「あなたとアンドロイドの物語が いま、はじまるー」――ヒミツキチラボの「リアル脱出ゲームシリーズ vol.1 忘れられた実験室からの脱出〜彼女は、涙すら知らなかった〜」に行ってきた。

 

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SCRAP公式HPより

 

ゲームが始まると、PVの通りに「アンドロイド」が作中キャラクターとして、それも「リアル」に肉体を伴って登場してきた。今回の脱出ゲームは、以前書いた記事が好評だったとのことで、SCRAPの広報の方からお声がけいただいた。

 

名古屋撃ちしないと脱出できない?――SCRAPの新作リアル脱出ゲーム「伝説のゲームセンターからの脱出」を先行体験してきた

 

招待メールの文面から自信作の雰囲気を感じ、いいレポートを書ける予感があった。しかし、今回の作品はパズルガールズと呼ばれる、一種のアイドルユニットが作ったというのだ。普段とはずいぶんと違う内容になりそうだ、といぶかしさを抱えて会場に向かった。そんな自分の目の前に現れたのが、まさにアンドロイドに扮したパズルガールズたちの姿だった。

結論から言えば、今回の作品は極めて面白かった。いや、単に面白かっただけではない。おそらくはこれは、リアル脱出ゲーム、いやARGの歴史に1つの分岐点を持ち込んだ作品だったのではないか。彼らは、小説、漫画、ゲーム……と多くのジャンルがたどってきた成熟への道に、ついに足をかけてしまったのかもしれないと思う。一言で言えば、それは「ARGのモダン」とでもいうべきフェイズへの突入である。

 

これまでのSCRAPの脱出ゲーム

SCRAPのリアル脱出ゲームは、文字通りに実際の空間から脱出するゲームである。したがって、そこでの工夫の多くは空間設計の面白さに費やされていた。キャラクターも勿論登場してはいたが、「原作モノ」の脱出ゲームにおけるちょっとした「味付け」程度のものにすぎない。

これはおそらく、代表の加藤氏のつくるゲームの特徴なのかもしれない。彼のゲームには、声や映像での演出はあれど、人物をキャラクターとして登場させることは、これまでほとんどなかったように思う。その場に登場する人の多くは、物語の進行上のために存在する、RPGの「王様」とかそのあたりのNPCくらいの位置づけであり、「人形」的な存在のキャラクターでしかない。

しかし、今回登場したアンドロイドには、明確な「内面」が存在していた。それは、いわばある時期以降の「美少女ゲーム」が獲得したような、単なる萌えキャラを超えたヒロインなのである。パズルガールズは、「あなたとアンドロイド」の物語のヒロインに扮して、リアルに出現してきたのだ。

 

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「パズルガールズ」というSCRAP公認アイドルが「アンドロイド」を演じていた

 

プレイヤーたちは、彼女らとの対話を通して、彼女たちにまつわる謎を解いていくことになる。その過程で、僕たちは彼女への感情移入を促され、そして詳しくは書けないが――「切な楽しい」とパズルガールズが呼んでいる、独特の物語体験へと導かれる。

これはやはり、これまでの空間設計と謎解きを結びつけてきたSCRAPの作品と、思想的に大きく異なると思う。これまでの脱出ゲームが「アーキテクチャ」的とすれば、今回のゲームは「キャラクター」的といえる。それに伴い、今回はチームごとに、違うストーリーになるようなシステムが導入されていた。そこで問われるのは、プレイヤーの謎解きのスキルだけではなかった、ということだけは言っておきたい。 

キャラクターの視線が<現実>を物語化する

「リアル」なキャラクターがそこに存在している――この「キャラクター」的なリアル脱出ゲームをしていて、僕はひとつ面白いことに気づいた。それは、「女の子に見られていると頑張れた」ということだ。僕は比較的謎解きが苦手な人間なのだが、今回の脱出ゲームでは、半分近くの謎解きに寄与した上に、会場中が悩んだ最難関の謎を3分足らずで解いてしまった。これは、明らかに女の子に見られているという高揚感によって生まれた結果だった。

これは、冗談ではない。むしろ、大変に重要なことだ。リアル脱出ゲームは「物語に入ったような気分」を味わう娯楽であるのだが、本来はそこには「演技」が必要であった。そして数多の演技論が語るように、人間に演技をさせるのは「見られている」という意識である。ちなみに、これは通常のARGではあまり強調されないようだが、ねとぽよのARGにおいては、最も重要な演出手法となっている。

今回のリアル脱出ゲームで重要だったのは、そのときに作中のキャラクターが、観客のように機能したことだ。虚構のキャラクターが僕たちを見つめるとき、僕たちの現実は虚構化されるのだろう。今回、僕だけではなく、他の参加者もいつもの脱出ゲームより芝居がかっていた。誰もが明らかにアンドロイドの女の子にドキドキしていた。

ちなみに、この体験の演出こそが、ゼロ年代のノベルゲームの試みが行き着いた先である。だが、その試みは「AIR」や「CROSS†CHANNEL」のような名作を生みはしたが、キャラクターがリアルに実在するような感覚までは実現はしなかった。しかし、ついにリアル脱出ゲームは、それをこのような形で、なんとも素朴に実装してしまった。

 

リアル脱出ゲームの<近代>化

僕は、確かにこの日「アンドロイド」の彼女(もちろん名前を言うことはできない)に見つめられ、励み、そして悩む1時間を堪能した。

ある意味では、リアル脱出ゲームがキャラクターを通じた物語性を獲得した日とも言えるかもしれない。その場合、このゲームは、近代小説における『パメラ』、漫画における『地底国の怪人』、ボカロにおける『カゲロウデイズ』のような存在になるだろう。あらゆるメディア表現は、やがて物語性を獲得する。表現の成熟が辿る不可避なプロセスであり、表現の高度化を招く一方で、初期の素朴な面白さは必ずその過程で失われていく。だが、メディアの黄金期とは、常にその成熟過程をこそ呼ぶのである。

そのとき、これを作る中心になったのがパズルガールズという、これまでのARG界隈の作り手とは違うところにいた謎のアイドル集団らしきものだったことは、特筆されるべきだろう。

少々話が大きくなったが、単純にとても面白く、考えさせられる作品である。リアル脱出ゲーム、ARGのファンならば、この作品を体験しておくことをおすすめする。

 

 

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