スケルトンになっても人は飢える~「小説家になろう」のドライな世界にせまる~

 

 この記事を書いたのは2013年6月だった。あれから半年が経った。相変わらず僕は、暇さえあれば「小説家になろう」を読み続けていたが、ここへきて人気作品の傾向が変わってきたと感じるようになった。もちろん、「小説家になろう」が「精神のポルノ」を象徴することは全く変わらない。しかし、物語の省エネ化が進行している。

  僕が読んできた限り、「小説家になろう」で人気を集める小説は、「チートシステムをつかって、最強のキャラクターとしてふるまう物語」ばかりだった。だから和製RPGと親和性があった。「主人公は選ばれし者なのだ」という設定を使えば、スケルトンのごとき純粋な欲望を、効率よく実現できたからだ。それが今では、「チート」な転生に対して、「役割」への転生が人気を集めている。

 

不遇な女の子が、好きなだけワガママを叶えられる世界に

 実は、昨年6月ころにはすでに、男性向けに「悪役もの」の小説が書かれ始めていた。それらを踏まえて、「悪役もの」を、乙女ゲームの学園もの的な世界観と融合させて生まれたのが、現時点での年間トップ作品「謙虚、堅実をモットーに生きております!」である。「悪役」に魔王や、スライムなどの魔物ではなく「人間の悪役」を持ってきたところが面白い。

 

 選民意識が高く、庶民を見下して生きてきた麗華が、上流階級から追放され、庶民に墜ちる。

 自慢の巻き髪を振り乱し、狂ったように叫ぶ麗華に、これまでの悪逆非道っぷりを思い返し、読者は「ざまーみろ!」とすっきりした。前世の私も、「よっしゃーっ!」と叫んだ。

 

 しかし、これが今世の自分の末路となったら、話は違う。絶対嫌だ、あんなの嫌だ。

 なんでよりによって、私が王道悪役キャラ、吉祥院麗華になってるんだよー!!

 

 お願い、夢なら今すぐ覚めてくれ。

謙虚、堅実をモットーに生きております! – 小説家になろう

 

 主役の女の子は、「最強の勇者」としてストーリーを自己決定するのではなく、すでに存在する「美味しい立場の悪役」へ入り込んでいる。プロットも、少女漫画の類型に近い。不遇な女の子が、好きなだけワガママを叶える物語だ。

 主役の女の子は「最強の悪役」に転生するが、敵役である勇者を滅ぼしもしないし、世界を征服しようともしない。いかにも主人公らしい人格のキャラクター(無垢、無鉄砲、無敵)は、脇役として現れる。「悪役は主人公に退治される」というお決まりの悲劇を避けるためだろう。「破滅」が約束されていること自体が、作中へ幸せなエピソードを大量に投入する言い訳になっている。確かに、役割への転生には、「ゲームシステム」は必要ない。

 とはいえ、安易に書き流された小説ではない。文章は上手いし、構文も大変にロジカルな、ウェブライターの文体である。女性向けの、インスタントポルノとしてよく出来ている。作中では、魅力的な男性が数人ほど登場する。兄貴、先輩、イケメンだけど実はダサいヒーロー。主役の女の子はイケメンたちにイジられて、言い寄られて、高い地位を手にしながら、女の子からも慕われる。主人公は学校内でお嬢様として崇められているのだが、かえって誰にも本当の自分をわかってもらえない。だから、校外に自分を理解してくれる女友達を作る。

 

トレンドは既に、「役割」に移っていた 

 しかし、この作品が出てくるまでにも、「悪役」に「女の子」を据えた類似作品は書かれていた。たとえば「悪役令嬢物語」は、いかにも悪役らしい見た目に生まれた女の子が、あえてそれを利用しながら、後宮という世界を改革していく作品だった。

 

「ありがとうございます……! 本当なら、陛下の一言で解決できる問題が結構あるんですけど」

「陛下に期待するだけ無駄でしょう。後宮は、女の園。ここはわたくしたちの手で、何とかしませんとね」

「そうですわ、ディアナ様!」

「私たちで力を合わせ、後宮を上手く回していきましょう」

悪役令嬢後宮物語(N6169BB) - 小説家になろう

 

 この小説の主役には、世界を良くしようとするパブリックな意志があった。だから男性の出番はほとんどなかった。物語の後半になって男に惚れられるが、女性の友愛の力による社会変革がメインの物語である。

「ドラグーン」では、純粋な欲望に没頭できないメタ意識があった。本来は悪役であったはずのキャラクターが、悪役らしからぬことをすると、世界のバランスが崩れてしまう。作中人物たちは、自分に与えられた「チート」なキャラクター設定の扱いに悩み、使いこなせない。

 

「脇役の一人である悪徳貴族のルーデルは、幼い頃に見たドラゴンによって物語から大きく道を踏み外す。  全ては立派なドラグーンになるために。  だが、ルーデルのいる世界は、転生者である主人公のアレイストがいる世界。  周りを巻き込んで、ルーデルの夢が物語を書き換える中で、物語の修正力はルーデルの夢を阻止するために動き出す。  ルーデルは、無事にドラグーンになれるのか?」

ドラグーン - 小説家になろう

 

 彼らは、悪役なりの苦労を強烈に背負っていた。しかし、2013年後半に人気となった作品たちは、その苦労を読者に負わせない。「転生」によって「思うがままに生きられる生活」を「労なくして入手」してしまう。しかもその物語は、「悪役」が直面しなければならない「バッドエンドを回避する」ためにチューニングされている。だから読者が、「やましい気持ち」にならずに楽しめる。

 男性向けだが、四半期ランキング1位の「甘く優しい世界で生きるには」など、もう名前からしてそのままだ。

 

「幸い、今までの振る舞いの所為か、周囲のドイルに対するハードルはとても下がっている。これなら恐らく、真面目に生きるだけで周囲は喜んでくれるだろうし、死亡フラグも折れるだろう。」

甘く優しい世界で生きるには(N8915BV) 勇者や聖女 - 小説家になろう

 

「小説家になろう」の成熟と喪失

「小説家になろう」第一世代がベンチャー的に作った設定を、野心家の二代目が、役割(キャラ)と設定(システム)を上手に再利用しているのだろう。「小説家になろう」という場の成熟がみられる。

 裏返せば、担うべき役割やテーマを持たず、純粋にチートの快楽を追求する物語が、衰退しつつあるのかもしれない。そのせいか、累計ランキングの上位争いで、ゲームシステムのスキル考察を延々と行う「奴隷ハーレム」が、2位に落ちた。代わって、転生前・後の家族について悩む「無職転生 - 異世界行ったら本気だす -」が1位に踊り出た。

 

 

 ちなみに、「謙虚、堅実をモットーに生きております!」の著者ページには活動報告が一切ない。無関心なのか禁欲なのか、プロフィールもまったく書いていない。題名も数字だけで、毎日、黙々と作品をupし続けている。予定稿をつくってから書いているのだろうが、定期更新がいかに大事かも分かる。「小説家になろう」で目立てばデビューできると世間に知られ、目をつけられた小説なのかもしれない。物語が、工業製品のように作られているのだ。

 2013年後半に人気を集めた小説は、読者・作者たちの欲望を効率よく駆動させるために、「役割」の操作を持ち込んだ。あくまでゲーム内での「チート」や「システム」を重視する設定に比べれば、ゲーム的なものからある種現実的になった印象だ。言い換えれば、スケルトンから欲望の受肉が進行しているのだ。僕は「役割」という概念を個人的に愛しているし、その効率の良さに目をつけたのは正解だと思う。とはいえ前の記事で紹介した、スケルトンのように枯れに枯れた欲望や、主人公がゲームシステムを延々と考察する地の文が、「小説家になろう」から失われて行くのだとしたら、僕はちょっと寂しい。

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加