前回の内容→第一幕(二)を読む

 

 

 

巨漢なおにーさんと鉢合わせしてしまった。

 

 

人通りの少ない道を選んで歩いてたのに!!

 

ダチョウが、しゅああ! と唸る。

思わず身構える。

男は角ばったてのひらで頬を掻くと、親しげに口を開いた。

 

朝里ちゃんの知り合いらしい。

「朝里ちゃん、こんな薄暗い通りにいちゃ危ないっすよ! 素知らぬ顔でお天道様の下を闊歩する悪い男がこの江戸に何人いるかわかったもんじゃない!」

 

褐色の肌、筋肉質。

巨漢おにーさんは気さくに笑った。

そのおにーさんが朝里ちゃんに近づくと、ダチョウはクチバシを開き威嚇した。

おにーさんは、ダチョウに軽く悪態づいて、朝里ちゃんから一歩離れた。

朝里ちゃんは、こいつは町火消の頭の辰徳だ、と彼の事を手短に紹介した。

辰徳は腰に巻いた紐をきつく結びなおすと、たとえ火のなか水のなか必ずお助けにあがりやす! と口上した。

め組、という火消の頭領であるらしい。

 

「昼間っからご苦労なことだね、仕事中かい?」

 

「そっか、火消! ねえ早く犯人捕まえてくださいよ? あたし犯人に間違えられて今大変なんだから!」

 

「まぁ、俺はなんでも屋といえばそうだが、今の俺の任務は犯人捜しじゃなくて、火があがったらすぐ消しに向か合うこと、なんだよなぁ。放火魔が捕まればそれに越したことねーけどよ。片足草履の放火魔なんて洒落た名前までついちまって」

 

魔。

 

 

辰徳は真面目な顔で説明してくれた。

 

江戸はただでさえ火事が多い。

もちろん、事故じゃなく放火だって少なくない。

けれど連続犯と思われるものは、今までになかった。

 

火事のあった家屋の玄関口に、共通の痕跡が残されていた。

地面に、楕円型の凹みが一つ。

それは丁度、小判草履が片方だけ埋まるサイズであるらしい。

道がぬかるんでいるわけでもない、足跡とも違う。

楕円の槌で打ったような様相。

まったく同じサイズのそれが、毎度毎度残されているのだ。

そのことから、小判型の凹みがある火事現場は、小判草履の放火魔の仕業、と言われているようだ。

それは、捕まったら死罪だろうなぁ……。

 

証拠不十分で不起訴システムとか、この時代に整ってんのかな……。

 

「落ち込んでる顔は好きな男の前でだけ見せるもんだよ」

朝里ちゃんがあたしのスカーフを引っ張た。

 

焼き魚の香ばしいかおりがした。

ねえ、おなかへっ……

 

辰徳と朝里ちゃんの顔が変わった。

辰徳は小鼻をぴくりと動かし、空を睨む。

朝里ちゃんは唐突に地面を蹴り、ダチョウに飛び乗った。

ダチョウは首を低くしていつでもスピードをあげられる体勢を採る。

 

二人とも、すぐ走り出せる格好のまま、静止。

 

な、何が……?

 

戸惑っていると、悲鳴が聞こえた。

ゲリラ豪雨かってくらいに、突如激しくなる足音、物音。

振り返ると、空へ立ち上る大きな煙の帯。

火事だ。

 

路地の向こうで大きな火があがっていた。

昼間なのに、巻き上がる炎が強すぎて、青空が暗くなる。

あたりに飛ぶ灰は雲になって陰を作る。

高い建物がないせいだろうか、風が強いからかもしれない、

 

 

「屋根の上に人が!」

 

 

「ありゃあ纏だ。火事に駆け付けたらまっさきにあれをあげて、俺らの組が今、火を消してるぜってアピールすんの。くっそ、出遅れたっ! 朝里ちゃん! 頼むから早く避難してくれよ! 風向きからすると、ここも危ないぜ!」

 

あたしはぼんやり火事を見上げた。

向こうに高い塔があり、警鐘が鳴っている。

 

「あれは火の見櫓。京にもあるだろ?」

 

「あんなに高いんだー」

 

すごい。

てゆーか、生の火事見たのはじめてだ。すごい。こんな大きい火。

 

写メ、撮っちゃお。

携帯の電池はまだ残ってた。

あたしは携帯のカメラで火事の写真を撮った。

 

朝里ちゃんがあたしの名前を呼んだ。

 

「ほら! 早く行くよ!

……あんたこっちに下ってきたばっかで、どうせ宿無しだろ。

放火魔だって疑われてるんじゃ、寝床探しどころか散歩だって楽じゃない。ついてきな」

 

ダチョウに乗って、朝里ちゃんに連れられるままに走った。

密集していた建物は次第に疎ら。

町の中では聞こえなかった虫の声がすぐ傍で鳴りはじめる。

人の数より木の数の方が多くなる。

逃げれば逃げるほど、目に映る景色が物寂しくなっていく。

 

朝里ちゃんは、石造りの門の前で止まった。

 

石畳の階段。

狐のお地蔵。

青いイチョウ。

 

いや、これは神社?

寺かも?

寺と神社の違いがわからん。

 

とりあえず、寺(仮)と呼んどく。

 

 

「あれ、さっき逃げた子?」

寺(仮)にいたのは、奇妙な三人組のうちの一人だった。

笑顔が可愛い、あたしより一つか二つ年下に見える男の子だ。

鞠貢、というらしい。

疲れた顔してるよ? と彼はあたしの顔色を伺った。

 

「安心して隠れられる場所なくて」

 

「ずっと走り回るわけにもいかないしな。鞠貢、どーせ部屋余ってるだろ? 昼間だけ匿ってやってくんない? 夜になったら迎えに来るから」

 

「いいよ。コーイチに昼ご飯の支度頼む前でよかったー」

 

もう少し疑ったりすれば?

得体のしれない女、家にあげて平気なの?

 

 

(いきなり知らない子預かるなんてちょっと…… )

 

とか言ってくれたらあたし、

自己弁護という名の鬱憤晴らしゲーができたのにさ、拍子抜け。

 

鞠貢が笑うと小さなえくぼができた。

朝里ちゃんは、こいつのとこなら安心、と微笑み、鞠貢は、いま庭に紫陽花が咲いてるんだよ、とあたしを寺の庭へ誘った。

 

「ここは、困ってる人たちが集まるとこなんだよね。俺がどうにかできるわけじゃないけどさ」

 

鞠貢は寺の縁側に座ると「去年、住職が死んじゃって寂しいんだよね」と呟いた。

 

「じゃ! ちと働いてくるわ!」

 

朝里ちゃんがダチョウに飛び乗った。

「ま、もしかしたらこの子、ほんとに放火魔かもしれないけどね!(笑)

いちお、よろしく!」

 

ちょっ!

 

と呼びとめようとしたけれど、朝里ちゃんはダチョウがたてた土煙の向こうに消えていた。

 

あたしも縁側に座り、靴を脱ぎ捨てて仰向けになった。

靴下まで脱いじゃいたい。

ここでなら、ゆっくり昼寝してられるかな。

 

お腹が減った。

アユが食べたいアユの塩焼き。

あの、ずうずうしくて恐縮ですけれどもと、

昼飯乞食になろうとした時、

鞠貢が先に口を開いた。

 

「きみさ」

 

「うん?」

鞠貢の声が突然、真剣みを帯びて重たくなる。

なんだか、後ずさりたくなるような、まっすぐな声だ。

 

 

 

「放火魔なの?」

 

 

(きりりとした眉、しっかり開かれた目、結ばれた唇。

放火魔じゃないよ、って言いたいのに、口をふさぎたくなるくらい真面目な顔。)

 

 

あたしは自分の唇にそっと手を当てた。

 

 

 

 

(明日へ続く →第一幕(四))

 

 

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