これは夢? 現実を疑うのって、どっかが痛い。

幸せすぎてまるで夢みたい! って興奮よりも、

これ夢であってほしい、って願うことの方が多いからかも。

 

だから痛い。

今も痛い。

具体的に言うと、わき腹のあたりが痛い。

あと太もも。多分筋肉痛になる。

 

まじですか。嘘でしょ?

いいえガチです。

なにこの炎上。

悪いことなにもしてないんですけど。目立つようなこと何もしてないんですけど。

くっそ、くっそ。とりあえず逃げてるなう。息切れなう。

 

 

クワガタが追いかけてくるなう。

 

 

振り返れば全長一メートルはあるクワガタ三体、いいや四体? あれ、五体に増えてね?

そいつらはオウムのごとく草木をなぎ倒し無言で細い節足を動かしあたしを追いかけてくる。

もしあたしがナウシカだったらここでくるっとターンして

「お願い! 止まって!(抱擁)」

とかできちゃうかもだけど無理。だって振り返ればそこに二本の鎌が。

クワガタに抱擁されたら胴体真っ二つじゃん。

 

だから走る。そして逃げる。

 

 

 1_クワガタに追われるJK

 

 

 

ほんとなら、今頃は最高に熱い夏wwで青春をエンジョイwwしてるはずで、

少なくともこんなはずじゃなかった。

 

 

 

 

一時間前。

あたしは毒を吐きながら懐中電灯と虫取り網を振り回していた。

 

 

夏休みなんか燃えて吹き飛べ。

どうせ夏期講習で埋まってるし?学校ないの楽だけど家にいるのもダルい。

 

「高一の夏休みは大事だぞ、マラソンはなスタートダッシュが大事なんだ」

「高二の夏休みは大事だぞ、周りに差をつけるチャンスだ」

「高三の夏休みは大事だぞ、今ならまだ逆転できる、お前ら受験生なんだから気を抜くな!」

 

わかってるけどさー。

無駄にしていい一年って、ないの?

 

一年くらい無意味に過ごしてみたい、毎日ぽよぽよしてみたい。

一日一日を大切に生きるとか、だるぽよ。

 

 

今日は彼氏とホタルを見に来る予定だった。

墓場の裏山に清流があり、そこは夏になれば火の玉と見間違うほどホタルが飛び交う。

肝試しとホタル見物が一挙にできる穴場スポットだ。

それなのに。

 

 

『ごめん、全統模試の結果サイアクで、受験生失格って言われた。で、夜中まで特別授業が』

 

 

はあ。そうですか。

くだらなすぎてディスる気にもならなかった。

『いいよがんばんな』とメールを返したけれど、なんだかやるせなかった。

『ごめん』って返事がきて、余計に追い込まれた。

 

 

いい女ならこんな時どうする……?

 

 

ど……う……する?(首かしげ)

 

 

どーしよっかにゃーん(ぷげらー)

 

 

 

ホタル、捕まえよう。

 

 

一緒に見に行けなかったからさ、ホタル取ってきたよ。

ひとりで。

見たい、って言ってたよね?

あれ、言ってなかった? でも、言葉にしなくってもわかってるよww

部屋で一緒に見よv

約束断られて寂しかったからさ、一人で見に行ってきたのv

で、綺麗だったからリクにも見せたくて、ホタル、持ってきたよwww

本当は二人で見に行きたかったんだけどどうしても都合上無理って時あるもんね、迷惑かけたくないし嫌われたくないし、無理して一緒にいようなんて思ってないよ、負担とか重荷にはなりたくないもんお互いのこときちんと尊重したいよねお互いの時間とか大事にするべきだもんね少しでも一緒にいたいとか思っちゃうんだけどさ、でも別にいいんだこのホタルあげるねあげるよだからこのホタル見てる間だけこのホタルが生きてる間だけあたしのこと考えてよどうせすぐ死んじゃうんだけどさこのホタルそしたらまた新しいのとってきちゃおっかな部屋に何もないのは寂しいもんねw夜に月が必要なように一人の夏にはホタルが必要だもんねwホタルという名の愛の光が欲しいよねw

 

 

激コワ。

 

 

だよね、いい女ぶりたいっつーか、嫌がらせがしたいね

どんびいてるリクの顔みて

ざまあwwwって嘲笑いたいね。

 

 

「おねーちゃーん、クワガタ欲しいよう」

にやにやしていたら、リビングでフルーツ牛乳を飲んでいた弟があたしの服を引っ張った。

「じゃ、虫採り行くか」

「行くー!」

 

嫌がらせは考えるだけで十分満足。

その計画は数秒後には、弟とクワガタを採る計画に変わった。

小学生の弟を従えて裏山に入れば、弟は灯りによってくるクワガタを採るのに夢中になった。

 

 

ふと林の奥に目をやると、頼りない光が点滅しているのが見えた。

――向こうにいるの、ホタルだ。

 

目を凝らせば、遠くに黄緑色の光が、すぅっと細い線を描いている。

もう少し、近くでみたい。

弟を置き去りにして、その光を追いかけた時。

 

 

何か踏んだ。

 

 

木の幹? いや蛇?

嫌に弾力がある細長い……

 

 

クワガタの足。

 

 

 

眠りから目覚めたらしいクワガタは、トラクターのタイヤくらいの大きさの……これ、なんていうの? クワ!? ハサミか! その武器をガチガチ鳴らしながら頭をもたげ、後ろ脚で土を蹴った。

 

 

で、クワガタ、まだ追ってくるなう。

 

いい加減、走るのが辛い。

わき腹が痛い、酸素が足りなくて眩暈、いちかばちか、戦うしか……!

戦い方、わからん! 無謀! だけど!

あたしは振り返ると虫取り網を振りかざし、平らな頭を思い切りたたこうとした、ら。

 

飛んだ、クワガタ。

 

バケツで思い切り頭を殴られたような衝撃。

クワガタが、あのハサミを使ってあたしの額をチョップしたのだ。

両足が軽くなる。腰の力が抜けた。崩れ落ちる、というより、体に溜まってた重さが消えて、どこかに飛んで行けそうだった。

夜の深淵な森を見つめていたはずの視界に少しずつ白く霧がかかり、どこからかヒノキの燃えるような香ばしい匂いがした。

 

 

 

 

 

夢から目が覚める直前。

 

今、ハザマにいるのかも、と気づくことがある。

夢の中で手を動かしたとき、あ、きっとこれ、現実でも連動してるな、とか。

今感じてる暑さは、現実の温度が夢にまで伝わってきてるんだ、とか。

わかる時がある。

ハザマだと意識した時は大抵、起きなきゃ、起きなきゃ、と悪夢でもないのに焦ってしまう。

中間っていうのは気持ち悪くて、夢に戻るより現実に戻る方が簡単だからだ。

 

その感覚が、久しぶりに来た。

 

 

 

魚、焼いてる……?

 

すこしくすぐったくなるような、煙の匂い。

 

 

これは夢の中のにおいじゃない、きっと。

 

起きなきゃ、起きなきゃ。

あたしは目を擦ろうとしたけれど、腕がうまく動かない。

水を含んだ布団に押しつぶされてるみたいな。

左手の小指にだけ、力を入れてみる。金縛りにあってるわけじゃないんだけど。

 

 

深呼吸。息を吐けば瞼が軽くなった。

 

 

空。

 

紫。

 

雲。

 

黄。

 

 

こんなに鮮やかな空、初めて見た。

 

 

 

「喧嘩してないで、今はひとまず避難しなくっちゃ」

 

「あたしゃ、こいつのそーやって七変化するとこが信用できないって言ってんの」

 

「商売だからねェ。実利でいうなら、一番やりそうなのは君じゃァないかい? 江戸で火事が起きればありがたいだろ?」

 

 

 

江戸の……火事……?

体が上下に揺れている。

足が、地面についていない。

ひざの下と背中に回されている手はほっそりしていて女の人のそれみたいだ。

「おや、お嬢さん、お目覚めかィ?」

 

あたしをお姫様だっこしていたのは、鼻筋の通った顔立ちの男の人だった。

 

「おろしてやれよ」

傍にいた女の人がそう指摘する。

ローファーでそっと地面を踏む。

あたしを抱きかかえていた男の人は白い着物を。

後ろにいる男の子は黄色。

脇にいる女の人は赤い着物で、何故かダチョウに乗っている。

 

 

百合。

向日葵。

胡蝶蘭。

小さい頃、お花屋さんが怖かった。

この世の物とは思えない、色鮮やかな花に見下されて。

不思議の国のアリスみたいに、違う世界にひっぱられていきそうで、腰がすくんだ。

目の前にいる奇妙な三人組を見ていると、花屋に踏み込んだ時の気持ちを思い出した。

 

 

真っ白い着物の男の人は、吹き出物一つない透き通った肌に切れ長の瞳で、おかしいことなんてないだろうに、うっすら笑みを浮かべていた。

綺麗な人。

じっと見とれていたら、琥珀色の目をした背の低い男の子が口を開いた。

「大丈夫? ずいぶん寝てたね。危うく、焼け死ぬところだったよ」

 

寝てた?

焼け死ぬ?

空が大きかった。

木の葉と夜がまじりあって黒一色だったはずの空、

今ではすっかり明るいし、あたりには木が生えていない。

「あたし、どのくらい寝てました?

っていうか、ここ……?」

道幅二メートル程度のメイン通りは人の往来が激しい。

肩に天秤棒を担ぎ、朝顔や風鈴を売り歩く商人。歌と踊りで客を引きアメ玉の宣伝をする男。

三尺六寸、目玉の三つある人魚が出たぞー!と叫び用紙をばら撒く男。

なにこれ。見たことない景色。

なのに、妙に懐かしいような。

 

2_初登場3人

 

書道室のドアを開けた時のような、墨汁の古く澄んだかおりが町中にただよっている。

あたしがいるところは大通りから一本奥に入った所らしい。

 

大通りから「一枚三文だよー!」と叫ぶ声。

 

三文? お金の単位、だよね?

朝顔売りに瓦屋根、三尺六寸三つ目の人魚?

時代劇の中みたい。

 

ま さ か

タイムスリップ、した?

つーかタイムスリップ、したい。

もしかしてあたし、井戸とか落ちた? 落ちたよね? 骨喰いの井戸。

 

じゃ、目の前にいるのって、半妖?

「妖怪?」

 

ダチョウに乗った女の人が顔をしかめた。

そのダチョウは確かに妖怪っぽいけど、お姉さんは色っぽくて綺麗だ。

「不気味な顔っていいたいの?」

 

「ここって、東京…?」

 

「トウキョウ?」

 

男の子が首をかしげた。

 

「ここは永代橋の近くだよ。あっちが深川。君、江戸ははじめて?」

 

江戸。

 

 

え、ど?

 

 

 

 

 

 

 

戦国時代じゃなかったー!

 

(明日へ続く →第一幕(二)

 

 

 

 

 

 

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タイトル見て気づいた人へ。

家の裏でマンボウが死んでるPさんの【クワガタにチョップしたらタイムスリップした〛ですね。

【GUMI】クワガタにチョップしたらタイムスリップした【オリジナル曲】 – ニコニコ動画:Q

知らなかった人は、素敵な曲なのでぜひ聞いてみてください。

歯並びの遺伝辛い。

 

 

 

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