2011年10月6日午前9時半頃、僕はいつものように会社から支給された黒のMacBookを開き、いつものようにメールを確認していた。宛先人に珍しい名前があった。ティム・クックからのメールだ。件名は「Steve」。

 その9ヶ月ほど前に「できるだけ早くAppleに戻ってきたい」とジョブズから全Apple社員向けにメールを出していたことを思い出した。それ以後はたびたびジョブズの健康不良説がウェブメディアを騒がしていた。嫌な予感がした。メールを開く。 

Team,

I have some very sad news to share with all of you. Steve passed away earlier today.

 いつか来ることだとは分かってはいたことだった。しかし、いくらなんでも早すぎる。頭が真っ白になった。僕はすぐ自分のMacBook Airを開いた。日本語での情報を探すためだ。ブラウザを立ち上げた瞬間、トップページのヤフトピにはっきりとこう書いてあった。

 

「Appleのジョブズ前CEOが死去」

 

 その日はずっとネットを開いていた。Appleの公式ページにはジョブズが映し出され、世界中の著名人から追悼コメントが届き(特にオバマ大統領のコメントが印象的だった)、ネット上が葬式ムードに包まれていた。一人の経営者が亡くなった。それだけでここまで世界中がその死を惜しみ、涙を流したことがあっただろうか。自分もまた1日中ネットを彷徨い、ジョブズに関する情報に目を通し、何度も涙を流していた。

 

 1度も外に出なかったはずなのに、とてもいい天気だったことをなぜかよく覚えている。

 数日後、出向先で担当していたヨドバシAkibaのAppleコーナーで、僕は自己判断で全てのデバイスにジョブズの写真とプレゼン動画を表示させ、ジョブズの功績をそっと讃えた。

 

リアルタイムで名言が飛び出す様がリアルに

 

 あれから、2年の月日が流れた――去る9月28日、僕は渋谷のユーロスペースの上映会に向かっていた。スティーブ・ジョブズの映画を見るためだ。映画といっても、アシュトン・カッチャー主演作ではない。1995年に行われたジョブズのロングインタビューを、そっくりそのまま流しているだけの映画『スティーブ・ジョブズ 1995 ~失われたインタビュー~』だ。映画というか、ただのインタビュー映像である。これがなぜ映画になったのか。

 

会場ポスターのご尊顔。まだ髪の毛がある時代。

 

 経緯としては、1995年にテレビ番組用に収録され、長年紛失されていたロングインタビューが、ジョブズが亡くなった2011年に見つかったので、せっかくなので映画にしてみたということらしい。アメリカでは限定公開という形で19都市で封切られ、チケット完売が続出したとか。

 とはいっても全く画面が変わらない、ただのインタビュー映像である。そんなものが映画になるなんて聞いたことがない。いくらジョブズでもインタビューだけを見続けるのはキツくないか……。

 

 なんてことは全く思っていなかった。だって神(ジョブズ)だもん。

 

 いやもう、驚くくらい、見て後悔のしない作品だった。映画の定義によるが、たしかにこれは映画とは言えないかもしれない。ただのインタビュー映像だ。しかしこれほど示唆に富み、刺激的な映像は、なかなか見られない。

 インタビューのやりとりは、基本、ノーカットだ。ジョブズが質問に答えるまでの「間」からは、ジョブズの思考をリアルタイムに感じることができる。そうして紡ぎ出されるジョブズの言葉は、狂おしいほどに魅力的だ。ほとんど「リアルタイム名言製造機」の挙動を見る映画と言っていいだろう。

 

 

内容の一端をご紹介

 

 以下はApple大好きメディア、ギズモードの独占映像である(いつもお世話になっております)。

 

この映像を見て、今すぐ全日本人はユーロスペースに向かってほしい

 当時のジョブズはAppleをクビにされて10年、NeXTとPixarのCEOである。このインタビューの数ヶ月後、Pixarは『トイ・ストーリー』を生み出し、ジョブズはまた表舞台に返り咲く。しかし、当時のジョブズは「過去の人」だった(インタビュアーもどこか意地悪だ)。

 だがジョブズのその後ーー赤字のAppleを立ち直らせ、イノベーションを幾度も起こした未来ーーを知っている今の我々が見れば、このインタビューが事の次第をどれほど正確に予告していて、ジョブズの一貫性をどれほど証明しているかは明白だ。

 

 特に8:30からの「10年後の未来はどうなっているか」という質問に対し、一言一句、何一つ間違うことなく未来を言い当てられる人間が、当時どれだけいただろうか。寒気がするほど見事に言い当てている。 

「注目すべきはインターネットとウェブだ」
「コンピュータはコミュニケーションの手段となる」
「インターネットの市場規模は数百億ドルとなる」
「世界一小さな会社でもウェブでは大企業になる」

  また、10:13からの自転車の比喩と文化的なMacintosh制作の話は、多くの人が一度聞いたら忘れられないのではないか。

「正しい方向に進むためにはどうすればいいか?」
「人類の残してきた偉大なものに触れ、盗むことだ」

 文字だけでも名言だが、実際に思考し、言葉を紡ぐジョブズを見ると、彼が「カリスマ」であることがひしひしと伝わってくる。これぞまさに現実歪曲空間。

 

体験なくして分からないジョブズとアップル

 

「ねとぽよ第1号」のAppleについての記事でも書いたが、ジョブズとApple製品はあまりに共通点が多い。ジョブズの伝記の著者ウォルター・アイザックソンはこう語る。

 

「彼の個性と情熱と製品は全体がひとつのシステムであるかのように絡み合っているーーAppleのハードウェアとソフトウェアがそうなっていることが多いように」

――『スティーブ・ジョブズ』より

 

 この映画でも似たことを感じた。ジョブズとApple製品は、体験しなくてはその魅力が充分に伝わらないということだ。外部向けのプレゼンではなく、自分の思うがままに話すジョブズは、否応なく観客を現実歪曲空間に引きずり込むだろう。

 ぜひ足を運んでこの映画を見てほしい。スティーブ・ジョブズという、歴史に名を刻む偉人の魅力を味わいに。

 

「ジョブズならどうするか? と考えるな」

 

 映画上映後には、フリー編集者の稲田豊史さんを司会に、アニメ脚本家の佐藤大さん、漫画ユニット「うめ」の小沢高広さん・妹尾朝子さんを招いて公開記念トークイベントが行われた。

 

映画の公開を記念して、ユーロスペースにてトークイベントが決定しました! | NEWS | 映画『スティーブ・ジョブズ1995 〜失われたインタビュー〜』オフィシャルサイト

 

 DTPでMacはシムシティ専用機じゃないことがわかったエピソード(佐藤大)や、勤務先のPCを全てMacに変えた話(うめ・小沢)、なぜかアキバのオウム真理教PCショップ、マハーポーシャについて語る(佐藤大)など、各々が当時の思い出を語り合う、終始和やかなイベントとなった。トークテーマである「俺たちの好きなジョブズとかMacとか1995年とか」そのままに。

 イベント終盤にはうめ・小沢さんがジョブズの遺言「ジョブズならどうするか?と考えるな。何が正しいかを考え、正しいことをしろ」に言及し、この言葉自体が呪いのようになっているのではないか、と述べた。

 十分にありうる話だと思う。というのも、Appleの象徴であったジョブズのことを考えずに、製品を作ることは難しいからだ。しかしそれは思考の硬直を意味する。今後Appleは新しいイノベーションを起こせないのだろうか。佐藤大さんは、アニメ業界に話を置き換えて、こう語っていた。「アニメはたぶんもう少しで焼け野原になるかもしれないが、その後に面白い作品が出るだろう。文化は全部そういうもの。Appleも同じだと思う」

 焼け野原になればイノベーションが起こせるーー確かにそうかもしれない。ジョブズが1997年以降のAppleを建て直せたのは、ジョブズを呼び戻した当時のAppleが、そもそも焼け野原だったからだ。

 才能と環境、両方なくして成功はありえない。ピークを迎えてしまったAppleは、今後また、緩やかに焼け野原になるのかもしれない。しかし、そのときの復活は、1997年と同じものではありえない。Appleに残された道は、ジョブズの遺言に従い、ジョブズとは違う道を模索することしかないのだ。ジョブズがまた戻ってくることは、もうないのだから。

 

 

 

 

 

※この記事を書いたうぃるもにあ氏は、ねとぽよ1号で「ジョブズ追悼製品レビュー:「アップル製品を“思わずなめてみた”」を執筆しています。

 

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寛大なアップルファンの皆様、ぜひご一読いただけますと幸いです。

(購入は、このページから可能です)。

 

 

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willmonia

willmonia

元・世界初の学生アップルソリューションコンサルタント。でも実は歴の浅いApple・ジョブズ信者。ジョブズと同じ時期に働いたことを誇張しながら子々孫々に渡って自慢する予定。

最近、職場で使うデバイスを全てApple製品で占めることが決まり、ワクワクな毎日。