった。

貝殻の破片を踏んづけたらしい。

さっきの静の話を思い出した。

貝と身体と身。取り替えっこ。なんでまた急にそんな話を。

昔のことを思い出していると、静が、帳面、帳面、と僕を揺さぶった。

「復習」

そうだ、置いてけぼり事件のことを思い出すんだ。

 

帳面を開き、調べたことを読み返している時だった。

静が少し怯えた目で、ねえ、と僕に話しかけたのは。

 

 

「置いてけぼり事件、清澄くんが解決しないといけない?」

 

 

帳面を閉じた。

ヒグラシの鳴き声が、すぐ傍で聞こえた。

手に汗をかいた。滑る拳を握る。

静の瞳が暗いから、日が暮れかけているのだろうと知る。

 

「何言ってんだ」

よかった、ちゃんと冷静に答えられた。

 

清澄くんが解決しなきゃいけない?

静の言葉をかき消すように、ヒグラシが喚き立てる。

 

「智永についていきたいのか」

 

静は僕の袖を掴んでいた手を素早く離した。

僕は言いよどんでいる静から目をそらした。

本棚の角を睨む。

活字は一文字も頭に入ってこない。

 

智永が解決するのを期待してるのか。

父が起こしているこの事件を解決されては、困るのか。

静も置いてけぼり事件にかかわっているのか。

 

一冊の本が落ちた。

静も僕も、拾わない。

 

「玉藻はあたしを景品にして、遊んでるだけなんだよ?」

 

「遊びだから負けてもいい、ってわけじゃない」

 

「お味噌汁飲まない?」

 

「こういう時に話そらすな」

 

静は僕から目を逸らした。

手持ち無沙汰なくせに、何に触れるのにもためらわれた。

ヒグラシの鳴き声も落ち着き始め、あたりはそろそろ暗くなりはじめる。

静が口を開いた。

 

「怖い」

 

 

何がだ。

聞くのも面倒くさかった。

僕は腰を上げると、行灯も持たずに家を出た。

いつもなら、いってらっしゃい、と言ってくれる静なのに、今日は送り出すことも、引き止めることもしてくれなかった。

 

日暮れを知らせる鐘が鳴る。

油売りの売り声だ。

行灯を下げた同心与力が見回りに出ていた。

まだ、光がなければ歩けないほど暗くはない。

道端に備えられた稲荷社に向かってつぶやく。

静が欲しい。

けれど、そのための手段もわからず実力も伴ってない。

 

 

左右を見渡した。

複雑な道ではないのに、迷ってしまった。

人に方向を尋ねるのも、誰かについていくのも嫌だった。

まっすぐ先に進んでいくのも気が引ける。

 

適当に曲がり、狭い路地に入る。

湿気があり、木の塀には苔がへばりついていた。

 

足を止める。

楽器の音だ。

三味線だろうか。僕は音の出処を探した。

琵琶だ。

三味線より、低く渋く音がよく震えてる。

 

 

青い布を首に巻いた琵琶法師が、路地に座り込んでいた。

琵琶を膝にのせ、脱力した姿で弦を鳴らしている。

なかなか上手い。

もっと人通りの多いところで弾けば良いのに、

と小銭をやろうとした時、おかしな事に気がついた。

 

喜捨を投げ入れるための布には、枝で休む鳥の絵が縫いつけてある。

琵琶が響いた。

すると、布に刺繍された鳥が顔をあげた。

琵琶の調子がよくなれば、糸でできた鳥は羽を広げて、布の中を飛び回ったのだ。

 

僕は琵琶法師の指を見る。

血の気が引いた。

もっと恐ろしいことに気がついてしまった。

 

弦を抑える指先が真っ青だ。

琵琶法師の目には血しぶきでも浴びたような茶色いあざがある。

 

「お前……その目は生まれた時から見えないのか?

なんだ、その火傷の跡」

 

琵琶法師は手を止めた。

すると、刺繍でできた鳥も動くのを止める。

昔話に付き合ってくださいますか、と白く干からびた唇を開いた。

 

彼の話を聞いて、僕は思わず二歩後ずさった。

こいつは、目が見えていないはず。

だから襲い掛かってきたり、しないはず。

けれど、男の目が見えないその事実こそが怖かった。

 

 

――頼む……お願い、お願いだから、いっしょにきてくれよ………

 

 

投げた草履。

舞い上がる薪木。

飛び散る火花。

男の悲鳴。

 

逃げるぞ、と叫ぶ智永。

 

 

あの日の記憶が頭をかけぬけて、額に嫌な汗が滲む。

 

そこにいる盲目の琵琶法師は、かつで出会った染物屋の男だった。

 

 

 

 

(明日に続く ※→清澄回(八)

 

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