※ 以下の文章は、テレビ東京系列局で放送された「ポケットモンスター ジ・オリジン」のネタバレを含んでいます。

 

 アニメが始まったとき、まず覚えたのは戸惑いだった。いきなりゲームの画面が表示されたのである。

 

 それは「さいしょからはじめる」「せっていをかえる」という懐かしい2つの選択肢。すると、「さいしょからはじめる」が選ばれ、すぐさまTV画面にオーキド博士が現れた。

 

「はじめまして! ポケット モンスターの せかいへ ようこそ!

わたしの なまえは オーキド みんなからは ポケモン はかせと したわれて おるよ」

 

 そう、これはかつて僕たちの誰もがゲームボーイで体験した、「ポケットモンスター赤・緑」の台詞だ――10月2日(水)19時から、テレビ東京系列局で放送された「ポケットモンスター ジ・オリジン」の冒頭は、そんな風にして始まったのである。

 先日、シリーズ最新作『ポケットモンスター X・Y』の発売が発表された。今回のアニメは、それを記念して作られたテレビアニメだという。初代ポケモンのシナリオを踏まえて、主人公がポケモン図鑑を完成させるまでの旅を、4話構成で描きだす作品だ。

 

 だが、本作は通常のTVアニメ版とも、劇場版とも大きく一つ違う点がある。これまでのポケモンのアニメが、ゲーム内のポケモンの世界を再現するものだったとすれば、本作は、そのゲームを「毎日プレイしていた僕たち」のことを描いたアニメだったのである。

 

オマージュだらけの演出、台詞、BGM!

 

 その意図は、演出からも明白だった。例えば、ジムリーダー戦ではHPゲージが出る。効かない技には「効果はいまひとつのようだ」とつぶやきが入った。「かがくのちからってすげー」「ひとのポケモンをとったらどろぼう!」「いちまんこうねん はやいんだよ !」などの名言も、TVの画面にすっかり再現されていた。

 

 また、4話すべての冒頭で、「レポート」画面と「つづきからはじめる」画面が表示された。毎回表示される「バッジ数・捕獲数・プレイ時間」はわりとリアルだった(アニメ内時間では150匹を集めるまでがやたらと早く感じたが、「レポート」画面をよく見ると、ゲーム内時間では39時間ほどでコンプリートしていた!)。ひらがなの(!)メッセージウィンドウつきで、思い出深いシーンがダイジェストで紹介されるのも、嬉しかった。また、サファリパークでラッキーに出会ったとき、「えさ」と「いし」で迷っていたのには、悩みがあまりにリアルで笑ってしまった。

 BGMも、そのまま使われていた。そのノスタルジーの喚起力は、シナリオや登場人物以上に強かったように思う。初代「赤・緑」最大のトラウマ音楽と名高いシオンタウンのBGMも、ライバル戦のBGMやロケット団登場のBGMも、テレビから流れるたびに思わず体が反応してしまった。意外と僕たちの記憶は、BGMに宿っていたりするのかもしれない。

 

いきなりヒトカゲを選んでしまった主人公の地道な戦いぶり

 

 では、そんな今作のストーリーは、どんなものだったのか。そこにも、「僕たちの物語」という思想は色濃く刻印されていた。

 

 例えば、レポート1の開始直後に、主人公がパソコン画面で見ていたのは、「ゲンガーVSニドリーノ」だった。もちろん、「赤・緑」のオープニングと同じ戦闘シーンだ。そして主人公の名前は、固有名詞「サトシ」ではなく「レッド」――その象徴的かつ匿名的な名前の選択からは、製作者側の「これは君たちの物語だ」という強いメッセージが伝わってくる。

 

 そして、「レッド」はオーキド博士の研究所へ向かう。もちろん、これも原作通りなのは言うまでもない。しかし、そんな彼が最初に選んだポケモンは、なんと、ヒトカゲ。ほのおタイプのポケモンだ。これを見て、「えー」と思った視聴者は多かったのではないか。僕が見ていたニコ生の実況中継でも、多くの草が生えていた。なにせこのヒトカゲ、原作では大変にマゾなプレイ体験を提供してくれたポケモンである。その最大の理由は、1人目のジムリーダー・タケシ(いわタイプ)とも、2人目のカスミ(みずタイプ)とも相性が悪かったことだ。初代「赤・緑」でヒトカゲを選ぶことが、どれほど困難なプレイだったかは、例えばこの記事が参考になる。

 

 案の定、「ジ・オリジン」でもヒトカゲだけではタケシを倒せなかった。

 

 ちなみに、通常のTVアニメ版では「サトシの言うことをきかないピカチュウ」が、イシツブテを電撃で丸焦げにし、イワークをジムの天井のスプリンクラーを誤作動させて、倒した。それに対して本作では、まずニドラン♂が、イシツブテに格闘タイプの技「にどげり」を繰り出した。

 

※ 実は、初代「赤・緑」ではニドラン♂が「にどげり」を覚えるのはレベル43なのだが(笑)、「ピカチュウバージョン」や「ファイアレッド・リーフグリーン」ではレベル12で覚える。今作はそれを採用したのではないか。厳密には初代「赤・緑」の再現ではないが、そうでもしないと、序盤に捕まえられるポケモンが、「いわタイプ」に有効な技をほとんど覚えないのも確かなのだ。

 

 が……そのニドラン♂も、次のイワークにはあっけなくやられてしまう。「レッド」は序盤に捕まえたポケモンを次々に投入するも、どれも一撃で「きぜつ」させられていく。ついには最後の一匹であるヒトカゲを出さなければいけないほど追い込まれる「レッド」。

 

 しかし、彼はぎりぎりのところで勝利をもぎ取った。けれども、そこにはアニメでありがちな、「追い詰められた挙句に秘められた力が発動して……!」といった演出はなかった。手持ちのポケモンを総動員した地道な削りに、途中でキャタピーの「いとをはく」ですばやさを下げていたことが決め手だったと言える。手持ちのポケモンがバタバタと倒れていく姿が、ゲーム内の戦闘描写として、とてもリアルであった。

 

X・Yに僕が期待するもの

 

 他にも面白いシーンは、数々あった。先にも書いた、あのBGMとともに登場したシオンタウンへのフォーカスもその一つだ。これは物語の中で妙にじっくりと描かれていて、少々気になったところでもある。「ジ・オリジン」のストーリー上、原作以上に大変な重要人物だった、フジ老人をフォーカスする必要があったのだろう。しかし、この街が僕たちにとって最も印象深い街なのも間違いない。

 

BGMでトラウマを思い出す全国の「レッド」のみなさん

 

 僕が見ていたニコ生の実況番組では、大人になってもポケモンをやっている「レッド」たちが、子供の頃は見えなかった「悲しさ」を感じていた。心ないトレーナーに捨てられたポケモンたちの姿に、「厳選」を行った罪悪感を感じているコメントもあった。原作ゲームでは深く考えなかったことだが、アニメーションでこんな風に思い出させられると罪悪感が湧いてくる。

 

 だが、最も気になったのは、やはり原作「赤・緑」になかった「メガ進化」のシーンだ。第4話の対ミュウツー戦で、「レッド」のリザードンが、唐突に新作「X・Y」の新システムである「メガ進化」をしたのである。

 その「メガ進化」したリザードンに、レッドは何故かヒトカゲの面影を重ねる。そのとき、僕は、もしかしたら新作「X・Y」は、「赤・緑」世代をわかりやすく狙った作品になるのではないかと思った。現時点で判明しているなかでも、メガ進化するポケモンにはフシギバナ、リザードン、カメックス、ミュウツーと、「赤・緑」出身が多い。その辺については、大人になって財布も膨らんできた「レッド」たる僕たちなら、さすがに自分たちを狙っていることくらい見透かせる。

 

 しかし、ここで感じたのは、例えば、半端にテーマの表層をミュウツーの逆襲から拾った「B・W」とは違った、より本質的な「赤・緑」回帰になりそうな予感である。それは、田尻智のポケモンへの回帰と言ってもよいだろう。

 

X・Yでは、赤・緑への回帰がある?

 

 僕は以前、こんな文章を書いたことがある。

 

リレー書評第5回:ポケモンの“父”を訪ねて ~宮昌太朗+田尻 智「田尻 智 ポケモンを創った男

 

 この文章で表明した僕なりのポケモン観をもとに、私的な「X・Y」への希望を言うならば、やはり「赤・緑」の科学的世界観への回帰ということになる。

 

 歴代のポケモンシリーズは「金・銀」以降から、伝説のポケモンを中心とした民話的世界観と向かった。「赤・緑」の象徴的なポケモンは、「いでんし」がテーマのポケモンである、ミュウツーとミュウだった。「金・銀」からは、ルギア・ホウオウという「でんせつ」がテーマのポケモンになった。その後もバージョンを重ねるにつれ、物語のモチーフは、科学から神話や民話に変わっていった。ポケモンのキャラクター造形も、妖怪のようなデザイン・設定に向かった。そして「ブラック&ホワイト」ではついに、「人間がポケモンを使役すること」すなわち「差別」がテーマに組み込まれた。

 しかし、僕はこのテーマの掘り下げに不満を感じていた。それには一つには、メディア論的な問題意識がある。端的に言えば、これはゲームで掘り下げるには困難なテーマだと思うのだ。実は、初代ポケモンのTVアニメの構成を担当した、首藤剛志はそれを喝破していた(先に紹介した文章に、そのことは書いた)。だからこそ、彼はモンスターボールに入らないピカチュウを、主人公「サトシ」のパートナーに設定したのである。

 ポケモンという「他者」を、身近な存在に引き寄せて描くこと――それは、アニメのポケモンが、というか首藤剛志という昭和日本アニメーションを代表する名脚本家が、見出した思想である。しかし、ゲームのポケモンを、結婚したり戦争したりする対等なパートナーとして描くのは難しい。実際、「ジ・オリジン」でも、四天王に挑む時のメンバーに初期捕まえたポケモンはリザードンしか残っていない。ゲームであれば違和感のない光景だが、アニメでは違和感があった。実況でもツッコミが入っていた。

 

『ポケットモンスター』シリーズは、結局のところ、ポケモンを捕まえて戦わせるゲームである。そのゲームシステムに乗せて、「ポケモンと人は対等ではないのか?」と問いかけた前作の「B・W」に、僕は白々しいものを感じた。それに対して、初代「赤・緑」で、そして「ジ・オリジン」で描き出されたポケモンは、人間とは明らかに別種の、未知のものへの恐怖を感じさせる生物だった。「ジ・オリジン」でグリーンが瀕死の重傷を負わされていた、ハナダの洞窟のミュウツーがまさにその代表だ。ゴースト属性のポケモン「ゴース」ですら、うすいガス状の生命体だと設定されていた。だから得体が知れなかったし、シオンタウンが怖かった。シルフスコープがはやく欲しかった。

 

「ジ・オリジン」のどこまでも懐かしいシナリオには、「メガ進化」が不思議と馴染んでいた。染色体を思わせるバージョン名「X・Y」に、「初代のレッド」たる僕は、ついつい「赤・緑」への先祖返りを深読みしてしまう。

 

 というわけで、まだ見ていない全国の「レッド」のみなさん。10/13(日)21時から、ニコニコ生放送で「『ポケットモンスター ジ・オリジン』一挙4話放送祭り」をするようです(http://live.nicovideo.jp/watch/lv154719066)。ぜひご覧あれ。僕もまたコメントの中に混じろうと思います。

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