2006年、2009年、2013年 ~シリコンバレーに憧れた

 

 梅田望夫さんの『ウェブ進化論』が発売されて、もう7年が経ちました。先日、”ねとぽよ”で2006年を回想する記事を読んで、最初に思い出したのは『ウェブ進化論』です。2009年に出た記事”日本のWebは「残念」“とセットで思い返されますが、あの本にアテられた私の「インターネット超すごい!」という気持ちは消えません。

 

東京五輪が7年後に開催決定! 7年前はネットで何してた? 10代~20代後半の7人に聞いてみた | POYO NET – ねとぽよ

 

 中学3年生の頃(2001年)、海外のミュージシャンに興味を持ったり、9・11などの衝撃的な事件が起きたら、2ちゃんねるを見ていました。同じ頃ハマっていたのがモー娘。のネットエロ小説や、無限回廊という猟奇殺人を扱ったサイトでした。高校時代(2002年~04年)は放課後に「ラグナロクオンライン」をやって、同級生とチャットでしょーもない雑談を朝までしました。2005年に大学に入ってからは、大学へ通わず、際限なく映像を漁っていました。

 私にとって、インターネットとは、恐ろしく時間を食って無駄だけれど、手放せないオモチャでした。それが、2006年に変わりました。

 

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

 

 『ウェブ進化論』を読んだあと、大学4年生のときに(2008年)、総務アルバイトとして、ネットベンチャーに身を置きました。それまでは”エンジニア”という職種の人が、自分の見ていたウェブサービスを作っていたことも、知りませんでした(本当に!)。ベンチャーで働き始めてから、「インターネットに明るい未来がある」という志で起業した人や会社とたくさん出会いました。

 私が入社した会社は、当時20代半ば~30代前半の人たちが働く会社でした。私より10歳年上の社長は毎朝全社員とともに前日のウェブの出来事を振り返り、その場で新サービスのブレストをしました。ときには、アルバイトである私にも意見を求めてきました。エンジニアが8割という組織で、朝から晩までパソコンと向かっていました。私はバックオフィサーとして働きながら、こういう変わった会社が未来を創るんだなぁ、と感じ入っていました。

 その会社のサービスは、様々なユーザーたちに使われていました。会社で何か新サービスを発表すると、すぐさまブログやソーシャルブックマークで、たくさんの議論が出ました。ときには、サービスだけでなく、日本のインターネットの未来についても語られていました。あれほど、不特定多数のユーザーが、日本のインターネットについて侃々諤々と話していた場所を私は知りません。会社はユーザーたちの要望や意見に耳を傾け、ひとたび採用すると、すぐに仕様を変更していました。そばで見ていて、なんてすごい世界なんだ、と感動していました。

会社内の雰囲気はまるで映画『ソーシャル・ネットワーク』。(画像はYahoo!映画より)

 

 大学を卒業し、就職先は縁があった映画制作会社に入社しました(2009年)。ネットベンチャーから遠く離れた、歴史の古い会社です。会社の偉い人が、その頃話題になっていた「Google ブックス」に関心を持っていたため、ネットベンチャーでの経験から少しはインターネットに詳しくなっていた私を入れてくれました。会社のインターネット担当として、ネット業界を見ることになりました。

 2010年頃でしょうか。時が経ち、ネット業界のプレイヤーがグーグル、Amazon、Facebook、Twitter……と固定化されていく中で、私が大学時代に期待した会社やサービスの多くは散っていきました。散らずとも、小さく運営していて、悔しかったです。可能性ばかりが目の前にあるように思えたあの頃が、とても懐かしく思えました。

 2013年現在、インターネットに夢を見た人たちの多くは、疲れているように見えます。ある人は自分の今までの起業人生を「間違っていた」ものとして振り返り、ある人は北米の丸パクリサービスをいまだに開発・運営しています。ただただ閉塞感が幽霊のように日本のネット業界に漂っているように感じます。そう思うのは、同じく閉塞感を覚えている私だけでしょうか。

 

2040年、2053年、2081年 〜野崎まど『know』の世界観

 

 そんなときに、近未来のネット社会を舞台にした小説『know』を読みました。冒頭20ぺージ程で語られる世界観を読んで、私はワクワクしました。それはまさに、『ウェブ進化論』で語られた、シリコンバレーの企業が作り出そうとしていた未来像のように思えたからです。しかも、アメリカで起こる話ではなく、わたしが学生時代を過ごして、ネットベンチャーで働いた京都が、世界の最先端なのです。

 

know (ハヤカワ文庫JA)

 

 この物語で重要なカギを握る「情報材・情報素子」の基礎理論を構築し、「電子葉」を実用化したのは、京都大学の教授です。そのため、2081年の京都は、世界で一番情報インフラが発達した場所になっているのです。

 

 とはいえ、京都の街並みは、やっぱり変化がないようです。市内を走るバスの中は、いつものように修学旅行生たちでごった返しています。京大の近くにある、1930年創業の老舗喫茶店・進々堂は、150年経っても営業しています。森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』のラストで主人公が黒髪の乙女と会う、あの場所のままです。

 

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

 

 しかし、市バスに乗っている修学旅行生の頭の中には「電子葉」という、脳内に埋め込まれたスマホのようなものが入っていて、友だちと談笑しながら二十八部衆像をスラスラと言います。また、見た目の変わらない進々堂でも、壁に「情報材」の塗料が付けられ、常時モニタリングされています。2081年に黒髪の乙女とこっそり会っても、誰かに「会っている」情報を取得される可能性があるわけです。

 

2067年、2081年の4日間 〜『know』の物語

 

 注意:ここからは、作品のネタバレが含まれます

 

 物語は、御野・連レル(おの・つれる)という主人公が、世界を変えた天才教授、道終・常イチ(みちお・じょういち)に出会い、一週間だけ彼から特別に個人授業を受けたことから、全てが始まります。連レルが中学2年の夏休み、2067年の出来事です。

 

 その夏、京大と情報処理学会の共同主催で、学生向けのプログラミングワークショップが開かれました。なんとなく応募した連レルは、そこに集まる学生たちのレベルに満足できません。ワークショップの課題は「JR京都駅中央出口から、京都大学吉田キャンパス本部構内、工学部三号館情報学研究科・知識情報学研究室に到達するアルゴリズムを作りなさい」というもの。周りの参加学生たちのアイデアは、ネット上で調べられることの延長でしかありませんでした。

 

 課題について考えながら歩いていると、連レルは京都大学工学部・情報学研究科・知識情報学研究室の前にいました。連レルは道終・常イチと出会い、ワークショップの課題をほっぽり出して、毎日、研究室へ通います。

 

「御野君。君は自由でいなさい」

 先生は僕に目を向けて言った。世界にではなく、僕だけに向けて。

「自由に情報が取得でき、自由に情報が発信できるところにいなさい。電子葉が広がって、新しい時代が来る。誰もが情報と融け合う時代が来る。だが人は情報を縛るだろう。秘密を作るだろう。常識が、道徳が、経済が、欲が、あらゆるものが情報を縛り付けようとするだろう(略)それでも情報は自由でいなければいけない」

(略)

 先生が僕に教えてくれたオープンソースのイデオロギーは、金や権力で雁字搦めになった大人たちの社会に真っ向から挑むような、汚い世界に穿たれた崇高な水晶の楔のような、綺麗で純粋な思想だと思えた。

(51ページ)

 たった1週間だけの授業の最終日、道終・常イチは手紙を残して、失踪します。「君は自由でいなさい。情報が自由に得られる場所にいなさい」。連レルは道終・常イチの言葉を胸に、情報を自由に取得できる職業”情報官僚”を目指します。しかし、14年後の2081年。情報官僚になったものの、理想を失い、退廃的な生活を送っている連レルの姿がありました。

 

 そんなある日、道終・常イチが基礎理論を作り上げた「情報素子」の作り出すネットワークを規定するソースコードに、”無駄”な文字列があることに連レルは気づきました。それは、ネットワークの伝達速度を局所的に偏らせ、遅らせ、精密さを欠如させる”無駄”でした。道終先生が気づかないわけがない。なぜ先生はこんな無駄を入れたのか? ……答えは、利権を生み出すためでした。

 

 理想を全うしなかった先生に失望する一方で、先生への尊敬の念は消えません。そんなある日、ふとした出来事から、先生がソースコードに遺した暗号の存在に気づきます。その暗号は、14年間ずっと先生のソースコードと対話し続けた連レル以外には、誰も気づかないような仕組みで作られていました。暗号を読み解いた連レルは、先生と再会します。失踪した道終先生は何をしていたのだろう? なぜ先生は利権を生むことに加担したのだろう? 

「科学が求めるものはなんだ?」

 (略)僕は考えた。考えた。考えた。

 けれど僕は答えられなかった。(略)

「”全知”だよ」

(134ページ)

 

 14年の月日をかけて育てた少女を連レルに託し、先生は自殺をします。その少女には、量子コンピュータの電子葉”量子葉”が付けられていました。「この世界で最高の情報処理能力を持つ人間。ネットワークの全てのセキュリティホールをただ一人だけ利用できる人間」で、先生が理想としたオープンソースのイデオロギーを体現する人間でした。

 連レルは先生の言葉に導かれ、少女とともに「全知」を実現する旅に出ることになります。知ることとは一体なんなのか? 私たちが知らないものとは一体なんなのか? 先生が言う「情報は自由でいなければいけない」とはどういうことなのか? 少女は一体どうなるのか?

 なんだか壮大なSFストーリーの全体像を話してしまったようですが、実はここまでが物語の前奏部です。『know』を読み始めると、連レルと一緒に迷いながら、きっと最後の一行まで目が離せなくなるはずです。最後の一文で、目が覚める思いがするはずです。

 

 ネタバレは、ここまで。ここからの展開は、ぜひ皆さんの目で確かめてください

 

 68年後の未来を見せられているのに、私は京都で過ごした過去のことを思い出していました。でも、それは私自身が、京都とシリコンバレーがつながっていた、あの場所で働いていたからというだけでもないと思います。2013年に出版された本ですが、この本に描かれているのは、あの頃のインターネットが夢見ていた光景です。『ウェブ進化論』に沸いたエンジニアたちは、今、どんなことを考えているのでしょうか。彼らなら『know』をどう読むのでしょうか。

 

 社会人経験がなかった私の目には、自由に働いているように見えたネットベンチャーのエンジニアたち。彼らも、会社という枠組みの中で働く以上、たくさんのしがらみがあったと思います。そんな中でも、理想を追いかけていた彼らの姿は絶対に忘れません。『know』の中で連レルが先生から”啓示”を受けたように、私は彼らに影響を受けました。理想の火を絶やさない生き方を学びました。

 

2013年 ~次に読みたい物語

 

 私自身は、2009年に映画制作会社へ入り、ネット担当として色んな会社を見ました。映画の宣伝をする際に、どのサービスを利用するかを考えるのです。

 

 会社の偉い人にまず紹介したのが、前職のネットベンチャーのサービスでした。しかし、プラットフォームやそこにあるユーザー文化に、彼は興味を示してくれませんでした。逆に、その頃はまだアングラな存在として扱われていたニコニコ動画を、彼は絶賛しました。ニコニコ動画は、当時からすでに、サイト内で育まれた文化を運営企業が後押しし、運営自らの手で生放送番組を制作し、イベントを催していたのです。

 

 いくつかのネット企業の担当者を上司に紹介して、ようやく彼の真意が分かりました。コンテンツを作っている会社じゃないと、コンテンツの価値を理解してくれないのです。しかも、やがて時が経ってみると、あの頃、わたしが最初に上司に紹介したような、アメリカの企業を模したネットベンチャーの多くは消えました。代わりに人気を伸ばしたのは、ニコニコ動画を代表とする、日本独特の文化を活かしたサービスたちでした。

 

 私自身も、ニコニコ動画のことを勉強しようと思い、友人から濱野智史『アーキテクチャの生態系』を薦められて読みました。私が憧れていたシリコンバレーとは違う日本独自のインターネットがあったことを知りました。アメリカのインターネットの技術・文化・理想をそのまま日本に輸入しても、難しいのだなぁということを痛感しました。

 

アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか

 

 少し宣伝をしてしまうと、”ねとぽよ”との出会いも大きかったです。『ねとぽよ 第2号』に掲載された「放課後インターネット」(文:インターネットもぐもぐ)や、『ねとぽよ 女の子ウェブ号』には衝撃を受けました。

 

 

 日本のインターネットには、私が見ようともしてこなかった独自の文化があり、そこには想像を絶する創作物があることを知りました。なんて惜しいことをしたのだろう、なんで自分の知っているインターネットの外に目を向けて来なかったのだろう、と思いました。

 

 その意味では、『know』の世界には、遅まきながら私が知った、日本のインターネットがなかったとも言えます。そこに違和感を覚えながら、でもやっぱりワクワクしつつ、私は物語を読み進めました。

 

 この本を読み終えてふと、もうひとつ別の物語が読みたいと思いました。アメリカではなく、日本のインターネットを下敷きに未来を描いたら、どうなったのだろう? と。68年後の日本には、どんな文化があるのでしょう。どんな創作が生まれているのでしょう。そして、どんな社会になっているのでしょうか。”全知”に挑み、読者をトンデモナイところまで連れて行ってくれた野崎まどさんに、今度はぜひ”残念”な日本のインターネットの未来にあるものを、見せてもらいたいです。

 

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小魔女

小魔女

ねとぽよでエージェントをやっています。本業は映画のプロデュースです。