みなさんは、水城せとなという漫画家を知っているだろうか。『失恋ショコラティエ』のドラマ化のおかげで人気が上がっている。今日の第七話ではオリヴィエが超キレッキレで、Twitterでも話題になっていた。

そんな彼女はかつて、BLマンガを描いていたことがある。それは、「窮鼠はチーズの夢を見る」と「俎上の鯉は二度跳ねる」だ。ストーリーは二作で続きものになっている。主人公の恭一が、ゲイである今ヶ瀬に迫られて、恋に堕ちていく話だ。これだけを聞くと、女性向けに感じると思うが、僕はこの作品を、男性にこそ読んでもらいたいのだ。

 

窮鼠はチーズの夢を見る (フラワーコミックスα)

 

主人公・恭一は、一見、真面目そうな会社員。30歳(既婚)。ただ、彼は相手から求められると断れず、その優柔不断さは「流され侍」と呼ばれるほど。ある日、大学の後輩の男で、調査会社に務めている今ヶ瀬から連絡があった。なんと彼は、恭一の妻に浮気調査を頼まれ、過去の浮気の証拠を手にしていたのだ。実は、ゲイである今ヶ瀬は、学生時代から密かに恭一に気があり、「ばらされたくなければ、貴方のカラダと引き換えで」と言い放つ。恭一はノンケであるにもかかわらず、彼の優柔不断さは男性相手にも発揮され、キスに口淫に――徐々に今ヶ瀬の手練手管に流されていく。そのうちに妻からも離婚を求められ、「独り身にウンザリした頃」を見計らった今ヶ瀬が恭一の部屋に押しかける。恭一は今ヶ瀬が部屋に居着くのを断れず、夜毎カラダを弄ばれていく……。

 

とある腐女子の知り合いが、「恋愛のイメージがBLになってしまった」と言っていて衝撃を受けたのだが、これを読んだ今ならその気持ちがよく分かる。このマンガは妙にリアリティがあるのだ。言っておくが、僕はゲイではないし、この作品のように男に迫られたこともない。なぜ、そんな気持ちになったのか。

男が男に脅迫されて性行為を要求されるシチュエーションなんて、実際では、ほぼありえない。でも、窮鼠シリーズはBLを通じて、恋愛は「障壁」と、それを乗り越えるための「駆け引き」から成り立っていると喝破した作品だ。一度でも「恋愛とはなにか」を考えた人の胸に刺さる作品だと思う。今日は、ネット時代のリアルな恋愛の姿と対比させる形で、水城せとなが評価される理由を解き明かしたい。

 

突っ込んだり、突っ込まれたり、単純に倍

もし窮鼠シリーズがBLではなく、異性愛の物語だったとしたら――それは、ただのだらしない男が、後輩とセフレになり、セックスにハマってしまう話でしかない。だが、これはBLなのだ。同性であるがゆえに、劇的な恋愛の「駆け引き」が成立している。それはどういうことか。

同性同士の恋愛であるために、二人の間には、かなり高いハードルがある。ゲイの今ヶ瀬からすれば、いつか相手は女性との恋愛に戻っていく、という脅迫観念があり、逆にノンケの恭一は「自分は真性のゲイではないから、相手を幸せにできないのではないか」と怯えている。また、セックスひとつをとっても、ノンケとゲイの恋愛は葛藤にまみれていることが分かる。二人の関係性を、恭一の立場から図にしてみた。

 

 窮鼠ぱわぽ

 パワポだと「通常の約2倍のステップ!?」は下からにょいーんって出てくる感じで

 

ここには、乗り越えるべき「障壁」が明確に存在し、段階ごとにいろんな葛藤や不安が生じることは、未読の方にも想像できるだろう。しかし、「障壁」があるからこそ、今ヶ瀬と恭一の間に「駆け引き」が生じるのである。たとえば、元カノと恭一が会っている現場に、元カレ(!)を連れて突撃してみたり、恭一の携帯を手に「なんでパスワードかけたわけ?」と真面目に切り出したり……。「障壁」を超えるには、大きなコストが必要だ。かなり緊迫感のあるシーンが何度も訪れるのだが、ここは、実際にマンガを手にとってごらんいただきたい。

 

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恭一と元カノが食事しているところに、元カレを連れて訪れる今ヶ瀬(「窮鼠はチーズの夢を見る」より)

 

水城せとなは、二人の緊張感を丁寧に描き切った。BLには、ノーマルな恋愛よりも、超えなければならない障壁が多くある。だからこそ、男女の恋愛に比べて、情念や嫉妬、不安をお互いに喚起しながら、時には快楽を餌にした「駆け引き」が起きるのだ。一読者として、その心情描写のリアリティに興奮を感じた。実際に、感情が高ぶった恭一から、今ヶ瀬に挿入するシーンもあった。そこには、男性同士でしかできない入れ替わりに、男の自分も目を見張るものがある。

 

「BL」や「人妻にマジ恋」じゃないと「駆け引き」なんて生まれない!?

翻って現実に目を向ければ、「駆け引き」のある恋愛は、自然には生まれづらい環境になっているのが実情だ。

ネットのおかげで、マッチングの精度はどんどん上がり、異性との出会いの敷居は下がっていく。恋愛のサイクルは格段に早くなってしまった。出会いの機会と選択肢が増えた以上、「駆け引き」をして「障壁」を越えるくらいなら、別の選択肢に行った方が楽であるとも多いだろう。まして、「恋愛」そのものを楽しみたいわけではなく、「セックス」という快楽をゴールにしている男性も少なくない。インターネットでメンヘラと即オフパコできるのであれば、めんどくさい駆け引きなんて、しようと思わない。

また、「駆け引き」自体もカジュアル化している。相手のTwitterやFacebookのログをみれば、その人の情報がかなり仕入れられるために、相手の気持ちを確かめる必要性は薄くなってきた。別の異性とのコミュニケーションを見せて嫉妬を煽ったり、TLで悩みを表明して、自分の弱みを見せて惹きつけたりするだけでいいのだ。いとも簡単に、恋の火が燃え出す。

しかし、こんなカジュアル化した「駆け引き」は、空回りし陳腐化していく一方だ。ワンチャンやオフパコ、メンヘラ女をネタにすることが日常化しているのが、それをよく示している。インターネット時代には、劇的な「駆け引き」を伴う恋愛は、少なくなってきている。

もし今ヶ瀬が女だったら、現代のリアルな恋愛に近いものになっただろうし、恭一も放っておけば、「流され侍」として場当たり的な恋愛を続けていたと思うのだ。メンヘラになっていく今ヶ瀬をめんどくさそうに耐える恭一。このような恋愛は、実際に少なくない気がしている。いまや、「ノンケとゲイのBL」や「人妻にマジ恋」くらいのハードルがなければ、劇的な「駆け引き」なんて発生しづらい。 

 

駆け引きの果てに奴は漢(オトコ)になった

それでも僕たちは、未だ恋愛に「駆け引き」という夢を見ている――お互いを幸せにしたり、失いたくない存在だと決心したり、させたりしたい。だからこそ、そのためにハードルを設置し、お互いを試すように駆け引きを行う営みを求めてしまう。それも選択肢の多い時代であるがゆえに、そうやって「障壁」を越えることが僕たちを、たったひとり固有な存在にしてくれる可能性を秘めていると思ってしまうからだ。水城せとなの紡ぐ物語は、いつかこんな恋をしたいと想像していた「駆け引き」を描いている。

BLには「駆け引き」が構造的に残っている。だから、「恋愛のイメージがBLになってしまっている」と感じるのは、決して不自然ではない。 水城せとなはそれを確信しているように思えるのだ。あとがきで『ミクロコスモスとマクロコスモスの大きさは等しい』と語っていた。ここではミクロコスモスが「今ヶ瀬×恭一の愛」を、マクロコスモスが「普遍的な恋愛」を示していると僕は考える。

さらに、水城せとなは「駆け引き」とその帰結まで、この作品で描き切ったのである。この窮鼠シリーズのラストでは、「駆け引き」の果てに、恭一は大きなリスクを取って、今ヶ瀬を愛する決意をするに至った。水城せとなは、乗り越えたい壁が立ちはだかったときの心情を、繊細に描き切ったのだ。二人の決断は、僕の胸を打った。

ちなみに、「俎上」のラストシーンでは、恭一が「もう恋愛でじたばたする年じゃない」と冷たく宣言している。それは生殖の理由とは別に、人は社会的・精神的理由で、自由な恋愛を断念する可能性を示していた。そうなる前に、駆け引きを繰り返し、そして駆け引きをやめるところまで辿り着く――それが恋愛における、ある種の理想ではないだろうか。 

 

俎上の鯉は二度跳ねる (フラワーコミックスα)

 

このように、愛を決心させることのできるシチュエーションを用意した、水城せとなに僕は敬意を評したい。あとがきで、彼女は「恭一さんを、彼なりに出来る範囲で漢(オトコ)にしてやりたい!」と語っており、自身でも言うとおり、それは叶ったのだと思う。 

今ヶ瀬も、恭一も、相手と「駆け引き」をする理由がある。ゲイとノンケの恋愛は、「ロリータ」のハンバート・ハンバートが、最終的には自分の趣味であるロリコンを超えて、過去愛した幼女が成長しても愛を残し続けたように、性癖を超えた愛なのである。窮鼠シリーズは、BLという形であっても、男性の僕から見て、憧れる愛の形だった(注1)。

結婚してもなお「恋愛」を志向するヒロインを持つ、「失恋ショコラティエ」がそのような理想にたどり着けるかはまだわからない。しかし、あの作品の恋の「駆け引き」に惹かれている読者には、その最も美しい結末を「窮鼠はチーズの夢を見る」シリーズで見ていただきたい。BLであることに尻込みせずに、ぜひ一読してほしい。

 

(注1)BLでも人妻でもない普通の恋愛の可能性も水城せとなは示しつつある。「脳内ポイズンベリー」は、その一つの実験なのではないかと僕は考えていて、続刊に大変期待している。

脳内ポイズンベリー 1 (クイーンズコミックス)

 

「 失恋ショコラティエ」についてもねとぽよで座談会をしています!合わせて御覧ください。

ぶっちゃけ男はサエコやエレナをどう思ってるの? ねとぽよのJDがクズ男3人に失恋ショコラティエを聞いてきた

 

 

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