ケータイ小説は”おしゃべり”から生まれた

 

ケータイ小説とは、日本の携帯電話向けwebサイトで公開されていた/いる文章の総称だ。その起源は、どこにでもいるふつうの女の子たちの雑談だった。自作サイトや掲示板へ投稿された、嘘か本当か定かでない物語たちだ。そこから「魔法のiらんど」(1999)や「zabun」(2000)など有名サイトが頭角を現し、後者はベストセラー小説『Deep Love』を作りあげた。

その後、パケット定額制が普及し始めると、無料ブログ作成サイトに設けられた小説投稿欄で、連載作品たちが人気を集めるようになる。「野いちご」(2006)や「フォレストノベル」(2005)、「Legimo」(2006)がよく使われていた。主には日本の地方・郊外に暮らす若い女性が、そこで小説を書き、読んでいた。その様子は速水健朗『ケータイ小説的。』に詳しい。

 

ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち

 

書き手がライブな感情や体験をそのまま携帯電話へぶつけて来るから、文章は下手で、プロットもちぐはぐで、エピソードも突飛だった。語彙は紋切り型だし、おしゃれな語り口への憧れがあって垢抜けない。たまに卓抜な分析をしたと思ったら、余計なリップサービスで「私の気持ち」を書き込んで蛇足にする。書きたいことだけ勢いよく書くわりに、世間の常識を深く考えずに疑ったり、鵜呑みにしていたから、「変に気どった言葉づかい」になっていた。

 

ケータイ小説は、《そういう言葉》で書かれていたのだ。だから良識ある社会人たちの顰蹙を買い、嘲笑を浴びた一方で、同世代の似た境遇にいた人たちから熱く支持された。2007年から2008年にかけて、新刊書籍市場でベストセラーランキングの上位を独占していたのは、もう5年も前のことになる。すでにブームは去って、商業レーベルと投稿サイトが協同してラブロマンスやエンターテインメントを多産する、落ちついた市場に育っている。

この文化が世間で大騒ぎされていた時、僕はまだ学生だった。ふとしたきっかけでケータイ小説を読み始めて、かなり長い読書メモをつけていた。いまそれを見ると、Chaco、十和、陽未、流奈、ゆき、アポロ、貞次シュウ、蓮、幸、momo、reY、佐野あげは、かな、秋桜、椎名惠(*R*)、のらね、Ayaka.、唐沢ナオ、桜川ハル、水沢莉、ばにぃの名前が挙げられている。すべての人の全作品を読みきった覚えはない。女の子の長い相談を聴くように、著者たちが伝えたいことを掴んだあとは、読むのをやめるか、読み流していたはずだ。いまだに書き続けている人が何人いるかも分からない。

世間ではひどい言われようだったけど、当時の僕にはそんなの関係なくて、ケータイ小説の著者たちには、きっと何か書きたかったことがあったのだろうと感じていた。それを知りたかった。読書メモには、何かよくわからない怒りのようなものが大量に書きつらねてあった。ケータイ小説コミュニティの熱狂を、外から・賢く・冷静に批評しちゃいます的な態度に苛立っていたようだ。それから数年後に、他でもなく僕自身が、そういう態度でこの書評を書いているのだと思うと失笑してしまうが。

 

ともあれ、当時の僕はこう考えていた。ケータイ小説は、紋切り型な物語や、背伸びした語彙や、賞味期限の切れたような詩や、刺激的で座興的なテーマを書こうとしていたのではない。そのように、あとからでも書き直せる体裁を書こうとしていたのではない。ケータイ小説の書き手が《そういう言葉》を選んだのは、他に手持ちがなかったからではないのか。《そういう言葉》で書くしかなかったからじゃないか。だけどそれなら、ケータイ小説が書きたかったものは何だというのか。それが、レイプでもなく、流産でもなく、難病でも暴力でもいじめでもメールでもなく、凝った比喩でも適切な語彙選びでも優れた詩句でも非現実の事件でもなかったとしたら、著者・読者たちが、「ケータイ小説」という場で、「ケータイ小説」の形式でしか表現できなかったことは何だったのか。

 

それをもっとも明確な日本語にしていたのが『あたし彼女』だったと僕は考えていた。

 

「あたし彼女」は丸ごとケータイ小説的なケータイ小説だった

あたし彼女

 

プロットはごくふつうの小説だ。26歳の性生活に奔放だった女性が、恋人を亡くした男性と恋に落ちて、喧嘩したり、仲直りしたりするうちに、お互いを大切に思うようになり、様々な困難を乗り越えて結婚する。書き方は独特で、コピーライティングのように、ほとんど数単語での改行が書き出しから終わりまで続く。この文体を分析すると称して、意地悪な現代語訳状態遷移表が作られて、2ちゃんねるでもカスタマーレビューでも、幼稚な模倣やからかいが続出した。

だけど他方でこの小説は、第3回日本ケータイ小説大賞で大賞他2賞を授賞し、初版刊行から4年後の今では累計PV数が2700万を超えている。僕も、「ウェブが当たり前にある社会で、どういう小説が書けるか」を探っていたときに、受賞を知ってから読みだした。書籍化前からすでに、「感動mm!/人生観ヵゞ変わったぁd/また新作あれば読みたいでス」など熱っぽい感想が、作者ページへどっさり書き込まれていた。つまりこの小説は、あらゆる現代小説が乗り越えるべきひとつの壁である、同時代での人気をすでに手にしていた。

 

そしてまたこの小説は、それまでに書かれたケータイ小説の、適切な要約と批評にもなっていたのだ。

 

ケータイ小説とは何か。それは、著者・読者たちが実生活で抱えた寂しさやストレスを、「誰か」と共有するために書かれ、読まれていた文章群だ。味気ない言い方だけど、つまりは使い捨てのコミュニケーションツールだったのである。佐々木俊尚やダナ・グッドイヤーが取材して明らかにしたように、ベストセラーを生み出した著者たちでさえ、特に別に有名になりたかったわけでもなかったようだ。多くの芸術作品とはちがって、歴史的な成功も、商業的な成功も、批評的な成功も目指していなかった。はじめは素朴に、「読んでくれる人」や「好かったと言ってくれる人」に出会いたかっただけらしい。書きかけで放り出されたり、実体験に大げさな誇張や虚構を交えた物語が目立ったのもそのせいだ。

だから、それぞれの著者・読者たちが抱える「わたしの物語」を、共有してくれる「誰か」が見つかったとき、すべてのケータイ小説は役割を終えて価値をなくし、「懐かしい思い出」に変わる。再読する価値のある物語は、限られていた。

 

小説が、小説として大切に扱われないことに戸惑う人もいるだろう。僕が出入りしていた現代文学好きの集まりでも評判は良くなかった。だけど、だからこそケータイ小説には、人が言葉をつかって何かを読み・書くときの、極私的でプリミティブな欲求が表れていた。

たとえば、ひどくつらかったことや、かなり嬉しかったことがあった日に、とにかく誰かに話を聴いて欲しかったとする。でもその話が、友達や恋人に言うには重すぎたり、込み入っていたり、恥ずかしいものだったらどうすればいいか。秘密にしておくか、作り話や他人事のようにして話すか、利害関係のない人に打ち明けるか、海や穴などへ叫ぶだろう。話し方も工夫するだろう。かっこつけたり、詳しくしたり、もったいぶったりして。そんな風に、個人的な体験を上手に話そうという意志が、雑談(コミュニケーション)と話芸(コンテンツ)の一線を画す初めの動機になっている。ケータイ小説は、いわばその第一歩を踏み出す足場としてあった。オンライン上に公開されて、口コミで人気が広がらなかったら、古今のあらゆる習作がそうだったように、著者の机か心の引き出しの奥にしまわれて終わる原稿だったのかもしれない。文芸評論家の高橋源一郎が『恋空』を読んで、「ここには読者がいません」と書いたのも、広く長い文学史の歴史からみると、あの小説はまだ、物語未満の物語だったからだ。

 

 別の角度からも説明したい。谷川俊太郎に「後悔」という詩がある。『うつむく青年』(1971)に収録されていて、最後の五行で彼は、

 

くり返す波の教えるのは

ただの一度も本当のくり返しは無いという事

けもののように言葉をもたなかったら

このさびしい今のひろがりを

無心に吠えながら耐える事もできようものを

 

と書いている。この詩を僕はこう読んだ。人は動物ではないから、ありふれた生涯をかけがえのないものとして過ごすことの寂しさにふれてしまったとき、ただ吠えるだけでは飽きたらず、言葉などをつかって文学などを作ってしまう。そのことを裏返しに言った詩行だ。

僕の考えでは、『あたし彼女』は、このことが主題になっていた。筋書きからして、寂しがりな語り手「アキ」が、彼女の言葉を受け入れてくれる「トモ」と、秘密を打ち明けあったり気持ちを伝えていく物語だ。文体にしても、「アキ」のうらぶれは度が過ぎていて、語彙もげっそり減らされていたから、深夜の長電話みたいに一方通行な語りかけが、小説全体を孤独感でおおい尽くしていた。「トモ」が語り手になる章を挟まないと、空中分解してしまったのではないかと思えるほどだ。

けれどもそれによって、著者と読者の擬似的な1対1関係が、不必要な小説作法やお約束にさえぎられずに生み出されていた。その小説を読んで/書いているうちは、著者と読者が、登場人物に身近な「誰か」と「誰か」でいられるような、そういう構えの作品になった。実生活で抱えた寂しさやストレスを、別の「誰か」と共有できる「場」になった。それはもちろんフィクション(文学)にすぎないのだが、そこがフィクション(文学)のいいところなのである。

 

 この小説は、それまでの「ケータイ小説的な心情」を、根こそぎ吸収できる作品に仕上がっていたのだ。しかもそれまでに脚光を浴びたケータイ小説とはちがって、登場人物たちが、なんてことはない日常の幸せを、嬉しそうに手にして物語が終わる。悲劇が、悲劇として見放されない。どういうことかをものすごく簡単に書いてしまおう。この小説を読み終えると、著者も読者も、寂しかったのが、少し寂しくなくなるのだ!

それはとても難しいことだ。とりわけこの頃のケータイ小説みたいに、使える語彙も物語も限られていて、おまけに実生活では言うに言えないものを抱えた人たちが集っていた場では。そこで僕は結論した。「ケータイ小説」という場で、「ケータイ小説」の形式でしか表現できなかったことは何だったのか。それは、物語未満の物語を私語として語りながら、「このさびしい今のひろがり」を、すべての著者と読者が無名のままで共有することそれ自体だったのだと。

だから『あたし彼女』は、和製アヴァン・ポップにとっての『さようなら、ギャングたち』であり、ライトノベルにとっての『涼宮ハルヒの憂鬱』であり、ブラウザ小説にとっての『オナホ男』だったと言ってもいい。ひとつの文芸のモードが最高潮に達したとき、幸運に恵まれて生まれ、愛された作品たちだ。

 

アヴァンポップとしてのケータイ小説

 

ちなみに僕はこの小説を、20世紀後半の現代文学史に位置づける論考も温めていた。読書メモによると当時の僕は、トラディショナルな意味での「ポストモダニズム文学」の系譜が、この小説の出現によってついに終わったと主張している。

私見では、ポストモダニズム文学は、根底的には、「書かないこと」をコンセプトにした文芸潮流だ。表現型の分布は各国ごとにちがうが、一説ではサミュエル・ベケットに始まり、ヌーヴォー・ロマンを経て世界中へ拡散して、日本でも60~80年代に流行。そこで生まれた国産のアヴァン・ポップ文学は、その後の青少年文化の基本モードのひとつに流れ込んだ。その国ごとの「近代文学」を乗り越えるべく、総力を挙げて「文学史」を打ち壊し、「物語」を批判し、「作品」を解体し、「著者」の権威を否定しようとした。「文学は、文学を捨てられるか」が試されていたと言ってよいと思う。結局のところ、捨てられないままで。

だから、決して叶えられない理念として、いつでも・誰もが・平等に・自由に小説を読み、書ける場が――ケータイ小説投稿サイトみたいな場が!――夢見られていたのだ。僕はそう理解している。

そして『あたし彼女』は、まさにポストモダニズム文学が夢見ていた「場」で、その潮流から生まれた数々の傑作と同じように、現代文学市場における評価の枠組みをぎりぎりまで裏切りながら、著者にしか使えないなけなしの言葉で、その時代にもっとも適切な文章表現に成功していた。ポストモダニズム文学が夢見た(叶わないはずの)理念を、実現してしまったわけだ。しかも、これ以上は無理そうなほど平易な言葉で。

そのことを僕は高く評価しようとしていたようだ。たとえば僕はこう書いている。「文学が担うべき永遠の仕事が「書くこと」「生きること」「愛すること」をその時代にいちばんぴったりな言葉で形にするということに集約されるのだとしたら、21世紀・日本で今作を越えられる文章にぼくはまだ出会ってない」。

それは例えばこのくだりが、

 

こんな/たわいもない/メールを/何回も/何回も/トモと/こんなに/メール/したの/初めてかも/別に/ただ/今は/トモと/メールしたいだけだし?/深い意味は/ないけど?/みたいな/だけど/今まで/こんな/たわいもないメール/男と/したことないかも/携帯持って/9年くらい/たつけど/携帯持ち始め/みたいに/なんか/久々に/ウキウキしてるかも/なんでかは/わかんないけどさ

 

 同時期に『ディスコ探偵水曜日』が挑み、その後も『シュタインズ・ゲート』や『魔法少女まどか☆マギカ』が主題としてきた、「歴史が、他でもなく歴史自身によって無慈悲に繰り返されてしまうことを、私たちはどう受けとめればいいのか」への、実に低コストでカジュアルでイージーな回答になっていること一つをとっても言える。この小説は、独自の表現や、「話らしい話」をほとんど全く導入せずに、ウェブ的なリアリズムを強く感じられる物語を作り上げて、しかもその特質と帰結をはっきりと示していた。

だから僕はこの小説の完成度の高さに泣いた。読み終えた直後は、00年代が終わるまでに、これよりすごいものを書くことは誰にもできないんじゃないかと打ちのめされた。そこで折にふれて、

 

 

現代小説の評価枠でも語れないか試してきたし、今もそう考えているが、ほとんど誰の支持も得られなかった。がっかりしたので、新古典派フィクションズの1号を作っているとき、豊島ミホさんも当時この小説に衝撃を受けていたことを話してくれなかったら、僕はこうして書評を書く気にもならなかったにちがいない。

 

次の「あたし彼女」はもう書かれないのか

 

けれども時代は変わった。語としての「ケータイ小説」はもう古びたし、その後のケータイ小説の進歩は、『あたし彼女』が実現したスタイルを選ばなかった。ブームが過熱したせいもあって、文章表現の表舞台はほどなくTwitterや一般小説SNSへ移ったし、きっと初期の読者たちもこの文化から卒業してしまっただろう。

それに元々ケータイ小説は、あくまで気楽な物語りの集まりで、文章芸術を極める場を目指していなかった。現代小説の一群が向かった先だし、ケータイ小説界でも先ごろ「彼氏ゎ赤ちゃん」が体現してしまったように、どんどん表現を研ぎ澄ませていくと、その分だけきちんと読める人・書ける人が減ってしまう。それでは商売にしづらいし、趣味としても広がりにくい。

代わりにケータイ小説は、電子書籍と呼び名を借りて、ふつうの商品として、しっかりした物語を作るほうへ舵を切った。「E☆エブリスタ 電子書籍大賞」のラインナップをみると分かりやすい。著者も読者も増えたから、寂しさを打ち明け合うだけではなくて、みんなに面白くてドキドキする作品が、幅広く作られるようになった。多くの大手企業が協賛して、高校野球のように盛り上げようとしている。

 

僕にとっては残念なことに、『あたし彼女』の著者kikiさんも、やがてごくふつうの文体で書くようになった。次の傑作はもう書かれないのかと時々考えるのだけど、新しい表現の場が生まれることと、新しい表現が生まれることにはずれがある。安定して小説が書き続けられることと、時代の流れに棹さす小説が書かれることにも開きがある。

むしろ、真っ向から対立する気さえする。「お約束の外にあるものを持ち込む」という類の新しさは長持ちしないし、定期的に繰り返そうとするとわざとらしくなって、いつかは飽きられてしまう。『あたし彼女』も、いくつもの好機が重なったところへ現れたからこそ強い威力を持てた。文章表現の前線部隊は、どの畑をみても、すでに別のことに目を付けている。

そんな時に、終わった話を蒸し返すなんて、きっと僕は空気が読めていない。とはいえ思い出話とはそのように語られるものだと気をとりなおして、回想を書くことにした。

そうして、ケータイ小説の15年史を個人的にまとめながら僕は思った。ウェブはあらゆる行動履歴を記録できるが、残された断片は、他人にとって意味不明な叫びやつぶやきでしかない。だけどそれをひとつなぎの物語に縫い合わせれば、僕たちの極私的な記憶は、よりはっきりと誰かへ届けられるのだ。『あたし彼女』がそうしたように。

 

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笠井康平

笠井康平

ねとぽよでは記者と編集のお手伝いをしています。

文芸誌「新古典派フィクションズ」の主宰で、ひっそり小説も書いています。

日本文学史とウェブカルチャーに詳しくなって、この国の歴史と文化の最適な記述法を編み出したい。