前回の内容 → 第一幕(一)を読む

 

 

 

 

日本史で一番得意なのは縄文・弥生時代だった。

遺跡の場所とかマジで完璧。

だって新学期が始まる四月頃は、一番真面目に勉強するからね。

まだ授業やる気ある頃だからね。

夏休み明けの中弛みしてる頃に習った江戸時代は、あんまりよく知らない。

 

「江戸?」

 

ピースメーカーとか薄桜鬼とか銀魂とかの舞台になった、江戸?

 

「君、江戸に下ってきたの? 火事があった長屋の近くで倒れてたんだよ」

少年が尋ねる。

 

「それ、都の服? 綺麗だねェ。肌の綺麗な女の子はいいね。色が白いは七難隠す、っていうくらいだからなァ」

真っ白い着物の男の人は、うっすら浮かべた笑みを崩さない。

 

「あんた、この男に近づくのだけはよした方がいいよ」

ダチョウに乗った女の人は険しい顔であたしに忠告した。

小柄な男の子が、まぁまぁ、と仲介に入った。

火事?

江戸?

この三人組何者?

 

あたし、なんでここに?

 

 

これ、夢?

 

 

 

「そこの女ぁ!!!」

 

背後から、やけに舌を巻いた怒鳴り声がした。

ダチョウに乗った女の人が「アぁっ?」と見得を切る。

「深川の火事の件で話を聞かしてもらいたい、おい、お前だそこのひょろ長い女!」

 

頭のど真ん中だけを剃りあげた男二人が、あたしを指さして怒鳴る。

 

「襟の大きい水色の羽織、背丈は高く着物の裾は短く無地、髪は巻き毛。

お前の姿はなぁ、火事のあったあっちゃこっちゃで目撃されてんだよ!

小伝馬町の方までついてこい!」

 

どういうこと?

白い着物をきた男の人の顔を見上げると

「君、放火魔だと疑われてンだねェ、捕まったら、間違いなく死罪だよ

彼はハハハ、と気楽に笑った。

 

 

放火魔?

 

死罪???  し、ざ、いーーー?

それって、逃げるのが一番得策だよね?

 

「つかまえろ!」

 

逃げれば追われる、そんなの知ってる、けど。

これ、ふりきるしかないよね?

いちかばちか、戦う……?

 

どうやってじゃ?

わからん!

男二人は両手をだらんと下げてすり足気味に両足を動かし、

忍者走りで追ってくる。

ださぽよ。

 

てか、なんで追ってくるわけ?

 

考えるな。

考えると足遅くなる。

 

でもなんで追ってくるわけ?

も、もうやだ意味わかんないいっそ捕まってもいいよ、イケメン警官とかに尋問されるならそれでもさぁ……

い、

いや、

 

いやいやいやでもでもでも。

あたしは喉がひからびて口の中に砂埃がへばりついても肺が熱くなってきても

むざむざと足を止めたくなかった。

あたしの特技、逃げることと、あきらめないこと。

この二つは矛盾じゃない。

いくら走っても走っても、セーラー服で爆走する姿は目立ってしまう。

町の中には、細い路地がいくつかある。

あたしは家と家の隙間に身を隠した。

路地に隠れてやり過ごせばなんとか……な……ry…

 

 

「あそこの路地だ!」

 

 

ならない!

 

 

足、速すぎね?

 

追手まくのって無理ゲーじゃね?

 

マンガみたいに、天井に登ってやりすごす、とか忍者的なことできないし

大きいゴミ箱に潜むとか下水道に隠れるくらいなら捕まった方がマシ。

 

屋根の下に桶があった。

あたし一人くらいならすっぽり隠れられそうな大きさだ。

やりすごせるか?

桶を覗く。中には水が入っていた。

 

息止めるのは一分が限界。

つーか、この水キレイなの? 桶の淵に、タマ虫止まってんですけど。

 

が!

 

 

無理。

ちょっとこれ女子的に無理。

 

 

タマ虫のせいで逃げ場がない。

 

 

 

あきらめます?

振り返る余裕はない。

全く疲れを感じさせない足音が近づく。

すぐ後ろ。

相手の吐息の音が聞こえる。

逃げられない。

走っても走っても、どうせもう捕まるんだ。

首筋が冷える。

敵の息遣いが耳に届く距離。

レモンの香りがして、口にすっぱい唾液が溜まった。

 

もう駄目だ。

 

走れないお腹痛い。

 

 

「乗れよ」

 

 

 

 

ダチョウだ。

 

 

 

颯爽と走るダチョウ。

さっき会った三人組のうちの一人、色っぽいお姉さんが

ダチョウにまたがりあたしに手を差し伸べている。

 

3_JK救出

 

 

ダチョウがあんまりにも大きく口を開けているから、食虫植物、ハエトリソウを思い出した。

虫を誘い込むかどうかはわからないけれど、ダチョウの口臭、レモンの香りだ……誰得。

 

さっき首に当たったのって、獣の吐息か。

 

「そのダチョウは仲間か!? 待てっ!」

追手の怒鳴り声がすぐ後ろで聞こえる。

 

ダチョウはぶるるん、と馬みたいに唸り、お姉さんは、早く、とあたしの腕をつかんだ。

 

「女なら、おっかけてくる男にすんなり捕まっちゃだめさ」

 

彼女はあたしを手を引っ張ると、ダチョウの背中に乗せ、自分の体にしっかり捕まるよう指示した。

 

追手は十手を振り上げた。

もう片方の追手は縄を取り出す。

突き出した十手の先があたしの髪の毛をかすめた。

 

「一秒だけ目ぇ閉じな」

 

帯を強く握る。

逃げ切れる……?

目を開けた。

 

 

「声は出すなよ」

 

さっきまでいた路地とは、別の横丁に移動していた。

ダチョウは足を折り曲げて伏せ、天水桶の影に隠れている。

いつのまに?

少し離れたところから「消えた」「目の前からいなくなったぞ」と追手が騒ぎ声がした。

 

 

「瞬間移動」

 

 

彼女は得意げな顔をした。近くにしか行けないけどな、と笑う。

追手の足音はもう聞こえなかった。

どうやら私たちは逃げ切ったらしい。

 

お姉さんはダチョウの頭を軽くたたき、こいつはラオコーンって言うんだ、と誇らしげに言った。

 

「ダチョウに乗るのは慣れなきゃ酔う。少し一緒に歩こう」

 

お姉さんはラオコーンから降りた。あたしも慌てて降りる。

 

あんた、名前なんていうの、と聞かれたから、クルミ、と答えた。

彼女の名前は、朝里、というらしい。

 

道幅は一メートルもなく、地面は横断歩道みたいに点々と置かれた板で舗装されている。

どこからか厠のにおいが漂う。

軒先に風鈴や朝顔を置いている家もあり、路地からは家の中の様子がちらほら見えた。

三畳ほどのスペースしかなくて、がらんとしている。

日中は、家に閉じこもっている人はほとんどいないらしい。

 

また見つかったら、と思わず呟けば、朝里ちゃんは、ははっ、と笑った。

 

「その時はまた走ればいい」

 

胸がすっと軽くなって、風が前髪をさらっていった。

続いて、ラオコーンがみゅうううん、と鳴いた。

なんだ、人の言葉が話せるダチョウとかじゃないのか。

 

 

ってかラオコーン?

 

 

って、これだよね……??

 

 

 

 

 

 Laocoon

 

 (明日へ続く →第一幕(三))

 

 

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